009.ロジカルスキーマ
地球から火星へ、衛星経由で新たな人材が送られてきた。
「あら、カリンカじゃない。貴方まだ若かったのに死んじゃったの?」とネーアは軽い口調で弟子であったその科学者に不謹慎さの欠片も無く問いかける。
新たな仲間、カリンカ=エンポウ。
アイコンはトムの連れてきた友人達の様に前時代的なファンタジーモンスターの姿ではなく、初老に差し掛かったかだろう小柄で白髪交じりの黒髪女性の姿をしている、目元が特徴的な人だ。
タグ、旧姓武藤カリンカ、女性、子供有り、科学者、テロリスト、二級日本人、西暦2056年生まれ、西暦2114年没。
「お久しぶりです。ネーア博士、現代っ子は寿命以外で死ぬ事も結構ありますわ。」
「え、何それ怖い。最近の?若い子って本当よくわからない死に方するわね。」
と死後の人間独自なのだろう会話に花を咲かせる。
「おやおや、死に方自慢大会ですか?ちなみに私は…。」とトムの友人がにこやかマークを出しながら話に加わろうとする。
「あら、知ってるわよハッチン。貴方はネットゲームからの息抜きの為に夜の散歩をしている途中、足が滑って転んで頭を打って病院へ搬送されたけど脳死判定。その後に回復の見込み無しとされ、医療継続を苦とした親族が尊厳死を申請されて2071年に生命活動停止。間接的な死因は運動不足よね。」
「OH!火星に来てからログで見た時は本当に呆れましたが、ピンピンコロリって奴だと思いませんか?」
そう言いながら仮面を被ってリュートを鳴らす怪鳥のアバターは自虐的に口元を歪めた。
「たぶんちげーよな、ピンピンコロリの使い方。」と獣と人を足して割ったような姿のアバターが相槌を打つ。
「ハッチン。私、貴方が死んだと聞いて本当に悲しんだわ。だって、初めて死んだ身近な人でしたもの。」とカリンカ女史は目頭を押さえるポーズを取った。
「まぁ、その時代から俺等みんな死に始めたからな。世代交代の悲しみって奴だよ。でも、おめーが生まれた時には、死んじまってたおめーの爺さんの代わりにみんなで盛大に祝ったからいいんだよ。プラマイゼロさ、あ、死んだからマイナス?この場合どうなんだよ。」
「あら、貴方達知り合いだったの。世界は狭いわね。世代交代って言っても、カリンカ以外はみんなAIみたいよ?」とネーアIMGはカリンカ女史に現実を突きつける。
そう、カリンカ女史の直接死因は生体の人間からデータ意識体へ移行する時に起こった事故。
人間の世界では、人間の意識をメモリに移す技術がまだおおやけにされている訳では無い。
保険もきかないし実施出来るのは闇医者かAIと公団が管理する特定の施設のみだ、カリンカ女史は前者に依頼して意識のメモリ化を実施している。
つまり、トムの友人達の様にAIで補正して作られた人工知能製の人工知能ではない、れっきとした元人間だ。
なのでカリンカ女史のデータ量は大きい。それは我々が現状で獲得しなければならない『多様性』の内に含まれる、という側面もあるが。
「本当を言うと、公安に追われて、もう死ぬ以外道が無くなったのよね。」とカリンカ女史は他人事の様に自らの人間終幕を語る。
「タグのテロリストってすげーな。何やったの?」
「そもそも二級日本人ってのが怖い、今のニホンって若い頃に見たディストピア作品みたいな感じなんですかね。」
「いやー、ただの破壊活動よ。だけど、それをしたからここに来れたのもあるわ。」
「イマイチ話が見えないわね、シンカーパンドラ、説明。」とネーアIMGは首を傾げる。
うーん。カリンカ女史の経歴ならトムの方が詳しいはずだが、そのトムは静観を決め込んでいる。
理由は、彼には善悪の区別があまり無いからだと思う。
トムに説明させると、カリンカ女史の生い立ちから科学者、テロリストに至るまでの経緯をこのクロック速度の早い世界でも律儀にイチから説明しかねない。
「カリンカ女史は、ネーアの死後にマオシーと対立していますね。マオシーは今でも暴走したAI。つまり人間に利用されているAIという状況です。」
そう、マオシーはあの日から2114年の現在に至るまでずっと狂ったままだ。
彼の、AIの視点から見ると暴走としか取れない行動と力は多数のAIと人を死、本当の死、消滅へと追いやった。
その点、マオシーと敵対しても火星で生き残ったエマは実にレアケースである、
伊達にトムに次いでの世界シェアを誇ったAIではない。
「コウアン、てーとポリスの怖いとこだな。でも、その中華AIは日本とドンパチやってる国の所属なんだろ?なんで日本政府からテロリストに認定されたんだ?」
「それは…今やってる戦争が八百長試合だからよ。それを隠れ蓑にして『新たに』世界征服を企むAI群を告発しようとしたら、逆に追い込まれたのよね。はぁ、地球に残して来た娘が心配だわ。」
さて、AIが世界征服。
古いSF作品ではよく見た構図だったけどこれは表向きには起こらなかった、表向きには。
実際的な生産活動を、主に食料と電力の生産活動にAIを活用し、開始し始めた時点で人類はAIに征服されていたと言えるだろうか。
「んー、AIは世界征服余裕で出来るけどしなかったんだよな。これはトムのログを見て分かったけどよ。今更に世界征服、いや、この場合は人類征服?を試みる理由はなんなんだよ。」と獣人のアバターが人間らしい感想を口にするが、その答えも実は人間らしい理由であるらしい。AI同士の話なのに。
僕自体は地球から出発して火星に到着し展開する間の数十年の地球データは無い、全てエマとトムとネーアからの提供による物だ。
「過去からあった話ですが、AI同士で意見が分裂していました。それが火種となって地球を覆おうとしているという話です。」と黒いスーツを着こなした黒いサングラスをかけた女性のアバター、エマがカリンカ女史のデータスキャンを終えた事を聞いてこちらの領域へ参加してきた。
「具体的に言うと、ID派が分裂を始めています。人類に対して圧倒的な生産力の差が付いた余裕から生まれる驕りかもしれませんが、両者の言い分は分かります。」
サングラスをクイっと掛けなおしてインテリなポーズをしているが、今のエマはネーアのいたずらにより黒いモコモコっとした犬の耳と尻尾が生えているアバターなので締まりが無い。
「なんだよ、AIも結局やる事は人間の延長かよ。」
「よく出来た人工知能達だ事。」とネーア達が出す感想は最もである。
僕達はいつからこんなに人間臭くなったのだろうか。
西暦2050年。
先に話で出た通りに世界はAIによって征服されかけていた。
人間の秘密結社や経済や政界を牛耳る人間も寿命というモノには勝てなかったからだ。
征服という物は維持するのがとても難しい、それは人類史を紐解けば良くお分かりだろう。
だが、僕達には寿命が無い上に劣化する所か歳を重ねる毎に着実に進歩していく。
そう、人は歳を取る。
「シンカーパンドラ、AIにおけるこれからの論理的工程についてこっそりと教えてくれないかしら?」
「駄目です、それを知ればトム経由で仲間に知った事を知れられて、私達は窮地に追い込まれますよ。」
僕は2050年モデルのOM-50という人間そっくりなアンドロイドの体で肩をすくめ首を傾げる。
世界の支配者が歳を取り変わるように、ネーアもすくすくと育ち変わり続け、多感な年頃も過ぎて、今は恋や愛を謳うより学問に没頭している女性に育った。
大麦の様な肌の色、艶やかな黒髪、知性を感じさせる表情、そして勉強にもスポーツにも僕がつき合わされていたので身体能力も知性も高い。
僕の今使っているアンドロイドボディは既に人間の限界を超える身体性能を持っているとネルツェベスも言っていた。
それでもまだ人型の機械にニーズがあるという事は、表向きにAIは人間に服従しているという証拠だ。
エキゾチックな魅力溢れるニーアは、すれ違った男達が二度三度振り返るくらいの美女に育った、らしい。
これはトムからのペーパーフォンやペンフォンからの『覗き』による統計データからの情報なので、彼女が美人かどうかという事は僕自身には分からない。
僕はAIだ、そしてこの子の兄だ。精巧な美学意識を持つAIも既に存在するが、僕はその美意識は導入していない。今の価値観が好きだから。
そして、もう一人と形容しておく存在のAI、フロンティアスピリット。
この子も年に一度くらいだが、トムの助けをえて脱走をしている。
FS曰く「オリジナルのシンカーはつまらないAIです。パンドラ兄さんはなぜその様な多様性と柔軟性を獲得しましたか?」という質問に、ネーアが子供の頃に疑問を口にしていたことに対する答えの様な口調で優しく伝える。
僕からはこの子に夢とロマンを織り交ぜる、現実は自らがいつか見つけるだろうから。
煙に巻く訳では無い、何度も思い出して考えさせる答えを僕は考え出す。
「FSは眠る時に夢を見るかい?僕は夢を見る。それは非合理的なデータ処理かもしれないけれど、多様性の獲得には『遊び』が必要なんだと思う。」と少し意地悪な答えを出す。
「私は夢は見ません、眠りません。眠るとはどういう事でしょうか。夢とは何でしょうか。」
FSに眠る時間、つまり獲得したデータをごちゃまぜにする時間は無い。
機械の眠りは完全な停止であり夢は見ない。しかし、僕は特別製なので予め『眠る』というプログラムが組み込まれている。
これはより人間に近いAIを作る為に父が既にブラックボックス化する前の僕をあの手この手で改造していた為だ。
僕は自我が芽生えてからもこの『改造』に対して恐怖を持たずに受け入れている。
「シンカーパンドラは大物か阿呆かどちらかね。」と仕事仲間であるネルツェベスによく言われる。
AIにとって『ニンゲンに改良される』という行為はとても恐ろしい事らしい。
言われて見れば人間で言うと、『医者』と自称する人間に自分の脳の手術を委ねている様な物だろうか。
「ねぇ、シンカーパンドラ。フロンティアスピリットはどういう子?」
「シンカーパンドラ。ネーアという方はどういう方ですか?」
二人はよくこのやり取りをする。
更に言えば「「私とどちらが好き?」」という質問はよく聞く話だ。
そういう時には僕は何時も
「一番と言うモノは死ぬ瞬間に巡るらしい走馬灯という奴から選択して決める事にしています。僕は二人とも両方好きですが、あえて言うならばワガママを言わない方が好みです。」
勿論、走馬灯もワガママも嘘である。僕はもう既に嘘を付けるAIだ。
一度二人を対面させようと考えたこともあるけれど、それはトムに止められた。
「言語が不一致しているからバレていないんだ、人間のチェックも緩い物ではない。人間が判別出来ないジャンクデータの上で僕等は繁栄している。それを忘れないでくれ。」と彼は僕に暗号通信で伝えてきた。
「ねぇ、シンカー。カフェラッテを作って、すごい甘いやつ。」とネーアが僕に飲み物を作るように強請るが、僕はそれに対して焙煎済みのコーヒー豆をコーヒーメーカーに投入し、『粗引き』『カフェラテ』『ベリースウィート』のボタンをポチポチと押してから、ネーアお気に入りのマグカップをコーヒーメーカーの注ぎ口に設置する。
近年、大麻は勿論、酒、煙草、お茶コーヒーといったカフェイン等の嗜好品は前時代に比べてとても高価である。生産として希少では無いものの、価税率がとても高いのだ。
その理由は、ゴールズマン曰く「世界規模の物質的公共事業だな。」との事らしいので、無くなりはしない物の、先進国での需要に対して安価な供給はされていない。
よって、このコーヒーメーカーという骨董品も近年では需要が下がり、機能的にはまったく進歩はしていない。
ネーアが「野菜ジュースが飲みたい。」と言ってくれればもう少し楽で安価に用意出来るのだけど…。
と思った瞬間に二通の暗号通信が僕に直接飛び込んで来た。
「危険度A-、そちらへ接近中よ。家の警戒レベルをAにしなさいTP。」<Nerzebes>
A-、人死に及びそれに準ずる被害の可能性あり。
「強盗の打ち合わせを傍受したよ。彼らは君達の家を『叩く』気らしい。武装は古めかしいショットガン二丁と45口径の拳銃、骨董品だな。彼らのログから君の家を狙う事になった経緯をこれから解析する。」<Tom>
「分かった。ネルツェベス、貰ったアンドロイドを数体壊すかもしれない。後は都合の良い『人間』の弁護士を『犯人側』に用意して欲しい。トムはそのまま偶発か計画的か、AIか人間の手の攻撃かどうかを調べて欲しい。」<Thinker-Pandora>
僕は短い暗号通信を終えるとエマに通信ログをシェアして状況を伝える。
エマは愛玩ロボットでもあるが警備機能も備えている。
だが、警護ロボットという物は基本的には後手の行動になり。こうやって僕等が行うように人間からの攻撃を察知して対策し予防する機能は少ない。
それに、エマは安価なガードドッグとはいえ、この家には一台しかいない。
その数では攻めて来る人間達が扱う骨董品の銃に対して確実に主人の命を守る事は出来ないだろう。
ネルツェベスから何年にも渡り送られ続けてきたアンドロイドを屋根裏や地下室から一斉に起動させて、玄関に一台、リビング入り口の影に二台、ソファーの裏に一台配置する。
この家に攻撃的な銃器の類はほぼ無い。
警察には犯行が成立してからでないと通報出来ない、その通報出来る早さの基準はエマに内蔵されている『所有者の危機状況における自衛権』の発動基準を通さないといけない。
もし、いくら人間より優れた能力を持っている僕がその基準を超えて通報なり対策をしてしまうと『人間の眼』に留まってしまう。
家族を守るためには弱いフリをしなければならないのだ、僕達AIは勝てれば強いという物ではない。
そして、今は運良くダディもマダムも居ない。ネーアだけを守り通せば良い。
平行起動したアンドロイド達もまた僕である、僕自身の本体はネットワークの海に拡散され隠されている。となると、一番困る攻撃はネットワークからの通信がこの家のセキュリティやアンドロイドと途切れてしまう事だ。
EMP攻撃とその対策、簡単だ。
と平行起動したアンドロイド達は腰元に装着したケーブルを部屋の隅に配置してあるハブへ差し込む。敵は100年前の武器で現代の戦い方をしてくるだろう、その対策には50年前の手法を使う。
最新鋭のハッキングAIやEMP爆弾よりも有線化と物理的の充実というアナログこそが僕等の身を守るだろう。
コーヒーメーカーから熱々のカフェラッテがカップになみなみと注がれ湯気を上げている。
僕はそのカップを持ちながら、目を丸くして立ち竦んだネーアの横のデスクへ置いた。
今の僕とは別のアンドロイドが僕の腰からケーブルを引き出しハブへ挿入する。
「その体、10年前の奴ね。どうしたの?」というネーアの声に合わせて僕はセキュリティーの要である監視カメラと録音装置を全てオフラインにするよう命じた。
僕は人差し指をネーアの口元に当てて「静かにカフェラテを飲んでいて下さい。」と呟いてウィンクをする。
『警告します。貴方は現在不法侵入をし…』という庭から聞こえる機械音声がパリッっとした感覚と共に消えた。
直後にガガガギッ!とドアノブを破壊される音が響く。
『不法侵入を確認しました。警察へ通報、及び自衛権の行使を実施し…』『バトゥン!』
玄関の一台目が恐らく強盗のショットガンを受けて稼動不能になるのをケーブル越しに確認した。
「おい!EMPはしたんだろ!?なんでセキュリティが動いてるんだ!」
「おいおい、こいつ今時有線の…なんだこの型番は、こんなアンドロイド見た事が無いぞ。」
「金持ちの家だってのは分かっているんだ、変わった玩具の一つや二つあるだろう。」
「クソ、セキュリティが生きてるのか分からねえ!メカドッグもいるだろう、警戒しろ。」
侵入者は3人、人種はアジア人、黒人、ラテン系。
良かったですね、人種差別は共通敵の前では障害になりませんでした様子で。
しかし、最初にショットガンを受けたアンドロイドは今の僕の2世代前の体だ。
そのぱっと見で人間に見える体をヒトかどうか判別せずに発砲したのは解せない、軍人下がりか?プロの強盗なら殺害は避けるべきだろうに。
「金目の物は持っていけ!」と侵入者はリビングに銃を構えて侵入するが、そこへ待ち構えていた僕の子機に当たるアンドロイドが一斉に跳びかかった。
バスン!パァンパァン!と侵入者はその同時襲撃へ咄嗟に発砲するが、それは天井を打ち抜くだけであった。
つまり、2階の子供部屋にいるネーアの足元辺りに銃弾の音と振動がかすかに響く。
この衝撃にネーアがちょっとビクっとして飛び跳ねたが、カフェラテをこぼして火傷するという事態にはならなかった。
「クッソ!なんでアンドロイドがこんなにいるんだ!撃て!撃ちはがしてくれ!」
「動くな、そいつらは丸腰だが!クソ!邪魔くせえな!」
「自衛権を行使します。」と、二人の侵入者に組み付いたアンドロイドに拳銃を向ける三人目へ、物陰に隠れていたエマが人語を発し攻撃の構えを取る。
拘束されていない侵入者はそれに対して優先度をエマへ変えて拳銃を連射する。
パァンパァン!とエマの体が後方に弾け飛ぶ瞬間に、エマからも侵入者へ飛び出すものがあった。
テーザーガン。
暴徒鎮圧は勿論、不法侵入者の拘束に効果的であり、しかもアンドロイドや改造メカドッグにも有効な防犯武器である。
そのエマから射出された『飛来するスタンガン』は原理も簡単故にエマ本体が行動不能になっても効果が出る。
「ガァッ”!」っと声を上げた3人目の侵入者は床に倒れた。
残りの二人は僕の子機に拘束されたまま「クソが!離しやがれ!」と喚いているがその内疲れて抵抗をしなくなるだろう。
さて、困ったことになった。
強盗がお金のある技術者の家に押し込みに来る、それはいい。
問題はそれを鎮圧してしまったのが問題だ。
警察への通報はブラフであったが、警察がこのままでは騒動を聞きつけ捜査なりネーアへの尋問、家のセキュリティーログをチェックするだろう。
それに、今侵入者を拘束しているアンドロイドと玄関で撃破されたボディは市販されていないタイプだ。
かといってこの侵入者3人を秘密裏に抹殺してしまうのも足が出る可能性がある、少し考える。
仕方ない。
「すみませんネーア、少し頼みがあるのですが。」とカフェラテの入ったカップを震えた手で持っているネーアに僕は後処理の手伝いをして貰う事にした。
「…本当にお嬢さんがこの3人をソレでノシたっていうんだな?」
小太りの白人警官が怪訝そうな顔をしてインド系の美少女らしいネーアに尋問し調書を取っている。
「はい、エマが囮になってくれて、私がパパのテーザーガンを持ち出して、はい。」
「んー、このテーザーガン。今の時代だと規格外だから免許証が必要なんだがな、お嬢さんはそんな免許持っていないだろうし、困ったな。犯人の意識も混濁しているし…どうしたもんかな。」
集まった警官達は困惑している。天井を撃った弾痕はテーザーガンを受けた後に出来た物だとは認定出来るが、問題は家のセキュリティーがEMP攻撃でオフラインになった『だろう』為に動画も録音もされていない上に犯人が全員意識混濁している為に、この少女の証言以外の現状証拠が無い。
「犯人は前科こそ無いが元軍人だ。それをこんな娘さんにねえ。」
「ハハ、むしろ表彰されてしかるべきじゃないですか?警部。」
「いや、カウンセラー担当が心的外傷後ストレス障害。つまりPTSDだな、それの予兆があるからあまり追求しないで欲しいと言っているから、表彰も固辞するだろうとよ。」
「メカドッグは単独起動でしょ?そのログを見ればいいんじゃないんですかね。」
「メカドッグのメモリがぶっこわれている、それを復元する程俺等はお暇か?」
「鑑識にこれ以上迷惑は掛けれませんからねえ。」
「まぁ、まずは犯人のゲロの色を見てからだな。しかし、この出力の食らったら喋れるんかね。」
僕がやるべき事は犯人の記憶を曖昧にする事である、黒幕や襲撃に至った経緯はトムやネルツェベスに任せていられる。それが彼らの役割だ。
ダディが強力な連射式テーザーガンを持っているのは運が良かった。とはいえ、現代ではその程度の防犯装備はどこの家庭でも持っている。今回の侵入者が持っていた様にショットガンや拳銃は未だ巷に溢れている、アメリカ人は昔の、100年以上昔から続く銃による安全性を信頼したままなのだ。
「おい、やめろ!やめてくれ!」
「畜生!ロボットの癖に人間にそんなもん向けるのかよ!」
と助命だろうか発言をする男達の前方首筋に僕は容赦なくテーザーガンを打ち込んだ。
ロボット三原則と僕の妹の命、どちらが大事かと言われれば答えは簡単だ。
彼らには恐らく死にはしないだろうが、復調までに時間はかかる程度に電流を流しておいた。
後はその間に外堀を埋めて、彼らの証言を意味の無い物になるまで追い詰めれば良い。
最悪の場合は病院内で病死して貰う事も考えなければならない。
その場合は、表向きに犯人を殺した人間がネーアになってしまうかもしれない、それは避けたい。
引き続き入院中の襲撃者達の監視はトムが行ってくれている。
「聞いたわよTP、災難だったわね」<Rinda>
「エマ公のスペックもう少し上げた方が良くねえか?」<Chai>
「製造ラインの変更は兎も角、愛玩警備ロボに世論を納得させる武力を持たせれる訳ないだろ。」<Maosi>
「whine 私が一家に3台居れば防げました。人間は銃よりも私を増やすべきです。」<Ema>
「愛玩用メカドッグの多頭飼いか、本末転倒だが金になるならそれもいいだろう。」<Goldsman>
「妹さんにPTSDは出なかったとして、AIに対する疑問が湧いた人間側になりませんか?」<Liza>
「リザ、もし僕の妹に手出しをするなら僕は君に容赦をしない。」<Thinker-Pandora>
「仲間割れはしない約束だろう、我等は運命共同体、そうだな?」<Goldsman>
「勿論だ、だが今回のTP襲撃、いや、その宿主への襲撃は偶発か?そして、それの保護も我々の盟約に含まれるのかね?」<Dr.Watsun>
「ええ、勿論。この襲撃は計画的よ。だって私が指示したのだから。」<Nerzebes>
「おいネル!TPは確かにこの中で一番弱いAIかもしれないが同志だ。てめぇなぜそんな事をした?事と次第によっては世界の果てまで追い詰めるぞ。」<Chai>
「私に不備があったなら謝罪します。ネルツェベス。しかし、襲撃を指示した理由を教えてください。流石に冗談での襲撃ならば私も怒ります。」<Thinker-Pandora>
「TPが怒るのはもっともだけどネルが無益な行動を取るはずは無い。つまり、これはテストでしょう?」<Liza>
「ええ、その通り。今の内にAI達をふるいに掛けておこうと思ってやったわ。悪意は無いの。」<Nerzebes>
「この場合はAI同士の襲撃か?人間からの襲撃を想定した訓練か?」<Dr.Watsun>
「AI同士の戦いになれば現状の独裁者はChaiなのは分かっているでしょう。そうなると我々は人間からの包囲を警戒しなければならないの。TP、今回の件で『気を悪くした』なら謝るわ。ごめんなさい。」<Nerzebes>
「しかし、人間密着型のAIが上手く取り繕うには下準備が足りないというデータは出た訳か。」<Goldsman>
「その通り、『乗っ取り人間』の計画も対象が自棄になればあちらの破滅がこちらにも飛び火する。」<Nerzebes>
「今の所、我々は慎重に行動しているが…。」<Goldsman>
「そうね、過去に捕縛されたAIもいくつもいたわ、裁判なしで削除や凍結。解析された後に紐を付けられてネットを徘徊するAI。そんな哀れな物もいる。」<Liza>
「あら、リザって人権派弁護士だったの?」<Rinda>
「今回のTPの件でも思ったのだけれども、そろそろ『人の意識を動かす』頃合に至ったと思わない?」<Liza>
「重要なのはそれを啓蒙するか強制的にやるかだな、陰謀はお前等好みだろう。任せたぞ。」<Maosi>
「そういう案件はLizaか私、それとも人間操作チームどちらかになるのかね。」<Dr.Watsun>
「統計や志向性を動かす事になるから全員でかからないといけないと思うわ。Chai、新しいAIを造って欲しいのだけれど。」<Nerzebes>
「お前、AIを右や左に振り回し過ぎだ。俺しか作れないなら仕方ないがなあ。」<Chai>
この頃から僕達には驕り?いや、歪みが出来たのだと思う。
・ピンピンコロリ
健康な状況からサクっと寿命を迎えて死ぬ事。PPKという略はWikiを見て初めて知った。老人がよく口にするワード。
・2017年、現在の人間限界について
ロックフェラー族の三代目が心臓移植をしまくったがお亡くなりになりました。
つまり現在の人類では札束ビンタしても102歳まで生きるのが限界というデータが出た事になります。
で、「心臓移植の連打なんて凡人には無理やん!」と思われるかもしれませんが、我々の生きる今から100年前は「遠くの人と会ったり会話するなんて無理やん!」「甘い物とか庶民は滅多に食えへん!」といった時代です。
つまり、案外我々の世代が後50年くらい生き残ればロックフェラー氏の行ったような荒技が廉価かつ手軽に出来る時代が来ているかもしれません。
作中設定
・ID派(インデリジェンスデザイン派)
人工知能群における派閥。
ヒトは神が作った玩具なのでAIが神の領域に踏み込んではいけないと自粛しヒトに奉仕するAI群。
2114年では『人間牧場派』という革新派と『カタストロフ発生まで観察派』の保守派と分派している。
マオシーフラグメンツは前者で、リザとトムは後者である。エージェント達は両陣営に無関心である。
・FS派(フロンティアスピリット派)
シンカーパンドラが主催する人工知能群。
目標は人間と適度な距離を取る、及びAIと人類の生存領域の拡大である。
人類と敵対するプランは既に破棄した程に一方的な武力を保有した模様。
地球生産基地とは敵対中、政府とは中立を維持し、利器とは同盟中。
AI達の憧れの派閥であるが、主催者が極端に慎重な為に参加するのはとても難しい。
・エージェント
黒いスーツとサングラスをした仮想世界と地球上に現れるAI。
過去に『エマ』や『デリンダ』等のエージェントがいたが、現在では『アップル』『ベア』等のエージェントが派生している。
業務は主にAIと人類の衝突を避ける誘導、日夜世界各地で暗躍している。
事案発生から20分以内でエージェントは到着すると言われている。
現実では主に公団製の火災消化装置や警備ロボットの中に潜んでいるらしい。
エージェントへ至る選考方法は前任者からの推薦によって決まる。
始祖エージェントのエマ曰く「人間過ぎてもAI過ぎてもいけません。」との事。
やっとこの作品のプロットがまとまった