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第三話 バリア輸送作戦

 ライラプスは街を守ることができなかった。無傷の建物はまだまだ多いものの、住民の多くが空襲を怖れて疎開、都市としての機能を維持できなくなり放棄されることになったのだ。地球防衛軍についていく道を選んだシリウスは、街を離れる前に仮設共同墓地で別れの挨拶をした。シェルターから見つかった両親は人の形を留めていなかったが、遺伝子に認識票がついているので採血だけで身元確認ができた。これは核戦争の時代に腕や脚しかないような大量の遺体の遺伝子型鑑定を補うため、遺伝子修復技術から派生した技術だった。

「……孤児院に入れって言われたけど、マイラと別れるなんてありえない。父さん、母さん、俺はライラプスでマイラを守るよ」

 数えきれないほどの墓標の向こうから博士とマイラが戻ってきた。社会科の授業で耳にたこができるほど聞かされたように、地球が攻撃されるのは自業自得なのかもしれない。だけど、なにもしなければ俺はこれからも大切なものをどんどん失ってしまうだろう。大人達のやることときたらグダグダだ。俺の世代のせいじゃないからといって、人任せにはしていられない。

 レイビィシステムによるハウンド軍団の奪取に失敗した地球防衛軍は、もはや全軍を挙げて反撃に転じるには弱りすぎており、ガイアへの反攻作戦は偵察作戦になってしまった。それは、直近に迫った軌道投入のタイミングに空港から即席の宇宙船をわずか一隻打ち上げて、レイヴンやハウンドの母艦を探しつつガイア軍の陣容を探ってくるという無茶苦茶な作戦だった。世界の存亡が、宇宙船を守る銀の鳥部隊とライラプスに懸かっていた。


 死んだ街の外れから、巨大なレーザー砲台とバリア発生器の残骸が軍用トレーラーの車列によって運び出されてゆく。行く先は海辺の空港である。空襲がいつまた始まるとも知れない中、なぜこんなかさばるスクラップを持ってのろのろ逃げるのかというと、これこそ人類が保有する最強の矛と盾だからだ。間違いなく敵につけ狙われることになる宇宙船にふさわしい装備としてこれ以上のものはない。レーザーとバリアから成る防衛システムは分解してもたいへん重く、しかも街を囲むシステムのほとんどが破壊されていたので、比較的修理しやすそうなものをひとつしか持ち出せなかった。車列の両脇をタランチュラ部隊が守り、上空ではグレイホーク部隊が旋回している。そしてシリウスのライラプスはしんがりを任されていた。

「戦車と戦闘機があんなにあったなんて!」

《あれは大半が自動操縦で、乗り手が足りず格納庫の肥やしになっていた機体を有人の先導役に追従させて運んでいるだけ。戦闘用ロボットは、人間が乗り込んでトリガーを引いてあげなければ鉛弾一発たりとも撃てません。先生がそのようにお作りになったのでね》

「知らなかった……」

 最後尾のトレーラーに乗る博士は隣席のブランと目を合わせなかった。

《それにしても先生、敵はなぜこのような回りくどい手段で攻めてくるのでしょうね?爆弾ひとつ落とせば済むものを》

《かつてわしら地球人がやったようにか?》

《ええ。レイヴンもハウンドもすべて無人の自律型というのは理にかなっていますが、まるで都市から人間だけを駆逐したがっているような……》

《手の込んだ嫌がらせかもしれんし、軍が主張するように侵略目的なのかもしれん。いずれにせよ、あの少年は使者などではなかった。脅迫だったんじゃ。白旗も揚げず数十年間バリアの中に引きこもっておったわしらに、しびれを切らしたんじゃろう》

《そうでしょうか?あのカプセルと空襲との間には、なんとなく齟齬を感じるのよね……》

 マイラは博士の膝の上で流れる景色をぼんやり見つめ、シリウスと一緒にライラプスに乗ればよかったと後悔した。車窓の外は環境整備のため都市間に設けられた広い植林地帯、その木々の向こうに黒い機影が着地する様子は、ライラプスからも見えていた。

「一体だけ……?」

《囮だ。裏側から主力がくるんだろう。いいか、あたし達が片付けるまでライラプスは持ち場を離れるな》

《隊長、ここならタロンが使えるよ》

「タロンって?」

 銀の鳥部隊の五羽のグレイホークが対地攻撃フォーメーションを組んで高度を下げ、五発の大型ミサイルを一発ずつハウンドめがけ発射した。ハウンドの前後左右と現在位置でものすごい爆発が起こったが、爆心地から放射状に薙ぎ倒された林のあとに残骸は見当たらなかった。

《やったか!?》

 突然、一羽のレイヴンがライカ達のフォーメーションを乱した。いや、レイヴンではない。さっきのハウンドが空を飛んでいる。

《あいつ、ただのハウンドじゃない!》

《このグレイホークと同じように飛べるというの!?》

 空中で新型レイヴンと分離した新型ハウンドは放物線を描いてライラプスの前に降り立った。と、同時に車列の反対側で、本命と思われる従来型のレイヴンとハウンドの大部隊が展開する。ライラプスのモニタ上では赤いマーカーが一気に増え、左手の一体のみ名前が変わった。コードネーム、オルトロス。双頭の狼である。


 敵に襲われたところで、トレーラーは積み荷が重すぎてアクセルもブレーキも急には踏めず、現在の走行速度を保って進むしかない。輸送部隊の車列から見て右手の敵本隊に右列のタランチュラが砲弾を浴びせ、グレイホーク部隊が続々と急降下してタロンミサイルを撃ち込んでゆく。いっぽう左手にオルトロス以外の敵が現れる様子はなかったが、ライカ隊は上空でたった一羽の新型戦闘機ブラッドレイヴンに翻弄され、右列のタランチュラの援護を受けながらシリウスひとりが翼のないブラッドハウンドに立ち向かうはめになった。

《敵を行かせるな!合体されたらあの子は勝てない!》

 ブラッドハウンドの両眼が赤く輝き、マシンガンの一連射でタランチュラ部隊が壊滅した。ライラプスはとっさに防御したが、ライラプスクローのレーザーカッター発生器が被弾して左腕ごと吹き飛んだ。

《《シリウス!!》》

《あはははは!今度は敵の試作機の実用テストというわけね、面白い……。シリウス君、レイビィシステムを使いなさい》

「あんなもの、消去してなかったんですか!?」

《消去するなんてとんでもない!むしろ改良しておきました。大丈夫、やれば分かるわ》

《あなたのその台詞、ぜんっぜん信用できないんですけど……》

《くやしいがブランの言う通りじゃ。誰かさんのせいで全機がレイビィシステムを搭載する今のハウンドに、レイビィシステムなしでは対抗できん。プログラムの修正にはわしも携わっておる。シリウス、起動方法は音声入力じゃ》

「博士、マイラ……。レイビィ……システム……」

 ライラプスが顔を上げた。

「……いやだっ!!」

《よく言った!》

 マシンガンの火線を躱す隻腕のライラプスの前をライカのグレイホークがかすめ飛び、超低空で機関砲を撃った。そしてその隙に生き残りの無人タランチュラの太い脚を掴んだシリウスは、マシンガンを破壊されて格闘戦に移ろうとするブラッドハウンドの顔面に思い切り投げつけた。あのときレイビィシステムはどうせ止められなかったけど、そもそも最初の暴走ハウンドを仕留めていればあんなことにはならずに済んだはずだ。ライラプスの力に頼るだけじゃなくて、俺自身が頭を使って戦わなくちゃ。それにライラプスのコックピットでスクーターに乗ったまま振り回されると、装甲作業服を着ててもグレイホークの戦闘機動よりきっついんだよ!右腕に残されたライラプスクローの四つのパーツがせり出し、タランチュラを囮にしてまっすぐ突撃するライラプスの光の爪がブラッドハウンドの胴体を貫いた。

 ブラッドハウンドの爆発のキノコ雲が立ち昇る上空では、相方を失ったブラッドレイヴンが無人機ならではの急反転と急加速で戦場から宇宙空間へ離脱していった。ライラプスの戦闘を見ていた背後の部隊でも自動操縦のグレイホークを使った体当たり攻撃が始まり、地球防衛軍は多数の損害を出しながらも敵部隊を撤退させることに成功した。


《博士。敵は機関銃を持ってるのに、こっちは両手の爪だけなんていいかげんつらすぎます。危ない暴走システムなんかより、ライラプスにも飛び道具を下さい》

「そうじゃな、すまなんだ。ライラプスの今の姿は仮のもので、本来想定しておった仕様がある。空港に着き次第その実現に取りかかるとしよう。ライラプスがとりあえずの実験機でいられる期間は終わったということかのう」

「私達が敵を研究するように、敵もまた私達を研究しています。ライラプスはもっともっと強くなる必要があるわ」

「こんなこと、いつまで続くのかしら……」

 荷物を満載した輸送部隊の行く手に海が見えてきた。満身創痍のライラプスを乗せてくれる余剰のトレーラーなどあるはずもなく、シリウスは失った左腕の補修パーツにするハウンドの残骸を担いで車列を追った。

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