公共浴場の主
「ごっそさん、ばあさん今日はいくらだ?」
「あいよ、お代は大銅貨1枚でいい」
ちぃとばかり安くねぇか?肋肉は少し高めだから小銅貨2枚ほど安い、このばあさんが銭勘定を間違えるなんざ珍しいな、まぁ一応言っておくか。
「ばあさん耄碌したか?商売人が銭勘定を間違え出ちゃ終いだぞ?」
「ベルガス、アンタ馬鹿言ってんじゃないよ、小銅貨の冒険者様をやらせる分だけ代金から引いてやったんだよ、お花の騎士様になるあの子の夢を壊すんじゃないよ?」
間違えではなく狙ってやっている事だったらしく、ばあさんは少し意地悪そうな笑顔でこちらに語る、どうも俺の周りの年寄り連中って、こういうイタズラ見てぇな屁理屈をよく言いやがるなぁ。
「ありゃ貧乏人やガキ共限定だぞ?残念ながらアンタみてぇな立派な店持ったばあさんを相手にやってないぜ?」
「ほほう……、わたしゃアンタが老い先が短いか弱い年寄りの、ほんの小さな頼みも聞けないような子だったなんて知らなかったよ、悲しくて泣いてしまいそうだねぇ」
そう言いながら笑顔で腕まくりをするカルカばあさん。
最終的に腕力に訴えようとするばあさんがどこがか弱いのか聞いてしまうと、その腕力の餌食になるのが目に見えて分かる、冒険者ってのは時として諦めも肝心だ。
それにやる気ではあったんで断る気なんてねぇ、ばあさんなりのじゃれあいみてぇなもんだと思って返事を返す。
「分かった分かった、カルカばあさんはか弱い年寄りで、そんな年寄りの願いを叶えるのも小銅貨の冒険者の仕事だ、そんでいいかい?」
「やっぱりアンタはお利口だね、ちゃんとわかってるじゃないか」
「腕まくって脅しといて良く言うぜ……、まっ、ちゅうても、所詮はしがない冒険者の俺だからな、あんま変に期待はせんでくれよ?」
貴族様みてーな学がある訳でも無く、お上品なことなんて出来る気がしねぇし、生まれ育ちだって村育ちの農家の次男坊で、婿か養子に出すくらいが関の山だ。
それが嫌だから冒険者なんざヤクザな事を生業にして、魔物にやっとうぶん回して生きてるし、生活だってどんぶり勘定で飲むと打つが大好きなしょっぺえ男が俺だ。
「アンタの品のない女好きを暫く少し控えな、後その汚ないヒゲを整えてくるんだね、今んトコはそれでいいよ」
どうもカルカばあさんの命令は、俺にもう少しお上品になれと言う事らしい、まぁ確かにあの赤髭の獅子ヒゲみてえに綺麗に生えねえ無精ヒゲだ、顎くらい残して剃っちまった方がいいだろうさ。
最近は髪も切ってねーから、適当に後ろ縛りで慣れちまったが似合ってるとは言いがたいし、ちょうどいい機会だから切っちまうか。
「あ~、そいうこと、分かったよそん位だったら、ばあさんの期待に応えられると思うぜ、んじゃま、まずは風呂行って髭と髪を小綺麗にしてきますよっと」
「そうだね、そのボサボサの頭とヒゲを何とかしておいで」
俺が財布から出した大銅貨を受け取りながら、ばあさんは満足そうに笑う。
「んじゃ、また明日の晩にでも顔を出すわ、俺の詩を歌ってる奴が来たら明日も来るように言っておといてくれよ」
「分かった、もし今日の晩でも、吟遊詩人の子が来たら明日も来るように言っておくよ」
俺はばあさんの返事を聞きながら出口へと向かい、返事を口にして片手を上げて表に出る。
「宜しくな~、ばあさん今日もうまかったぜ、んじゃな~」
活気が出だした職人街を歩きながら予定を改めて立て直す、面倒だと言ってもテメェでやると決めたんだし、色々世話になってるカルカばあさんの頼みだから出来るだけはやるさ。
どんな仕事でも一緒だがやっぱり冒険者ってぇ稼業もいっちゃん大事なのは信頼だ、どんなに腕っこきでも信頼がなきゃ仕事は回ってこねぇし、場合によっちゃあ首になる。
信頼だけは裏切らねぇのは俺が守ると決めた数少ねぇ流儀でもあるし、一丁お花の騎士様の夢を崩さん程度に小奇麗になるしかねぇな。
「とりあえず髪と髭といやぁ床屋のアユーラが浴場に来てりゃ任せるか、そうじゃなかったらメーリア辺りに任せてみるか……、あいつもいい加減ガキの髪切る練習もさせにゃイカンだろうしな」
ガキの髪を切るのは親の仕事だ、そして男は徴兵で死ぬ前に早めに嫁さんもらって村を出る前に子供こさえんだ、そうして心残りを残して村を出るんだよ。
徴兵ってのは何度も死にそうになる辛いお勤めだ、その期間を村に残したガキと自分のガキを産んでくれた嫁にもう一度会いたいってぇ思いだけで頑張るって奴が普通で、むしろ俺みたいに独りモンで来るヤツの方が珍しい。
俺の場合は近所の幼なじみの姉妹の妹の方が許嫁だったんだが、兄貴の許嫁の姉さんが森できのこを採ってる時にはぐれの魔物に殺されちまって、繰り上げで妹と結婚が流れになっちまったんだよ。
こういうのは家同士が絡む結婚話ではよくある話で、やっぱ家を継ぐ上のモンが優先される。
それに俺自身、レーシアが自分より本当は兄貴が好きだったのだって知ってた。
だから俺は村に居ない方がレーシアも兄貴も生活しやすいだろう、なんて思った十四のクソガキは村の誰とも結婚もせず、後悔を残さないように徴兵に行ったって訳だ。
それはガキの頃から知ってるレーシア以外の結婚を考えられなかった、ってのは正直ある。
だってガキの頃からコイツと一緒になるもんだと物心付いた頃から自然と考えてたんだぜ?いきなり他の女を選べと言われても、出てくる相手といやぁ物売りのガキ共くらいの年の娘か、年が十も上のコブ付きの未亡人だぜ?
全くもって実感が沸かねぇし、若くて世間知らずのガキだったあん時の俺に未亡人の辛さも解らねぇし、その上他の男と拵えたガキを育てていける自信もなかった。
それに俺よりもガキの娘を嫁に貰っても、そもそも体が出来てねーから子供を拵える訳にもイカンだろ、俺がお勤めで死んだら産まずに後家にするかもしれないって事を考えて怖くなっちまったんだよ。
「そんな甲斐性無しの男を随分ご立派だと誤解して、変な詩を歌った奴が居たもんだぜ……」
自身の過去を思い出して、身の丈に合わないご立派な詩に対しての嫌味が溢れちまう。
ケツの穴のちいせぇガキがお勤めで死んでも良いと粋がったが死に損なって、そんじゃもう根無し草になってやるって、やさぐれて冒険者てぇヤクザな稼業ずるずる続けたんだよ。
んで、そんな仕事してりゃあいつ死ぬか分かんねぇてのを理由にして、この年まで嫁さんの一人も貰わず男鰥って訳だ。
俺も石木じゃあねぇから情を交わした女だって居るし、人に頼まれて稀人様役つーか、一夜の夫をした事も有る、だが女好きは家庭というやつにトコトン相性が悪いらしい。
胸にぽっかり空いたレーシアの形をした穴を忘れる為に始めた女好きだったが、やってるうちに女の素晴らしさを知って色んな女が魅力的に見えちまって、逆に決めることが出来なくなっちまった。
気付けば俺ぁ本当にスケベな女好きになってた、抱いた女はどいつも全員良い女だったと過去を振り返りつつ、こんなバカらしい姿を見て冒険者なりたてのガキが英雄になったつもりで魔物の餌になるより酷い結末だなと、昔メーリスの旦那に言われて笑われたのを不意に思い出した。
あいつも大概女好きだったくせにメーリスと夫婦になったらきっぱりと女好きを止めた姿を思い出し、あいつはやっぱり俺とは違うとすげー関心したのを思い出して少し寂しくなり、それを誤魔化すために矛先を件の吟遊新人に向けて一人ごちる。
「俺に変な仕事をさせた奴を見つけたら、せめて一杯は奢ってもらわにゃ割が合わんな、絶対に一杯奢らせるかねぇ……」
気分転換に人様を勝手に詩にしやがった吟遊詩人に対して、報酬としてどんな酒を巻き上げてやろうかと考えていたら、後ろからこっちへ近づく気配を感じた。
木と鉄がこすれ合う音に狭い歩幅、こんな特長あるのがアユーラの気配だ。
コイツは両手で散髪の道具を持ってるんで、普通と比べるとどうしても歩幅も小さくて、歩いた時に微かに道具の鳴らす音があるから分かりやすい。
「おはようベルガス、どうしたの今日も女風呂でも覗きに来たの?」
「おはようさんアユーラ、俺は覗きなんざ徴兵前のガキみたいな真似はしねぇよ、真正面から入って大剣を見せつけて堂々と見てるぜ?」
朝っぱらから随分な誤解をしているこの女こそ、俺がばあさんの依頼を守るのに必要な床屋のレーシアだ。
コイツは人様の髪を弄るだけでなく自分の髪も弄るのも好きで、腰まである金と茶色の間くらい髪をいくつか編んで上手いこと結い上げるている。
確かこの髪型はシニヨンとかいう貴族様が好んでする手間のかかる髪型をいつもしている、噂ではコイツのお気入りの髪型らしいが、どうにも性格には似合ってないと思う。
「えぇ、確かにアンタのご立派だっておばさんたちは言ってるから事実よね、そのせいで何も知らない若い娘はあんなでかいの突っ込まれるって恐れてるわよ?メーリアちゃんに言っちゃうわよ?」
全く目が笑ってないアユーラが脅しと呆れを半々にして脅しとも取れる事を言ってくる、コイツは一応ガキを三人産んだ同世代でオボコじゃねえが、若い娘の姉さん役だから初な娘に物騒なもの見せて驚かせるなと言ってるのだろう。
「ばっか、メーリア怖くて俺が女湯に遊びに行かねー訳ねーだろ?それに若い娘はこの時間にこねーし、来んのは汗くせー野郎ばかりだぜ?」
王都の公共浴場は入り口で男女には分かれても、石鹸を渡すためとガキ共が両親のところへ行けるように通路で互いに行き来はできるようになっている。
だけど今は若い娘は大体が仕事の時間で、朝風呂は夜警の兵士と徹夜明けの職人ばかりだ。
「まぁ確かにそうね、じゃあメーリアちゃんには言わないでおくわ」
「へいへいそりゃどーも、今日はよ床屋のアユーラに用事があって来たんだよ、カルカばあさんの依頼で小奇麗にしなくちゃいけねえぇんだわ」
とりあえず先に用事を伝えておく、コイツはおしゃべりだから直ぐにあっちゃこっちゃに話が飛ぶし、先に言っとかねーと直ぐに横道にそれたがるからな。
「へぇー、アンタとうとう見合いでもするの?」
な?こんな感じだ、コイツは公共浴場の主みたいなモンで噂の集積地みてぇな奴だから、何でも聞きたがる。
「ちげーよ、少し格好つけて小銅貨の冒険者って酒場詩の猿真似を暫らくしろっってばあさんに言われてな、しゃあねえから小奇麗にせにゃならんのよ」
「へぇーじゃあ女好きも暫く封印ね。朝からいい事聞いたわ、これでアンタが入ってくるって怯えてる子も安心するわね」
田舎だとガキのうちから見たり見られたりは当たり前なんだが都会は違うから男女問わず繊細な奴が多い。
ニヤニヤ笑うアユーラの顔を見ながら風呂なんざ、そんなこと気にせずに楽しんだらいいのに勿体ねぇと思いながらも、俺は彼女と一緒に浴場の敷居を跨いだ。




