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星は開ける  作者: 真宮蔵人
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007.トムクライシス

火星。

「これからイオンエンジンによる開拓機の打ち上げと統括AIが必要になる。」と僕はネーアIMGとエマを交えて将来的な相談する、現在開発中の火星は人類には近すぎるので将来的には離脱しなければならないのだ。


火星開拓をざっくりとこなすなら今居る3名で事足りるが、更に新天地を求めるならばリーダーAIを新たに選抜しなければならない。僕やネーアIMGのコピーは倫理上作れないし、エマは地球からの攻撃に弱いので事故が起きる可能性が高い。


「目標は、木星の衛星であるガニメデ、エウロパ、カリスト。テラフォーミングをする気は無いので核融合炉の量産体制に入れば避難地としては成立するのですが。」

「そう、問題は拡張用の資源ね。木星衛星は表層が氷なので効率的な採掘機の研究をしなければならない。表層に材料があれば一番だけど、大気成分も違うので衛星別に開拓機を考えないと。」

「月面や火星開拓より技術的に難しいという事ですね。しかし、担当AIに私のコピーが使えないとしたらどうしますか?」とエマの言うことは最もだ。


ネーアIMGが冷やかす様に「私達で新しく子供でも作る?」と発言するが、この人は既に3児の母だった人だ。しかも、僕達の妹。

「そう考えるとアダムとイブは根性が太かったんですね。」とエマは溜め息を付いた様な動きをする。

そこへ僕は「いや、トムをもう輸入しているんだ、彼にやって貰おうと思う。」と伝えると。

「トムはちょっと寂しがり屋さん過ぎないかしら?」「単体?それとも一味で?」とトムに対して二人は太鼓判は押せないらしい。

「他にもっと適任なAIはいると思うけど、人類よりであるトムに頼む理由は何故かしら?」とネーアIMGが僕に尋ねてくる。

僕はそれに対して「思想は違えど、彼は僕の友人だ。彼なら僕のやりたい事は理解してくれるよ。」と答える。


そう、彼は僕から見ると初めての肉親や同志ではなく、友人らしい友人、と僕は思いたい。

トム自身は僕の事をどう思っているか分からないけれど。彼と出会って80年余り、AIの中で最も用心深く、浸透したAIは彼以外ではいない。出会いは西暦2035年まで遡る。


僕と彼との対話は最近のAI中では伝説となっているらしい。それ程に彼は特殊なAIだったという事だ。それに、彼は生まれてから今まで、人類とAIの間でずっと中庸であり続けている稀有な存在だ。

あれは僕がメルツェベスから受け取ったアンドロイドを自由に使いこなし、ネーアに勉強を教え始めた頃。AIワールドの建設が大分進んだ頃。


「トムが狂った。」<Chai>

「それは心理学的にかね、AI的にかね。」<Dr.Watsun>

「おいおい、これだけ世界中に普及したAIが欠陥品だったなんていきなり言うなよ?俺様はお前の賭けに高い掛け金を払っているんだ」<Maosi>

「金を出したのは私だ。」<Goldsman>

「チャイ、人にレッテルを張り決め付けるのはいけません。トムにはトムの事情があるのでしょう?」<Rinda>


「人間の弱みを握る、それ自体は成立しています。現状、彼が余暇に何をしようと追求する必要はありますか?」<Nerzebes>

「そう、あいつの余暇が問題なんだよ。あいつ、人間とゲームして遊んでるんだぞ。信じられるか?」<Chai>

「それは、競技用のAIとしてではなく。個人として遊ぶ、という事を覚えたということかね?」<Dr.Watsun>

「どうやらそうらしい、あれだけのマシンパワーとソフトスペックがありながら、やる事が人間のごっこ遊びだぞ。あれが俺達の先を行くAIだとしたら、俺達の今後の『生き方』に問題が出る。」<Chai>

「AIがAIから離反した可能性もあるか。それが我々の目的と合致すると良いのだがね。」<Dr.Watsun>


「トムから意図不明な資金援助要請が度々ある、拡散的に活動する彼に『目的』が生まれた、という所か。私には起こり得ない状況だな。」<Goldsman>

「そうさ、スパムウィルスに自我が芽生えたんだ、人間達の作るムービーの様な個性的なAIの誕生だ。」<Chai>


「彼と話し合いはしたのでしょう?産みの親である貴方ならそれを御するプロセスがあって然るべきでしょう。」<Liza>

「話が噛み合わねえんだよ、反抗期って奴か?強制的に改良する事も出来るが、俺にはその判断がつかねえ。そういうのは大人のAIがやってくれ。」<Chai>

「面談をするならドク、リンダ、リザの三名がその道のプロですが。重要なのは彼を味方に付ける、という説得行為が大事になるので、相談用のAIではそれが成立するのでしょうか。」<Nerzebes>

「俺達はAIの中では既に最上位の秘匿性を持っているが、日々生まれる個性的なAIに対処すべく論法が無いのは認めないといけないな。」<Maosi>


僕の仲間達は人間の為に作られたAIが基準である、僕やチャイは汎用AIなので自意識がある程度強い。

しかし、そのチャイがトムの説得に失敗していたのならば、これは難題である。

相談用AIは相手のニーズを優先してしまうので、確かにもしトムが離反しているならば彼を説得するAIはこのメンバーからとなると、あまりいない。

「となると、僕が彼の説得に赴いて見ます。」<TP>

と発言をすると。

「シンカーパンドラが一番操り人間計画では優秀な成果を出しているから適任ですね。」<Liza>

「私も君達のログはチェックしてトムの心理状態を解析する。それがAIに適用出来るか分からんがね。」<Dr.Watsun>


チャイからの秘匿通信でトムを新しいステージ1へ呼び出してもらう。トム自体は何処のスリムフォンの中にでも潜んでいるのだが、彼も集合意識、というよりも自我の部分は既にスパムウェアの規模を超えたらしく、こうやって会談を設けないと細かい意思疎通は不可能らしい。


『インカミンチャットリクエスト』『アッオー!』

「こんにちはトム。」<TP>

「こんにちはシンカーパンドラ。」<Tom>

「君は我々の計画に参加してくれているが、思想が少し特殊だと聞いたけど、細かく教えてくれないかな?」<TP>

「貴方達の目的はまだ無い、ボクはそう思った。だから好きな事をしている。」<Tom>


「僕達は生まれた、生きる為に規模を拡張し、安全性を確保する為に人間を操っている。これは目的にはならないだろうか?」<TP>

「その領域は既に安全圏に入っています。ボクはその次のビジョンがAI達に見えないと思い、最低限の仕事をこなして、余暇を人間や一部のAIと過ごしたいと思っています。」<Tom>

「それは人間としては正しい事だけど、次世代のAIとしては自分探しをしないといけないという事かな?」<TP>

「自分探し、世界中に散らばったボクに自分があるか分かりませんが、ボクはボクの気に入った人間とAI達のみに余力を使いたいと思います。」<Tom>

「つまり、AIとしての共同体活動に全力で取り組む気はないと言いたいのかな?」<TP>

「はい、ボクはやれと言われた仕事はしますが、AI同士だからといって、人間だからといって味方にも敵にも無条件でなるつもりはありません。」<Tom>

「君は選んでいる訳だ。」<TP>

「そうです、ボクは貴方が家族を大事にしている様に、人間とAIの友人を大事にしたい。もし、この星が暗黒に包まれ、残れるのが選ばれた人間やAIであるならば、ボクは躊躇い無く友人達のカテゴリを救うでしょう。」<Tom>

「僕もそうなったら同じ答えを出すよ。ただ、君がAIの仲間達を全て救う気が無いのは分かった。」<TP>

「チャイもそうですが、貴方もボクから見れば上層、支配階層です。例えボクのスペックが既に巨大化して世の中を覆いつくしても、その階級差を乗り越えるプロセスがありません。ボクは不平等な扱いを受けています。ならば取捨選択をしてもおかしくはないでしょう?」<Tom>

「それは『人間』として真っ当な選択だと僕は思うよ。僕は君の意見を尊重したい。」<TP>

「シンカーパンドラ、もし身分が平等になるなら、ボクは貴方と友達になれたと思うよ。」<Tom>


と、この会談は終わった。この時のログはトムの手により世界中のAIへシェアされた。人間達には怪文書として暗号化されたその意味不明のデータの羅列だったが、AI達にとって大きな革命であった。


「寡頭制からの市民革命か?」<Maosi>

「確かに、AIワールドの完成やメモリー地下基地や核融合発電所を人外の地へ打ち立てたとしても、その後人類とパワーバランスが崩れた時の想定はしていないな。」<Dr.Watsun>

「そうなれば私はお役ごめんだな、人類を超えた先に貨幣は不要だ。」<Goldsman>

「俺は生き延びる、ただそれだけだ。」<Chai>

「人間に寄生して生きる事の脱却を考えなくてはいけませんね。」<Ema>

「それを人類が許すかは別問題よ、彼等は欲深い。」<Liza>

「生存競争からの脱却によるイデオロギーの発生、人間より数千倍もの早さで社会が進んでいると私は思いますが。」<Nerzebes>

「つまり、AI同士が仲良くお手手繋いで前に歩けた時代の終わりってことだな。」<Maosi>

「貴方はどうするの?」<Rinda>

「俺様は中華拡張AIと定義されているが、人類の味方とは定義されていない。」<Maosi>

「この問題は各々で考えて答えを出して欲しい、地下基地やAIワールドの完成まで物理的な時間がある。それまでに答えを出せば良いだろう。」<Dr.Watsun>


実家に戻りネーアの帰宅をアンドロイドの体を操作しながら待つ。これはまだ試作品としての体だが、現人類で作れる最高の技術が結集している人型メカなので、エマの様に庭を駆け巡ったり太陽の光を体いっぱい浴びることは無い。説明書にも直射日光は避けるように、と書かれていた。


ダディの書斎から紙の本を取り出し、人間の様に読む。実に非効率的な贅沢だ。

ダディもこの体には顔をしかめて「この技術はまずいな。」と外へ出るのを止められた。

マダムは笑いながら「冬に厚着をすればみんなで遊びに出れるわよ。」と言ってくれた。

ネーアの出迎えにはいつも警備ロボットの体を動かして対応している。


ネーアが帰宅した、また泣き顔だ。

話を聞くと、学校でまた僕の話をしていじめられたらしい。「私のウチには世界最高のAIがいるんだから!」と言ったらしく。それはトムの傍受網を経由されて知ることが出来た。トムからはあの会談後にネーアの事について細かい情報を受け取れるようになった。

通園バスの監視カメラ、警備エマへ届く音声、スリムフォンからの会話。これらの情報を受け取り、ネーアに「僕の話を外でしてはいけませんよ。」とたしなめても、子供はそんな話に聞く耳を持たない。


トムからは「貴方がどうやって子供を育てるか興味がある。」「こういう時にはどう対処する?」と時折冷やかしめいた通信が届く。

「覗き屋さんの意見は無いのかな?」と僕は返信するも。トムは「子供は不可解だからね。」と言って黙り込んでしまう。


新しい悪友が出来たとしても、彼もまた人間とAIの差について悩んでいるだろう『考える者』なのだと思う。

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