9-03生江ヤヒコの場合
「アレッ?おい、おい!!」
コンビニの前でいい年の青年が地団駄を踏んでいる。ドアが人間と認識していないようだ。
やっとの思いであいた自動ドアから漏れ出てくる涼しい風が心地よい。
「まったく……最近の自動ドアは、手動に切り替えた方がいいんじゃないか」
と、ぶつぶついいながらも、買い物を済ませる。
僕の名前は、生江ヤヒコ、23才。
引きこもりが長いせいか、小学校の時からクラスにひとりはいる、存在感のない、いわゆるオタクだ。
最近は自動ドアにすら、存在を認めてもらえない。
この世は狂っている。
存在を認めてもらえないから、じゃなく、ネットがあまりにも普及しすぎで、ネット社会なんてものができたことだ。
家に帰る途中、猫がにゃーとすり寄ってきた。
あぁ、こいつには僕の存在が見えるんだな。
僕は昔から動物には好かれるが、人間には好かれない。機械にもだ。
そもそも、存在が認められていない。
いわゆる空気、という存在としてしか生きてこれなかった。
誰も僕を見てくれない。
家に帰って、パソコンの電源を付ける。
ウィーンという音が、シーンとしていた部屋中から静寂を書き消すように鳴り響いている。
ふう。
ドサッとベッドに横になる。
僕の居場所は、ここにしかない。
正確にいえば、SFOの中だ。
ネット社会なんて、なんていってたが、SFOはちがう。唯一僕の居場所を作ってくれた、恩人でもある。
SFOの歴史は長くて、もう5年にもなるか。
いまだクリアした人物がいないのは納得できる。
このゲームは居場所を作ってくれるゲームでもあるからだ。
だから、メインストーリーとよばれる物語をクリアしなくても、その世界で生きることはできる。
もちろん、ネット社会に移住して、SFOの世界に生きればこんなコンビニなんて行かなくても済むんだけどな。
僕はどうもこの幕の内弁当が食べられなくなるのが、未練としてあって、どうしても決心がつかなかった。
ネット社会に移住したら、食事は必要無くなるし、睡眠だってとらなくていい。
24時間ずーっと稼働していられる。
僕の好きな睡眠、幕の内弁当、風呂、全て必要なくなる。
それはちょっと考えるよな。
さっきコンビニで温めてもらった、ほかほかの幕の内弁当を取り出して、パソコンの前で鮭をかじる。
うん、うまい。
これだから、やめられない。
SFOにログインするには、ネット社会に生きていなくても可能だ。
ただし、人間としての体が現実世界にあるから、時間は守って帰ってこないと、現実世界の体がおかしくなってしまうから、そこだけは要注意だ。
精神が耐えられるのが24時間。
それを越えると、僕の体は腐敗し始めるらしい。
それで、何人も病院送りにされたって話だ。
ハマりすぎ注意、ってね。
白飯を食べ終えた頃、僕の体は満足げに声をあげた。
今日も旨かった。
さあ、SFOの世界へ移動するか。
現実世界の人間がSFOをするためには、特殊なキッドがいる。
旗から見たら、拷問道具だな。
ヘッドセットに、プラス手錠のような心拍数を測るものがついていて、人差し指にリングをはめる。
このリングが重要アイテムで、SFOの世界ではよく人差し指をつかう。
使いすぎると現実世界へ戻ったとき、指がつるからいやなんだよな。
ふふっと笑う。
さぁ、冒険に出掛けよう。
ーーー今日もSFOの始まりだーーー