八郎柿の木守りの実
「秋冬温まる話企画」参加作品です。
山のふもとに、一本の大きなしぶ柿の木がありました。
八郎じいさんの柿の木なので八郎柿と呼ばれています。
毎年、山々が赤や黄色に染まるころ、八郎柿は真っ赤にじゅくした大きな実をたわわに実らせます。
「さあ、どんどん食べてくださいね」
八郎柿は、だれにでも気前よく柿の実を分けてあげましたが、てっぺんにある最後の実だけは守り続けていました。
なぜならそれは、「木守りの実」といって、来年もたくさん柿の実をつけるための大切なお守りだったからです。
ところで最近、八郎柿には心配なことがありました。
柿が大好物のおじいさんが、今年は一度も柿ちぎりに来ないのです。ですから、甘くじゅくした柿は、お先にとばかりに、カラスたちのものになっていました。
「八郎じいさん、もしかして病気じゃないかしら?」
気になった八郎柿は、カラスのガ―スケを呼びとめていいました。
「ねえ、ガ―スケ、そこのじゅくした実をひとつ、おじいさんに届けてほしいの。ついでにおじいさんの様子を見てきてくれないかしら?」
八郎柿から、おじいさんに柿を届けるようにたのまれたガ―スケ。
さっそく食べ頃の実を枝ごとくわえて用心深く八郎じいさんの家まで運んでいきます。
そして、そっとえんがわに置くと、中の様子をこっそりとうかがっていました。
まもなく八郎じいさんがえんがわに出てきました。大好物の柿が、えんがわに置かれているのを見て、びっくりするやら、大喜びするやら……。
「これは、きっと八郎柿の実じゃが……。どなたが持ってきてくださったのじゃろう。ふしぎなこともあるもんじゃ。ありがたい。ありがたい」
八郎じいさんは、腰を悪くしてからずっと外へ出られなかったのでした。
「じいさん、すごく喜んでた。腰さえよくなりゃ、毎日柿ちぎりに来られるだろうにな」
ガースケの報告を聞いて、八郎柿は毎日でもおじいさんを喜ばせてあげたいなと思いました。
するとガ―スケがこんなことを言ったのです。
「柿の実がある間、おいら毎日じいさんに届けてやるよ」
そしてそのことばどおり、ガ―スケは毎日毎日柿の実を八郎じいさんの縁側に運び続け、たくさんあった柿の実も、とうとう木守りの実だけになってしまいました。
八郎柿の木守りの実は、真っ赤にじゅくしていて、残しておくにはもったいないほど見事なものでした。それをみるたび、ガースケは何度もつばを飲み込んではがまんしています。
そんなある日のことです。
見なれない一羽のひよどりが、ふらふらと飛んでくると八郎柿の枝に止まりました。
そして今にも消えてしまいそうな声で、八郎柿にお願いしました。
「ねえ、この実を食べさせてもらえませんか?」
するとすかさず、ガースケが言いました。
「そりゃ無理だぜ。これは大切な木守りの実なんだから」
「わかっています。でもわたしは、おなかがへって死にそうなんです。一刻も早く仲間に追いつかなければならないのに、もうこれ以上飛ぶ力がありません。八郎柿さんなら、残っている実があるかもしれないと思ってやってきたのです。どうかこの実を恵んでもらえないでしょうか」
ひよどりは必死のまなざしで言いました。
八郎柿はじっとだまったままです。
「なあ、食べさせてやれよ」
ガースケはたのむように八郎柿をつつきました。
「こいつが、木守りの実を食べて元気になれるんなら、おいら、来年は柿が食べられなくてもがまんするよ。だから食わせてやれよ」
ガースケがいくら言っても、八郎柿はじっとだまったままでした。
八郎柿の心の中で、いろんな思いがぐるぐるとめぐっていたのです。
これまで柿の実が生らなくて、みんなをがっかりさせたことなど一度もありません。
それは、毎年木守りの実をきちんと残しておいたからにちがいないのです。
弱ったひよどりを助けてあげたいとは思うのですが、来年もし柿の実が生らなかったら、八郎じいさんやカラスたちはどんなにがっかりすることでしょう。でもこのままでは、ひよどりはおなかをすかせたまま、死んでしまうかもしれないのです。
「なあ、どうするんだよ」
ガースケがもどかしそうに枝をゆさぶりました。
「おあがりなさいな」
やがて、八郎柿は静かな声でひよどりに向かって言いました。
「あなたが元気になってくれたら、わたしもうれしいわ」
「ありがとう。本当にありがとう。八郎柿さん」
ひよどりは大喜びで木守りの実をつつくと、元気を取り戻したように飛び去っていきました。
八郎柿とガースケは、ひよどりが小さな点になって遠くの山に消えていくのを見送りました。
「あれ? じいさんだ」
ガースケの声におどろいて下を見ると、八郎じいさんが杖をついてやって来るではありませんか。
とちゅうで立ち止まってこちらを見ては、何度も首をかしげています。
おそらく、木守りの実がないことに気がついたのにちがいありません。
八郎柿の心は不安でいっぱいになりました。
「木守りの実が今年はなくなっているなあ……」
八郎じいさんは、木のそばにやってくると上を見上げて言いました。
「おそらく腹をすかした野鳥にくれてやったんじゃろう。それならいいことをしたわい。木守りの実は、野鳥や旅人に恵んでやるためのものといわれるし、そうすれば、次の年もたくさん実をつけることができるんじゃからな」
「えっ? 本当に?」
おじいさんの思いがけないことばに、八郎柿はあやうく身を乗り出しそうになりました。
「来年こそは、元気で柿ちぎりをしたいもんじゃなあ」
「もちろん、もちろんですよ。おじいさん」
八郎柿は、ほっと胸をなでおろすと、ふるるん、ふるるんとこずえをふるわせながらささやくのでした。
「ああ、よかった。来年もたくさん柿の実が生る。待ってますからね。八郎じいさん。きっと来てくださいよ」
読んでいただき、ありがとうございました。