世間のしがらみ
「で?あの娘っ子なんか訳ありなのか?どうもあの年にしちゃあ擦れてなさすぎるだろ、あれじゃまるで孤児院の手伝いをしている貴族のお嬢様みてぇだろ?」
貴族の娘ってのは庶民の癒やしやあこがれ的なもんで、救護院の手伝いやら貧民街での炊き出しなんかに精を出したり、孤児院なんかの愛情に飢えているガキ共の世話なんかを精力的こなしてくれる有りがてぇ存在だ。
芸術だとホールとか軍の式典なんぞを受け持つのは貴族の娘さん達が主体になるし、王立学園に行けるような才女は学者様になったり、神社でやってる勉強会の先生なんぞになって、俺達庶民のガキが憧れるような優雅で優しい性根の娘さんが多い。
俺の発言を聞いたばあさんは少し驚いた表情を浮かべたが、なにか観念したようにため息を一つついてから、こちらに耳を寄越せとばかりに手招きをしてくる。
なにか聞かれたらまずい話でも言うつもりか?と俺はばあさんの方に頭を近づけて、その厄介事だとしか思えねぇ言葉を聞いてみることにした。
「正解だ……、あの子は貴族様から預かった子だ、知り合いの貴族様の娘さんでね、小銅貨の冒険者、つまりアンタに会いたいって言ってたらしくてね、親から暫く預かってくれって頼まれたんだよ……」
「思いっきり厄介事じゃねえか……、カルカばあさん良くそんなもん受けたな?」
俺達は他に聞こえないような小声で語り合う、小さな身体が余計に小さく見える様に肩を落としているばあさんに少しだけ同情しながら俺はそんな厄介な話を何故受けたのか聞いてみる、まぁ自分も関わってんだから罪滅ぼしって意味もあるけどな。
「しょうが無いだろ、王城で働いてるうちの旦那を友人だと思ってくださる貴族様から紹介の娘さんだ、旦那も断れなかったんだよ……」
あー、そういやカルカばあさんトコの旦那は腕っこきの鍛冶屋だったな、そんで王城なら武官の騎士や貴族様とも関わりは深いし、武官だったら命を預ける武器を作る腕の良い職人を懇意にするわなぁ。
「あの子の家のご当主が大狂乱で亡くられてね、次のご当主候補の弟さんが高貴なるお勤めが出来るまでの間はお花の騎士様になるんだよ、その前に何か自由をさせてやりたいっていう周りの親心さね……」
お花の騎士様ってのは、世襲貴族の家で勤めに出られる男が居ない家の子女を集めた聖華騎士団の事だ、所謂名目上の存在という奴で高貴なる勤めの苦肉の策だ、皆良いもんじゃねぇと感じているが、戦いに出られない貴族の面目を立てるのに必要なもんだ。
「なるほど、高貴なる勤めの前に束の間の自由て奴か……、やだねぇ、あんな立派なおっぱいを無粋な鉄の塊で押さえつけにゃならんのか、本当に大狂乱の爪痕ってのは嫌んなるな」
軍では俺達の上に立つ代わりに貴族様ってのは参戦の義務ってのが課せられてる、それが高貴なる勤めって奴で、一族の誰かが騎士や将として戦に出向かにゃならん。
貴族が高貴なる勤めで国の為に穢れの痛みを先頭で受けるからこそ、俺達庶民にも徴兵を耐えて欲しいと訴えている、そういう姿勢があるから俺達も国や指揮官である貴族様の言葉を聞いて命を賭けれるって訳だ。
「確かに貴族様の仰ることは真っ当な話だよ、だけどあんな朗らかな娘さんに騎士なんか務まるのかなんて、私ゃ思っちまうよ……」
「当代のお花騎士団の長エレーラ様っていやぁ、男勝りの跳ねっ返りの武辺者って話だし、尚更ヤバイよなぁ、討伐に出るとか息巻いて馬鹿みたいな訓練を団員に課してるって話じゃねーか」
エレーラ様がそんな事をどれだけ考えても周りは絶対に許すはずがねぇ、穢れから出る奴らは女の匂いを嗅ぎつける、奴らは女の腹を使って普通の魔獣や魔物より強え変種を作ろうとしやがる。
「そんな事したら下手すりゃまた大狂乱じゃないか、何でエレーラ様はそんな事すら理解出来なんだろうねぇ……」
「さぁな、まぁ軍場の悲惨さを知らん頭ン中がお花畑なお方だって事くらいは俺でも言えらぁ、捕まった女がどんな悲惨な事になるか、そっから始まる悲劇を知ってりゃ、んな馬鹿なことは絶対に言わねぇんだよ」
生まれた変種は魔獣と魔物を従わせ群れを作って、さらなる女を探して変種を親にして災害種を作り、その上が狂乱種、つまり大狂乱の元って訳だ。
だもんで女ばかり騎士なんざ恐ろしくて国は討伐に絶対に出さん、もっぱら貴人の警護や後宮の警護、式典での演舞なんかの仕事をやっているが、それでも花盛りの娘っ子にドレスの代わりに鎧なんざ着せるんだ、周りの大人連中だって当然苦々しく思ってんだよ。
「それ以前にだ、俺は花盛りの娘っ子は、こう綺麗なドレスでも来て恋の一つでもしやがれッて思うんだ、叶う叶わないは別としても若ぇ内の恋ってのは特別だ、そういう思い出があるから男も女も相手に優しく成れるって俺は思うんだよ」
だから今回みたいに暫く自由を与えたり、早く辞められるように婿さん探しに奔走して何とかしようとする、きっとばあさんも自分が出来る事だから、こうして彼女をここに置いてやっているのだろう。
「はは、アンタらしい台詞だ女好きのベルガス、ほれ、今日は折角私が酢漬けを勘弁してやったんだ、折角作った料理が冷めちわない内にとっとと腹ん中にしまっちまいな!」
ばあさんは話が暗くなりすぎたのを気にしているのか、少し無理やり話を切り替えてきた。
「それとね、アンタの出来る範囲でいいから、ちゃあんとあの子にいい夢見させてやるんだよ?わかったねっ、小銅貨の冒険者!」
確かに話してて楽しい内容じゃねぇからだろうな、そして俺に夢を壊すなと釘を打つばあさんの要望に答えるためにも、もう一つ気になっている事を聞いておこう。
「んなこたぁ分かってる、んじゃばあさんまずはその、アーミラっていう吟遊詩人がその夢の元になった変な歌を広げてるみてぇだし、そっちはなにか知ってるなら教えてくれねぇか?」
疑問を投げかけて俺は目の前の冷めかけた肋肉に噛み付いて骨から肉を噛みちぎる、うん、ちいとばかり冷めちまった所為で少しかてぇのが勿体ないが、やっぱり肋肉はうまい。
「ああ、アンタが森で助けた双子の片割れだね、ほれ、何時だったかね確か今年の春だったかね、装備もないのに食い詰めて冒険者なんぞになった女の双子だよ」
「なんだそりゃ?俺には全く覚えがねぇ、寧ろ男の双子なら助けた覚えがあるんだがな、やたらなよなよした本当に徴兵行ったのか分かんねぇ、ひっぺり腰で剣を振ってた連中だ」
そいつらが東の森ではぐれの魔犬に追い詰められたのを覚えてる、あそこは薬になる草やきのこが取れる駆け出し専門の採取場だが、そんときゃどうも山羊頭が居るってんで、メーリスん頼まれて見回りに行ったんだよ。
「あー、多分それだ、男に間違えられたって言ってたねぇ、二人共女だって舐められないように髪を短く切ってわざと低い声を出したり、晒しを巻いて胸を潰して工夫してたらしいからねぇ」
骨についた肉をそぎ落としながら、ばあさんの話を聞いて思い出すがやっぱりあれは男だ、だって胸が全くなかったし晒しで潰しているとしてもまな板すぎる。
「だがよばあさん、一回しか会った事ねぇぜ?しっかも助けたつっても犬っころを何とかして、森の見張り砦に放り投げただけでそのまま山羊頭探しに戻ったし、歌になるようなこたぁ何もしてねぇさ」
あの後あのガキ共にあった覚えがねぇからやっぱり別人だろなんて考えて、骨だけになった肋を捨てて、うさぎのスープの肉団子を頬張ってからパンも一緒に口に突っ込んだ。
「ともかく、片割れはウチの店で夜歌ってるよ、最近アンタはずっと忙しかったら夜は家に来ないから、しらんでも仕方ないがあの子は結構が評判いいんだよ、小銅貨の冒険者は特に人気だね」
肉団子とパンを飲み込んでからばーさんの話に返事を返す、口にいっぱい物詰め込んだまま話したら、このばあさんは容赦なく殴るからな、飲み込んで辛口を聞くのがこの店で無事で居る方法だ。
「勘弁してくれよ、こちとらそんな酒場詩に歌われるような清廉潔白な人間じゃんねんだよ、自由と気ままを胸に生きてるのが冒険者ベルガス様だぜ?」
「私に言うんじゃないよ、アンタのことを知ってる奴は詩と現実の違いで笑えるし、知らないなら結構いい詩だし感動してるよ、それこそマーリンみたいにね」
「うへぇ、なんとも気持ち悪いこって……」
どう言うつもりか解らない酒場詩の歌い手にげんなりし、残ったスープと共に俺は納得いかねぇ気持ちを飲み込んだ、今日はともかく明日辺り一回確認せにゃならんだろうなと考えながら、うさぎのスープを一気に腹ン中に詰め込んだ。




