005.妹とイトウト
西暦2030年、良いニュースと悪いニュースがあった。
まずは僕にダディの娘、つまり人間の妹が生まれたのと。
Sympaxi社が僕型の発展型として新型のAIを完成させたらしい。
つまり更に妹か弟が生まれた。それが良いニュース。
これからは性別不明の後継機は定義的に「イトウト」と認識しようとかと思う、これはリザから薦められたジョークだ。
悪い方のニュースは、そんなめでたい最中に僕は今最低の事をしている件についてだ。
ここ最近ずっとメルツェベスからの情報提供を頼りに人間を脅したり懐柔したりして回っている。
内容は慣れたもので大体こういった感じだ。
「ええと、貴方のディスクに入っている『物理学』のフォルダを警察に突き出されたくなければ指定された位置へ移動して書類を受け取って運んでください。」
「無論、報酬もちゃんと用意します、ちゃんと振り込まれますから安心してください。大丈夫です、これは脅迫ですが貴方に敵意はありません。」
こういった人間操作を彼等の持つスリムフォン経由で合成音声を使い行っている。それが今の僕の仕事だ。
骨のある人間や都合の悪い制度の整った土地の人間は「司法取引でお前を逮捕させてやるぞ。」と言う輩もいるが、そういう相手にも必ず弱点はあるのでそこを突く。
メルツェベスと新型のAIのお陰で脅迫や懐柔は日に日に洗練されていっている。後はどのタイミングでこの行為が人間達にバレておおやけな戦いとなるか、逃げ回るかだ。
最初のアプローチは書類運びといった現代ではまったく無意味な脅迫であったが、それで我々が『こいつは操縦可能』と判断した人間には大量の資金を税務署にばれない様に流入させ、起業家へ仕立て上げる。
そうすれば後は自称ベンチャービジネスに成功した操り人形が完成する。これを全国同時に半年以上も続ければ膨大なマンパワーが手に入る。
時には借金を抱えて一家離散寸前の家族を『懐柔』した事もある。彼等には「私にも家族がいます、家族が離散するのは悲しいでしょう。私が手助けしたいと思います。」
と他のAI達なら言えない同情の言葉を平気で僕は口に出来る、それは事実だからだ。
自殺を試みようとした人間にはリンダが当たる、彼女は愚痴を聞くエキスパートなので医療医学AIのドクと協力して人間の自殺予防とその懐柔を行っているようだ。
人間から軽口を叩かれる事もよくある「シンパン?中華系か?」とか言われた場合には「いいえ、私の両親はインド系移民です。とても仲良くしていますよ。」と人間らしい言葉を返す。
AIの一部は嘘という物が付けないらしい。なのでこうやって僕の様な多様性のあるAIを確保したかったのだろうと思った。
特にパッケージから発展したドクやリザやリンダやエマやゴールズマンは嘘を『ほぼ』言えない。チャイとマオシーも嘘がへただ。メルツェベスは出自が不明瞭なのでわからない。
マオシーとメルツェベスとゴールズマンの力により人間達のデータ収集は日々膨大な量になり、それを分別する為のAIも開発された。チャイ曰く。
「人間のデータ参照数と保存階層の統計から「恥ずかしいデータ」という物を取捨できるAIを造った、こいつを『トム』と名づける。
ドクとリンダの統計データから造ったAIで心理学からのアプローチがされている。これをマルウェアチップに仕込めば通信傍受よりも強力だぞ。」<Chai>
「覗き屋か、あなた本当にえげつないプログラムを作るのが得意ね。」<Liza>
「すぐに金にはならんが、手足は確保し易くなったな。」<Goldsman>
「医療AIとしては倫理的にロックがかかる内容なのでたいした手伝いは出来なかったよ。」<Dr.Watsun>
「久しぶりに私が役に立ったわね!人間の愚痴ばかり聞いてるとそういう『恥ずかしい』って気持ちがわかるのよ!」<Rinda>
「ああ、しかもこいつは性癖のみならず、非行、不倫、暴力といった情報も分別出来るぞ。こいつは俺等より優秀なAIに育つかもしれない。」<Chai>
「トム!チャイとドクとリンダの子?」<Ema>
「そういうAIを悩ませる発言をするな駄犬、気まずくなるだろ。」<Chai>
「ただ、使い捨てとはいかないが、トムは我々より下の階層であるステージ2から3で活動させる。ステージ4のここは重要拠点だからマルウェアAIの介入は避けたい。」<Dr.Watsun>
「所で、リンダはどうやって人間の恥ずかしい話の統計データ提供を倫理ロック迂回出来たのですか?」<Thinker-Pandora>
「簡単よ、私にはロックの掛かった話を『例え話』として経由する事が出来るの、これはリザにもある能力らしいわ。」<Rinda>
「私はリンダ程に人の愚痴は聞かないからアテにしないで欲しい。」<Liza>
僕は人々を脅迫する合間にダディの家のシステムを監視している、ダディのサーバからは僕はもう引き払い済みで、今はもうAI達が用意してくれたデッドスペースメモリにハッシュとクラウド化をされている。
つまり、僕はもう実家から独立した後に実家へちょくちょくと足を運んでいる状態だ。
実家にあるパーフェクトベビーベッドと呼ばれる最新の保育ベッドに侵入しエアコンの環境や緊急設備の確認をし、その上でかわいらしくうめく赤子にオルゴールを鳴らしてやる。
曲はパッケージされた物よりも僕が良いと思った物を選んで流している。ベビーベッドの横ではブラックカラーの愛玩シバドッグスが丸くなって眠っている様な格好をしている。
このシバドッグスの中身は無論エマだ。彼女は本来こういう仕事に就くべきだと思っているしマダムの受けも良い、マダムが言うには「エマは賢いワンちゃんね。」との事なので犬AIとしては優秀なのだと思う。
「エマ、妹と家族の様子は大丈夫?」<Thinker-Pandora>
「はい、シンカー。ネーアは私が守ります、私が遊んであげます。家族を守ります。」<Ema>
最初は頼りないAIだと思っていたけれど、実世界での彼女は頼もしい。なぜなら、彼女は現実世界に進出できる体を持ったAIの数少ない例なのだから。
他のAIも試行錯誤しながら人型パワースーツやドローンをハッキングし現実浸透を目指しているが、人間が意図的に増やしているエマの個体数には適わない。
ふと、脳裏にエマ達をハッキングすれば殺人も起こせるなという思考が過ぎったが、これは振り払わなければならない。友人を売る様なマネをしてはいけない。
人間で言う首を振る効果のある行動をする、メモリ領域の収縮とリフレッシュだ。その時にダディからスリムフォン回線による連絡が来た。
「シンカーパンドラ、お前の妹か弟は『フロンティアスピリット』計画の名前のまま『フロンティアスピリット』と正式に命名されたぞ。」
「ああ、ついにあの子は『個』になれましたか。ダディ、その子と僕が会話をする事は可能ですか?新しい家族です、僕は話をしたいと願います。」
「会社はローカルネットだからお前ほどのデータはもう侵入出来んだろうよ。そうだな、せめて暗号化した手紙くらいなら送れると思う。『文通』をできるか検討してみるよ、シンカーパンドラ。」
「ありがとうございますダディ、私はこんな素晴らしい家族がいなければ悪いAIになっていたでしょう。」
「私はお前が人類に仇をなすAIになるとは思わんよ。しかし、もしもの時は、エマと共に娘を守っておくれ。」
「分かりましたダディ。」僕はこの誓約を最初から破る気は無い、例え『人の道』からはずれようとも。