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雨の記憶  作者: キヨモ
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00. プロローグ

むかしむかし、深い森の奥にある美しい川のほとりに、龍神様にお仕えする一族が住んでいました。

彼らは水を操る不思議な力を持っており、川の氾濫を鎮めたり、日照りが続くと雨を降らせたりすることができました。


森の向こうの谷には風神様にお仕えする一族が住んでおり、ひと山越えた別の森には火を操る一族が住んでいました。

水と風と火の一族は古より戦を繰り返し、自分たちの力が一番強いと信じておりました。

しかし何度も繰り返される戦いの中で家を失い、仲間を失い、多くを失っただけで何も得られないまま疲れ果ててしまった彼らは、ついに戦を終わらせて互いに離れた土地でひっそりと暮らすようになったのです。


ところがある日、火の一族が再び戦を仕掛けてくるという知らせが届きました。

それまでの長が病で亡くなり、新しく一族の長に就いたのは戦好きの男だったのです。

もはや戦う気のない水の一族と風の一族は、困り果ててしまいました。

ようやく平穏な暮らしを取り戻したのに、再びすべてを失ってしまうかも知れないのですから……。


悩んだ末に、それぞれの長は手を結ぶことを考えました。

それまでの勢力は三つ巴でしたが、水と風の一族が手を結ぶとなると、さすがに火の一族も手出しができなくなるでしょう。

互いの一族は妙案だと思いましたが、心配もありました。これまで敵対していた相手を、容易に信じることができないのです。

手を結んだと信用させて裏で火の一族と通じていたとしたら、瞬く間に自分たちの一族は滅ぼされてしまうでしょう。

そこで双方が話し合った末、風の一族の長の息子のもとへ水の一族の長の娘を嫁がせることに決めたのでした。


水の一族の長の娘は母親からその話を聞かされ、静かに涙を流しました。

娘には、密かに慕っている男がいたのです。




それはまだ肌寒い、ある春の日のことでした。

森の中で急に雨に降られた娘は、雨宿りをする為に大きな楠の下に駆け込みましたが、そこには先客がおりました。

見慣れぬひとりの若者が、どうやら雨のせいで道に迷ってしまったらしく、途方に暮れて佇んでいたのです。


若者の困り果てた顔を見た娘は、天に祈りを捧げました。

すると雨はたちまちやんで、厚い雲の切れ間から微かな光が見えてきたのです。

娘は空を指し、あの光の方へお進みなさいと言いました。その先に森の出口があるでしょう、と。

若者は何度も礼を言って、去って行きました。


そして数日後、再び若者は現れました。その手に、小さな白い花をたずさえて。

先日のお礼だと言って差し出すと、娘は嬉しそうに微笑んでその長い髪に差しました。

緑の黒髪に白い花が映えて、それはそれは美しく可憐でした。

それからも、若者はたまにその森を訪れるようになりました。

逢瀬はいつも短いものでしたが、言葉を交わすごとに、視線を合わせるたびに、娘の想いは募っていったのです。



しかし今、娘は顔も知らぬ男のもとへ嫁がなければなりません。娘にはそれを拒む権利など、与えられていないのですから。

はらはらと頬を落ちる涙を拭うと、娘は決心しました。若者のことは胸にしまい、自分の夫となる人を愛そうと。

水の一族の為、夫の為、そして自分の為に……。


そうして迎えた婚礼の日、娘ははじめて夫となる男と顔を合せました。

手をついて深く頭を下げ、そっと顔を上げたその刹那、娘は息が止まるかと思いました。

そこにいたのは何と、森で出会ったあの若者だったからです。


若者は娘が不思議な力で己を助けてくれた時に、彼女が敵対する水の一族の者であることを悟りました。

わかっていながらもどうしようもなく惹かれてしまい、娘に会う為に密かに森を訪れるようになったのです。

しかしながら己が風の一族であると明かすことも、己の想いを打ち明けることもできません。

そんな折に婚礼の話が持ち上がり、若者もまた深く悩みました。

娘が水の一族であることはわかっていましたが、まさか長の娘だとは思っていなかったのです。



互いの正体を知ったふたりは驚き、喜び、そしてようやく自分の気持ちを打ち明けたのです。

その後、娘と若者は仲睦まじい夫婦となり、水の一族と風の一族と共に、末長く幸せに暮らしました。

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