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第二話 レイビィ・システム

 街がめちゃめちゃにされても日常は続いた。シリウスのクラスは半分ほどが空席になっていたが、だからといって校舎が無事な限り学校が休みになるなんてことはない。空襲警報がいつ鳴るか分からないので、クラスメートはみんなピリピリしていて寝不足だ。そんな気だるい二時間目の授業の途中で、教室の窓から見える校庭に一羽の戦闘機が舞い降りた。職員室からの指令を受信したロボット教師が窓際のシリウスに向き直った。

「シリウス君、お迎えの方が待っておられますので下校の支度をしてください」

「俺だけ早退?マイラは?」

「今日のノート、あとで見せてあげるから」

 すげえ、防衛軍のグレイホークだぜ……。こないだのロボット、シリウスが乗ってたらしいよ……。軍隊からスカウトか……。ざわつくクラスメート達と小さく手を振るマイラに見送られてシリウスはそそくさと教室を出た。静かな廊下には、シリウスの靴音が恥ずかしいぐらいよく響いた。

 学校じゅうの注目が校庭に集まる中、グレイホークのコックピットから降りてシリウスを待っていたのはまたもや長身のおねえさんだった。おっぱいが大きいのでシリウスの視点からはよく見えないが、赤いパイロットスーツの胸元にライカと書いてある。ライカはシリウスを抱き上げて機首のコックピットへ放り込むと、自分もひらりと飛び乗って膝の上に座らせた。グレイホークのコックピットに透明なキャノピーはない。気密ハッチが完全に閉じたあとはカメラアイが外界の様子を捉え、装甲裏のモニタ・パネルに表示するのだ。尻尾を両脚の間に挟むシリウスの身体ごしに操縦桿を握ったライカはグレイホークの両翼をはばたかせ、土煙を巻き上げて校庭から離陸した。

「こちらライカ。王子様を回収、城へお連れする」

《了解》

「ライカさん」

「ん?」

「俺、またライラプスに乗せられるんですか?」

「コックピットが狭すぎて子供しか乗れないんだとさ。まったくどんな理屈だか」

「シェルターには父さんも母さんも友達もいた。黒いロボットはみんなの仇だから、俺はライラプスで戦うしかないんです」

「なるほどね……。あの戦闘はあたしも見てたよ。大勢の仲間を殺られた手前、復讐は虚しいとか言うつもりはないけど、きみには荷が重すぎる。その気持ち、しばらくあたしに預けてくれないかな」

 旋回したグレイホークが遠くの基地を地図上の正面に捉えたとき僚機からの通信が入り、空襲警報が街じゅうに鳴り響いた。

《隊長、お客さんだよ》

「こっちには機関砲しかない。ハスキィ、サモエド、クィンミク、マラミュート、各機バックアップを頼む」

《了解》

《了解》

《了解》

《了解。ホークアイ起動》

 モニタ上で味方を示す02から05までの数字が四方へ散り、続いてレイヴンという名前のあるマーカーがいくつも現れた。この赤いマーカーはライカ機のレーダーでは見えない距離の敵も含んでいるが、四羽の味方とのデータリンクによって位置が分かるのだ。

「じきにハウンドも降りてくるか……シリウスくん、操縦桿が動かしにくいんで、もうちょっと楽にしてもらえる?」

「こうですか?」

「オッケー。それじゃあしっかり掴まってな、あたしが守ってあげる。戦争は、大人がするもんだ!」

「うわあっ!」

 激しいGでシリウスの後頭部がライカの胸に強く押し付けられた。レイヴンの大群はエース部隊“ジルバ・フォーゲル”といえども抑えきれず、四羽の守りをすり抜けて黒い機影が追いすがってくる。ライカが撒いたチャフに惑わされてレイヴンのミサイルが自爆し、火球が目隠しになってくれている隙にわざと失速したグレイホークは追い抜かれざまに機関砲を撃った。レイヴンの爆炎を自動感知したモニタの輝度が下がる。前方からスクランブル発進してきたグレイホーク部隊とすれ違ってから、ライカは管制塔と連絡を取りつつ翼を広げて急制動をかけ、対空砲に守られた基地の滑走路へなめらかに着陸した。


 滑走路では博士とブランがシリウスの到着を待っており、三人は再出撃に備え整備兵が群がるグレイホークをあとにした。見送るライカはロボットから受け取ったゼリー飲料のキャップを食いちぎると、パウチをひと絞りで握り潰した。

「……やはり私の読みが的中しましたね先生。ガイアの連中はライラプスを重大な脅威とみなしている。これからもライラプスのゆくところ、必ず敵が現れることでしょう」

「わしの発明品を餌にしてハウンドどもをおびき寄せ、実験をするか。お前さんにとってはさぞ好都合じゃろうな」 

「あの、俺はなにをすればいいんですか?」

 白衣と軍服の大人達がせわしなく行き交う格納庫の中、シリウスが降りたときのままトレーラーの台車で膝を抱えるライラプスの隣で、床を這う何本もの太いケーブルが複数のコンソールとモニタに接続されており、その後ろではパイロットスーツを着た一人の兵士が蛍光色の格子模様のあるラバーマットの上で待機していた。

「先生にライラプスの製作をお願いしているあいだ、地球防衛軍も独自のアプローチでハウンドに対抗する手段の研究を進めていました。それがレイビィシステム、ハウンドの制御コンピュータへのハッキング装置です。今回はライラプスとの比較実験、もしも私の……我が軍のシステムがすぐれていることが実証されればライラプスはお払い箱、あなたも家へ帰れるわ」

「……」

「要するに、もういちど敵を倒せということじゃ。ライラプスにはお前かマイラぐらいしか乗れん。すまんが付き合ってやってくれ」

 トレーラーのクレーンでライラプスに乗り込んだシリウスは、研究所でも使っていた装甲作業服の具合を確かめた。この作業服は博士が発明した軍用パイロットスーツのプロトタイプで、全身にプロテクターとサーボモーターがあり、服というより着ぐるみのようだ。スクーターから電源ケーブルと命綱を兼ねた“へその緒”を引っ張り出して腹部のコネクタに接続する。

《ライラプス、オンライン》

 格納庫のシャッターがゆっくりと開き、ホークアイの中継で空中と地上に赤いマーカーの群れが音を立てて表示された。

「ハウンドがあんなに……。街が……」

《シリウス君、ハウンドをレイビィシステムの効果範囲まで引きつけなさい》

「あれ全部と戦えっていうんですか!?」

《大丈夫。やれば分かります》


 基地を出たライラプスの陽動にさっそく五体のハウンドが引っかかった。シリウスはリバーススラスターを噴かしては着地し、モニタの数字を見て敵と一定の距離を保ちながら後退する。頃合いを見計らっていたブランはライラプスの背中を見守る博士に自信たっぷりの横目で微笑みかけた。

「そろそろね。システム起動、試行開始」

「レイビィシステム、起動を確認。ハッキングプログラム実行状況の記録を開始します」

「ふふん、ライラプスに引導を渡すときが来たわ」

 基地のパラボラアンテナから送信された強力な電波がハウンドの頭脳に干渉する。今回は一体だけだが、こうして機体のコントロールをむりやり奪うことで、地球防衛軍は労せずしてハウンド軍団を手に入れる……そのはずだった。ライラプスに背中を預けて戦っていたハウンドが突然頭を抱えてもがき始め、その機体を基地から遠隔操作していた兵士もまた同じ動きで苦しみ始めた。コンピュータの過熱によって後頭部から煙を噴き、兵士はよだれを垂らしながら必死で自分の首のケーブルを引き抜こうとしている。しかし脊髄に直結しているプラグがなにかの拍子に抜けてしまっては困るので、無情にもケーブルはボルトで固定されていた。

「何者かが……いえ、ハウンドが、こちらの端末にハッキングを仕掛けています!」

「なんですって……」

「実験中止!プログラムを強制終了するんじゃ!」

「できません!」

 コンソールの両側に控えていた兵士が指揮官の命令でマシンガンを構え、コンピュータを破壊した。頭に消火剤を浴びた哀れなサイボーグ兵士はちぎれたケーブルを引きずったまま担架で運び出されたものの、すでに意識がなかった。一方、基地との回線を切られたハウンドは両腕を垂らして停止したかに見えたが、ふたたび顔を上げた両眼には赤い狂気の輝きが宿っていた。

《いかん、逃げろシリウス!》

「がっはああああっ!!」

 間合いを取る隙もなくシリウスはハウンドに殴り飛ばされた。顔面に右拳の直撃を受けたライラプスのマスクが砕け、その下から露出したのは牙を剥くハウンドの顔だった。

《レイビィシステムを、自らのものにしたというの……?》

 レイビィシステムはハウンドの敵味方識別装置を麻痺させることで、ハッキングした機体とそれ以外の機体との同士討ちを可能にする。ハウンドのマシンガンがライラプスを撃てなかったのはライラプスもまたハウンドだからだったのだが、今のハウンドは自ら暴走し、いちいち味方を見分ける過程を経ないぶん、コンピュータの演算速度の向上とともに反応速度が増していた。万一の事態に備えて待機していた多脚戦車タランチュラ部隊がハウンドを集中攻撃したが、そんな豆鉄砲はハウンドには一発も命中しなかった。

「こいつ、急に強く……!?」

《実験は中止じゃ!逃げろ!》

《いいえ、逃がしては駄目!いま逃がせばレイビィシステムを盗まれます!》

《逃げろ!》

《撃破しなさい!》

「俺にどうしろっていうんだよ!!」

 ライラプスに迫るハウンドの周囲で四体のハウンドの目が赤く輝き、四丁のマシンガンで蜂の巣にされた最初のハウンドが大爆発する。レイビィシステムに感染したハウンドにとって自分以外は全て敵、さらにその後ろから駆けつけた増援のハウンド部隊と互いにマシンガンを撃ち合いつつ、暴走ハウンド達はもっと多くのハウンドがいる市街地へと走り去った。

「学校が、マイラが危ない!……行かせるかああああああああああああ!!」

 スクーターのアクセルを全開にすると機体が走行モードから飛行モードに移ってスラスターに点火する。助走をつけてジャンプしたシリウスは最後尾のハウンドの背中を蹴飛ばしたが、前のめりに倒れた敵の頭部を踏み砕きながら着地したときライラプスのモニタに赤いノイズが走った。正体がハウンドであるライラプスにもレイビィシステムが影響し始めたのだ。基地からの試験信号はライラプスを除外するように設定されていたが、ハウンドが書き換えたプログラムではそうはいかない。だが感染したところでなにか不都合があるだろうか?シリウスは逡巡した。そもそもライラプスの味方なんてどこにもいないじゃないか。

 前後左右と頭上を囲むモニタ・パネルの全面に意味を成さない数字と文字列が流れ、赤く輝くコックピットにひとりぼっちのシリウスを閉じ込めたまま、ライラプスはついに操縦不能に陥った。


 仲間とともに市街地上空のレイヴンを掃除していたライカは、ライラプスを示すマーカーの異常な速さに気づいてグレイホークのカメラアイを地上へ向けた。群がるハウンドを両腕のライラプスクローが周囲の建物ごと次から次へと両断していく。シリウスくんがやっているのか?あのビルの中には人が残ってるかもしれないっていうのに……。路上に放置された車や停電した信号機や歩道橋や並木を踏み潰してもライラプスの狂気の乱舞は止まらない。

「ライラプス応答しろ!誰の命令でそんな戦い方をしている!ドクター・ブランか?シリウスくん、きみは優しい子だろう!それ以上街を傷つけるんじゃない!」

《隊長、ハウンドの動きもおかしい。まるで自分以外の全員と戦ってるみたいだ》

《基地でなにかあったのかしら……》

《あの子、敵を一人で壊滅させちゃったよ。ライラプスが飛べたらこっちもやばかったね》

 この状況を不利と見た生き残りのハウンド達は正気を取り戻してめいめい離脱用ブースターに点火したが、ライラプスも高層ビルを足場にスラスターを噴かして追撃、墜落するハウンドを踏んでグレイホークにまで襲いかかった。見えない爪で片翼を切り落とされたライカ機は推力偏向ノズルを駆使してどうにか姿勢を制御しながら地上の瓦礫に不時着した。

《ライカ隊長!!》

「あたしとしたことが……っ!」

 身動きの取れないライカの目の前に、フェイスマスクを失ったハウンドそのものの巨大なライラプスが地響きを立てて片膝をつく。振り上げた右腕から四つのパーツがせり出したが、コンピュータへのあまりの過負荷にヒューズが作動したおかげで、ライラプスクローはライカを殺すことなく止まった。グレイホークが墜落したのは崩れた校舎の上だった。そのときシリウスの通う学校からは全員が避難していて、校舎には誰もいなかった。

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