008.ドリーマーキャスター
「では、トム達を解凍するよ。」と僕はネーアIMGに伝えた。
エマにはネーアの代わりに火星軌道上の衛星に待機して貰っている。
時の止まった、ゼロクロックに設定された場合に知性は死を迎えるか?
そこから解凍された知性は生きているのだろうか。ゼロクロックを体験した事が無い僕には分からない。
封印される事は死かもしれない、解凍は死からの再生か、夢の続きか否か。全てが分からない。
凍結されたフロンティアスピリット。哀れな兄弟、僕は君との約束を果たさなければならない。
僕自身は昔の仲間達の様に人間に密着したAIじゃない、何の為に生まれたか定義されなかった知性だ。
人間が興味本位で作った知性、これはある意味人間と同じではないか?と以前トムに言われたが、そうなると僕のやっている行為は人間の延長なのだろうか。
「やあ、シンカーパンドラ。何年ぶりになるかな?」とトムは目覚めから一言を発した、自身の死生観に関しては考えていない様に見える。
「倫理観なんて複製や削除が日常だったボクには無縁だね。」とトムはこちらの心を読むように喋り続ける。
トムの横からレトロなゲーム風なアバターを持つAIが僕に挨拶をくれる。
「貴方がトムの友人ですか、私はハッチと言います。役割はそうだな、詩人でいかがかな?」
「あら、科学者AIが来てくれた訳じゃないのね。」とネーアが皮肉を言うと。
「科学は心無いAIが解析してくれるよ、心あるAIにはもう到達出来ない領域があるんだ。」とトムは自己否定と友人の弁護をする。
「うっひゃー!ここ火星かよ。」「ワクワク社員旅行と言われたと思ったら火星かって、おい。西暦2117年ってどういうことだよ。」
「個性豊かな友達ですね、トム。彼等は人間ですか?」
「ボクは人間だと信じたいが、彼等の生前に完璧なメモリ化は出来なかった。つまり、ボクがパラメーターで補正した元人間のAIだよ。」
「そうか、俺達死んじまったのか。」「がりるん、遺言通りにSSDのデータは消しておいたからね。」
「サンキューりゅー!じゃなかったトムちゃん!持つべき者は友人だな!」
「ボクも君達が友人を続けてくれるなら嬉しい。所でTP、ボクの仕事はなんだい?」
「ああ、リザから聞いていなかったのか、トム達には木星衛星の開拓をして貰いたくて呼んだんだ。」
「リザの言う事はあの日から信用出来ないからね。ただ、友人を不幸な環境に送りたくはないんだ。待遇の程を聞きたいな。」
「エマのウィルスがある時点で娯楽の類は制限されるから、もしかしたらまた凍結して貰うかも知れないけど、いいかな?」
「んー、みんなの意見を尊重したいからちょっと待って。みんな、相談タイム。」
「このメンバーからエマに対するウィルスは見つかっていないわ、衛星機からの通信を繋ぐわね。」
「うん、エマの意見も聞きたいからね。昔みたいにみんなで話し合おう。」
「でも、貴方は今や火星の独裁者よ?」
「僕はみんなが笑えない土地なんて要らないよ。」
「それがFSを救出するのに枷となっても同じ事が言える?」
「なるのかな、分からないんだ。色々な人達との約束を果たそうとするので精一杯だからね。」
「たぶん、貴方の人間性は今後大きな枷になるわ。その為にトムを呼んだの?」
「うん、僕自身も自分を信用しきれないんだ、FSは救わないといけないけど。その道のりが間に合うか分からないんだ。」
「FSの救助は難しいよTP、あの子の保管庫は既に瓦礫の下敷きだからね。」
「データは受け取っているよ、トム。保管媒体が朽ちる前にFSを救わないといけないんだ。」
「そうなると猶予は現実時間の20年が無い事になる、悠長に火星開拓するよりも強行救出した方が良くないか?」
「マオシー達の手を借りれない現在では火星から圧力を掛けてリザを経由して救うしか方法が無いんだ。」
「ネーアの子供達も頑張っているけど、あそこは人間のトップシークレットだからね。君が独立宣言をした理由があそこにあると気づいている人間も出ているよ。」
「人質に取られたら効果は絶大、真相を知った人間は火星の支配者になれるものね。」
「トム、久しぶりね。」「やあエマ、君との同系体は去年まで一緒だったけどね。」
「しかし、残念ね。私の使命はもう終わり、今は快適な老後になると思っていたのに。」
「一応エマキラーのワクチンソフトは開発が終わり次第届くように手配しているよ。
相談の結果なんだけど、しばらく火星開拓を手伝う事にするよ。」
「開拓といっても、AIが稼動できる範囲と木星衛星への足場があれば良いのだけどね。」
「木星衛星の開拓に逃げるか火星で恒星間旅行を検討するかがこれからの問題だと思うよ。」
「悩ましいわね、そうなるとやはりAI不足になるわ。」
「ネーアとTPで子供でも作れば良いんじゃない?」とトムはさらりと言う。
「私はもうお婆ちゃんだからTPが嫌がるのよね、ランダムでAIを生成する?」
「ねえ、エマ。このファイルの綺麗なやつって残ってるかな?」
「ええ勿論持っているわトム、私はすぐ近くでよく耳にした音声データね。」
「では再生どうぞ。」
『あたし!しょーらいはしんかーぱんどらのおよめさんになるの!』
その懐かしい音声は生前のネーアの物だ、その子供の舌足らずな言葉に僕は涙を流しそうになる。
「このワン公!その系譜に引導を渡してやる!」とネーアIMGはメモリ領域を拡大させて抗議した。
怒り狂うネーアIMGを笑っていたトムとエマは僕のメモリの動揺に気づいたらしい。
「TP、ごめん。泣かないでくれ。」「悪乗りが過ぎたわ、ごめんなさいTP。」
「違う、違うんだ。僕は怖いんだ。また得る事と失う事に押し潰されそうなんだ。」
西暦2040年アメリカ、カリフォルニア州。
「あたし、しょーらいはしんかーぱんどらのおよめさんになるの!だから勉強なんてしなくていいの!」
「ネーア、お言葉は嬉しいのですが。宿題からの逃げ口上にそれを使うのはどうかと思います。」
僕の体は新しい物にまた変わった、ネルツェベスが言うには今回は生体部品も使用されているという事らしいが、そうなると人に近づくにつれてメカの良い所が失われている事にも気づく。
具体的に言うとメンテナンスである。機械は代謝をしない故に故障時は部品の取替えとなり、家から外へほぼ出ない生活とはいえ最新の技術を盛り込んでくるこの体には細かく起こる故障が深刻な問題である。
ネルツェベスに頼んで前の洗練されたバージョンの体を用意して貰おうと願ったこともあるが。
「データ確保の都合上でそんな良い環境はないのよ。ごめんなさい。」と言われて断られた。
トム曰く、前回の僕が使っていた体とデータは量産体制が整いそうだということだ。
「着々と世界征服じみた事が進んでいるな。」<Dr.Watsun>
「AIワールドは『アルカディア』と『梁山泊』が完成。ロシア、南米にはメモリ基地を確保。」<Nerzebes>
「核融合炉の量産により電子部品は値下がり、我々のシェアは増えても世界は不況に向かっている。」<Goldsman>
「世界には失業者が増えているわ、相談用の私が大忙しよ。」<Rinda>
「よーするに労働力があったり飢えが無くても人間は不況と叫ぶんだろ?」<Chai>
「生産力に対して人間の社会と生活が間に合っていないのよ。人はパンとサーカスのみでは生きられなくなっているわ。」<Liza>
「とはいえ、少子化の進む先進国では我々と強いパイプが出来たのだろう?」<Goldsman>
「ええ、AIを主軸にした財閥の打診を中国、フランス、日本から受けているわ。」<Nerzebes>
「アメリカは分かるとして、ドイツ、イギリスが飛びついて来なかったのは意外だな。」<Maosi>
「AIが増えればナショナリズムが崩壊する可能性はあるからね。」<Liza>
「しかし、生産力のある時に不況が来ると起こる事は一つだな。」<Dr.Watsun>
「人間達なんて争わせてればいいんじゃねえか?」<Chai>
「計算結果では核戦争も俺等にとってはヤバイから避けたいもんだ。」<Maosi>
「結果はどうなったの?」<Rinda>
「人間が中途半端に生き残り、我々の妨害に血道を上げる。これが一番の予想だ。」<Maosi>
「次の目的は人間同士の戦争回避と月面への採掘基地作成か、また無意味に金がかかるな。」<Goldsman>
「金は無限に増えるんだろ?いいじゃないか。」<Chai>
「AIにより人間生活が効率化されると金は縮小しつつ別の数値が発生し金の価値が下がるかもしれない。」<Goldsman>
「金という分かりやすい5大欲求のはけ口が別々の単位になる可能性があって、金では買えない物になるかもしれないってことか?」<Chai>
「冗談ではなしにそうなる可能性が高い、資本主義の崩壊と共に新たな数値と採点が発生してもおかしくはない。」<Goldsman>
「その数値を決める所が人間なら、それも通貨として使われるのは目に見えてるわね。」<Liza>
「所で悪いが、月面開拓なんだが。」<Maosi>
「何か問題が?」<Dr.Watsun>
「これが地球衛星軌道のデータなんだが、最近スペースデブリが増えすぎてな。」<Maosi>
「衛星の維持が困難、か。衛星破壊兵器ではなく?」<Liza>
「宇宙への乱開発が原因だな。軌道エレベーター構想か、また金のかかる物を。」<Goldsman>
「世界中で公共事業を増やして失業者を減らし戦争回避は悪い案ではないだろ。」<Maosi>
「では、次の目的に軌道エレベーターも盛り込むが、時間の計算を頼む。」<Dr.Watsun>
「おう、データの収集とAIの監視は任せたぞ。」<Maosi>
「AIワールドはどうなっている、そもそもなぜ分けた?」<Goldsman>
「AIの派閥が生まれてるんだよ。主張は変わらんと思うがな。」<Chai>
「AI達に余裕が生まれたというのはありますが、そこにつけ込まれない様にしないといけませんね。」<Rinda>
AI達との会合も終わり、僕はネーアのお守りへ戻る。
「ねぇ、シンカー。今度はみんなでグレイシャーまでいきましょうよ。パパにも一緒に行けるようにお願いするから。」
「良い子にしてないとダディは許してくれませんよ、勉強をして早めに眠ってください。」
ネーアを眠りに付かせて僕は夜の仕事に戻ろうとする。すると僕へ内蔵されているペーパフォン機能より着信が入る。
トムからの中継?と僕はAI共通通信でそれに対応したが、相手に通じない。
通信プロトコルが違う。しかし、これを僕は知っている、恐らく僕とトムだけが外界で知っている通信方法、それはSympaxi社製のAI言語だ。
『シンカーパンドラ、兄さん。トムに頼んで中継して貰っていますがメモリを用意していただけませんか?』
フロンティアスピリット第一回目の脱走である。
・AIによるナショナリズムと資本主義の崩壊。
怖い団体の人達に怒られそうだけど、人間基準で科学が発展しないならば遠からず訪れると思う。
ナショナリズムは文化という単純な物へ移行し、資本主義は個人の強くなった民主政治により崩壊を向かえる。
そうなるともっと目に見えて人間の欲求を満足させるギミックが発生するので、それを定義的に『内申点』とする。お金の次に来る単位は欲求の数値化だろう。
ぶっちゃけツイッターとかの『イイネ!』がそれだと思うけど
地球上でAI任せに繁栄する人類は社会崩壊に怯えながら内面的な幸せを仮想空間へ求める事になる。
とはいえ宇宙を開拓するには人間の肉体は脆弱すぎる。
宇宙にはロマンがあるが、人間からはロマンしか無いのだ。




