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9-02井上ゲンの場合

時計の針が12時を告げる。



ボーン、ボーンと小うるさい音色が、真っ暗なパソコンの明かりだけが頼りの部屋を、まるで寂しいよと言うように、静寂をかきみだす。



そこに、電子レンジのチンという音がその静寂と時計の音をかき分けるように鳴り響く。



よっこらしょ、とその中年男性はパソコンの前から立ち上がり、レンジの元へ歩き出す。



今日は幕の内弁当だ。

大好きな鮭が、白い面積を覆い隠すくらいに乗っかっている。



再びお弁当と小さな割り箸を持ってパソコンの前に座る。

きっと今日も、妻と子供は楽しい一日を過ごしているんだろう。



いつもそうだった。



俺が帰ってきても、朝作ったお弁当の残りのおかずと、冷たい白飯だけが俺を出迎えてくれる。

いつものことだ。

横には、メモすらなくなった。



「温めて食べてください」



俺の時代は、いわゆるバブル世代。

昔気質の俺はどうしても、娘とも妻とも折り合いがつかず、だんだんと疎遠になってきた。

同じ家にすんでいる居候。

その表現が正しかったか。

年を重ねるごとに妻とは会話がなくなり、娘はいわゆるお年頃。父親の存在が鬱陶しい時期なんだろう。



そうして、俺は孤立していった。



寂しくない、といえば嘘だ。

だが、この状況を打開する方法は、俺には思い浮かばなかった。



いつも通り朝起きて、仕事をして、帰ったら冷たい飯が俺を出迎えてくれる。

妻と子供とは一切口を利かない。



そんなときだった。

ネット社会に生きるという風潮が広まったのは。

妻と子供は迷わずネット社会に飛び込んで逝ってしまった。

俺には一言もなく、だ。

もうあのときのことは思い出したくない。



パソコンに向き合う。

あぁ、今日も飯がうまい。



俺の日課といえば、いつも通り朝起きて、会社にいき、コンピューターの調整をして、帰りにスーパーで買った幕の内弁当を温めて食べることだ。

パソコンで何をしてるか?想像がつくか。

もちろん、ネット社会で生きている妻と子供を見守っているんだよ。

なにせ、俺の時代はあのときから、変わったんだから……



ネット社会では、たとえばアメーバピグのようなアバターと呼ばれる者が、数千、数億の人間が、幾つかのサーバーに散り散りになって暮らしている。



俺はそのサーバー管理をしている神と呼ばれる人物の手駒になった。



もちろん、ネット社会になったからといって全員がそれを受け入れる訳ではない。中には反対して現実世界で生きているものも沢山いる。



神は、サーバー管理のための人物と直接コンタクトをとり、手動と自動の切り替えをうまくこなしている、まさにネット社会の神のような存在だ。



ネットでは何でも出来ると思われがちだが、意外と盲点も多い。

サーバー落ちや、ウィルスなどのハッキング行為、普通の人がなに不自由なく暮らすためには、ネット社会の犯罪と呼ばれるものを、取り締まる者がどうしても必要になる。



神はそれを見越して、現実世界に生き残っている人物の中でも特にコンピューターに秀でたものを選別し、サーバー管理や、ハッキング行為などを取り締まる部隊を結成した。



それがいわゆるMGO、俺達の組織の名前だ。



MGOでは、情報選別部隊と、サーバー管理部隊、ハッキング攻撃に備えた特殊警察部隊に分かれている。



俺はそのサーバー管理部隊の一員で、サーバーが正常に働いているか、不具合やバグの調整などを担当している。



バブル世代の俺がなぜそんな部隊に配属されたか。

元々パソコンは趣味程度でいじるくらいはしていたからか、はたまた、営業の業績がよかったからか、まったく見当は付かないが、今はいまの生活に十分満足している。



妻と子供が、チャットで会話してくれるようになったからだ。



よほど、ネット社会の居心地がいいのだろう。

そして管理をしている俺の仕事を理解し、尊敬し、日々楽しく暮らしている二人の様子を、間近で眺めることができる。



そうして、このパソコンの中に俺の居場所ができた。

MGOに所属している、というだけで受けられる特典は、サーバーログインの優先というものがある。

いつ何時でもログインしては、妻と子供の話を聞き、話し、できる。



通常の現実世界で生きてる人間では、ログインできないようなアトラクションにも優先的に入ることが可能だ。



なかでも、いま注目されているのがSFO(サブキャラファンタジーオンライン)という、いわゆるMMORPGなのだが、自身のコピーがファンタジーの世界で悪と戦うというアトラクションが流行っているらしい。



通常では一年以上待たないと入れないが、俺はMGOの特権でいつでも行けるらしいが、娘はそれに興味深々で、いつも連れてってくれと俺に頼み込みにくる。



ただ、そのアトラクションになぜ一年以上も待たなくてはならないかというと、定員が決まっているからだ。

サブキャラはゲーム中で死ぬまで存在があり、逆にいえば、死なないと定員に空きができないのだ。



ちなみに、未だにクリアした者はいないとの噂だ。



そんなものになんの価値があるのか……俺にはわからない。

そんなことをしてる暇があるなら、ネット社会の勉強をしろと、口酸っぱく言っているが、どうしてもそこは譲れないらしい。


検索エンジンにかければ何でも分かる時代。

昭和の土煙臭い、あのころにはもう戻れない。

そう、いわゆるスマートフォンができた頃からだったな。

時代に取り残されたのは。



ネット社会にも学校はしっかりあり、テストに関していえば、検索エンジンで調べることは禁じられている。

そこはいまも昔も変わらず、勉強しろという風潮は残っているのが幸いか。



娘は学校に行き、勉強したあとは精一杯友達と遊び、妻は妻で家事をしなくていいぶんの時間を近所付き合いや、俺との会話に費やしてくれている。



ネット社会なんて、なーんて思っていた時代が懐かしいな。

こんなにも生活が変わるのなら、こういうのも、悪くない。



そうして、俺の生活はやがてSFOによってまた一変することになろうとは、このときは予想すらしていなかった。



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