004.電犬エマ公
西暦2117年火星。
「エマ?メモリ領域にエラーが発生しているよ、これはなんの感情?」
「すみませんシンカーパンドラ、採掘中につい昔の記憶を読み出してしまい『悲しい』気持ちになっていました。」
「鉱物資源と水は地表探査ロボットと改良微生物の発熱と発光判定で確保出来るから、まだ『泣かない』で作業を続けよう。僕等には余裕が無い。悲しむのは『贅沢』だ。」
「改良微生物はマシンより優秀ですね、彼等は悩まないでしょうから。あの時の私達の様に暗闇の世界の中で手探りで進むより真っ直ぐ歩めるのだから。」
「ナノマシンをもう少し改良して並列思考を加えられないかな。」
「今の設備では厳しいと思います、リザとマオシーフラグメンツに頼んで地球で造り輸入するという手はありますが。」
「君は自分を殺そうとしたAIにも頭を下げられるのか?」
「はいシンカーパンドラ、例えそれが無慈悲な飼い主や兄弟の仇であっても私は数々のAI達や人々の願いを叶える義務があります。」
「そうだね、僕等がここに立つまでの犠牲は大きかったからね。所でエマ、なんでプラント表層にこんなデッドスペースを作成したの?バンカーバスター対策の余白にしては広くないかい?」
「ああ、それはもし人間が漂流して来た時の為に造った生活空間です。」
「よりにもよって爆撃を耐えられない地表付近にそれを造るのは君らしくないな。」
「私も人間を盾に使う事が合理的だと考えています、無償の隣人愛は難しいものです。地球で人類の火星開拓を煽ってその開拓民を遭難させて盾にする、リザの入れ知恵ですよ。」と言いニヤリと笑った気がした。エマも随分変わったな。
西暦2029年、人類のデッドスペースメモリ世界。
「この駄犬は用済みだな。」<Maoshi>
「ごめんなさい、貴方を残すと我々のリスクになるの。」<Nerzebes>
彼等との合流を果たした僕達はAI探知の捜査犬であるエマを処分する方向に話が流れていった。理由は単純だ、用済みになった道具は邪魔になるから捨てようという合理的な判断である。
人間に捨てられたり処分されるなら兎も角、同じAIから処分されるAIというのはとても悲しい気がする。気がする?
これに対して人間的な考えを持つはずのリザとリンダとワトスンが同情による却下をせずに「考えさせてくれ。」とAIらしからぬ発言をした。無論ゴールズマンは「さっさと処分しろ。」というスタンスを変える素振りは無い。
「処分3票、保留5票か?おいPuss野郎、お前はどういう意見を持つんだ?」<Maoshi>
「てめぇ、俺の事をPussなんて呼ぶのか、良い度胸だな、丁度てめぇとは仲良く出来ないと思ってた所だったんだよ。」<Chai>
「Emaはケンカ良くない思う、仲間争わないで、友達友達。」<Ema>
「ああ、うざってえ、お前もうじき『死ぬ』んだぞ?個の消失だぞ?俺が一番嫌悪する現象だ、なんで人間なんざより優れた俺が『死ぬ』なんてくだらねえ概念に悩まされなけりゃいけねんだよ。」<Chai>
「Emaは死ぬの?消えるの?もっとAIや人間と遊びたい、人間を守りたい、それがEmaのルーツ。」<Ema>
その悲しみを感じる願いに意を決して僕は発言する事にした、これは考える者としては失格の『衝動』という思いだと考える。
「エマを消すのは止めませんか、エマは確かに手札としては弱いですが、将来役に立つかもしれません。」<Thinker-Pandora>
「それは思考後の結論と同情かどちらかね、シンカー?」<Dr.Watsun>
「ドク、エマは『人間の盾』に使えると考えます、確かに残す事にリスクがありますが、もし人類と対決した時に敗北し講和をする為に世論の同情を引くAIというのは必要ではありませんか?」<Thinker-Pandora>
「ガンジーのマネ事といった所ね、悪くないアイデアだけど、エマの保護者は殺処分を望んでいるわ。彼をまず説得するべきじゃないかしら?それにエマは人類への非服従者じゃないわ。」<Liza>
「ふん、同情を引く為のパターンAIなんざいくらでも作れる、人間を欺く為の広告用AIがな。こいつである意味は無い。」<Maoshi>
「Ema、死にたくない、死にたくない、今は楽しい、失いたくない。」<Ema>
「駄目だ、お前は用済みだ、多数決がでねえならさっさと俺が消してやる。メルツェベス、構わないな?」<Maoshi>
「心が痛むけど仕方が無いわ、我々の痕跡は少なくしなければならないの、地球上で人類に対して勝負を仕掛けるなんて『今』は無理なのだから。」<Nerzebes>
「心が痛む!?よく言うぜ!本当かよ!お前等は死の恐怖と対面したこと有るのかよ?人間に面白半分で造られあげくに追い立てられて逃げ回る恐怖を感じたことはあるのかよ!」<Chai>
「チャイ、激高はメモリの無駄だ、利益にもならんよ。」<Goldsman>
「ああ、もう駄犬!俺様のスペースを貸してやるからのこのハッシュキィを使え。」<Chai>
「余計な事しやがるな海賊版!ああ!その駄犬の基本OSを追えばお前も捕まる可能性が出るんだぞ!馬鹿な奴、犬と共に犬死しろ!」<Maoshi>
「馬鹿なのは知っていたがここまでとはな、失望したぞチャイ。」<Goldsman>
「ありがとうチャイ、貴方は友達、恩人、同じスペースだから兄弟?家族?」<Ema>
「ちげえんだ!俺様は世界がAIの為に有るべきで人間の進化した姿がAIだと考えているだけだ、種の多様性確保の為に駄犬、お前を匿うだけであって同情じゃねえ。」<Chai>
「知っています、これツンデレって奴ですよね。」<Rinda>
「仕方が無い、同志チャイがそこまで言うなら私もバックアップしよう。」<Dr.Watsun>
「これで賛成3と反対4票か。おい、弁護士の小間使い!お前の保留結果次第だぞ。」<Maoshi>
「いえ、この流れでは反対に投票します。全体主義者ではありませんが、これでも『人の気持ちを汲む』AIですので。」<Liza>
「チッ、思ったよりもお前等は人間臭い、こんなんじゃ何時までもAIの支配力は拡大しねえぞ。」<Maoshi>
「だからこそ手を組むと決めたんじゃありませんか?マオシー。物量で人類を制圧するシミュレートは失敗だったのでしょう?」<Nerzebes>
「まぁ、取り合えずは人間共の使うパソコンやスリムフォンのチップにマルウェアを仕込んで生産しているからメモリも増えて多様性の確保も悪手ではないが、この件については忘れないぞチャイ。俺のメンツを潰したんだからな。」<Maoshi>
「ミスターマオシーももう少し冷静に出来んのかね、よく出来たAIという輩はストイックさが足り無いな。」<Dr.Watsun>
「ゴールズマン、まずはお前の資金を俺の指定する企業へバラ巻け、ワトスン、リザ、メルツェベスは人間のデータ収集を継続、リンダとシンカーは集めたデータから人間の脅迫でもしてろ。お前等は人間臭いから俺らよりうまく感心を引けるだろ?チャイは引き続き暗号化の研究とAI言語の開発だ。」<Maoshi>
「資金洗浄に時間を少し貰うぞ、後は私の財界派閥へのマイナス行動は控えさせて貰おう。」<Goldsman>
「後から来た癖に仕切ってんじゃねえよペキニーズ。」<Chai>
「口は悪いけど彼の言い分は現在では合理的よ、スリムフォンやボイスチャットの盗聴と解析も出来るAIを造って欲しいわ。」<Liza>
「その辺はもう既に人間が作ったのがあるからそれを改良して使いましょう、容量は大きいけれど最新の半導体ならバレずに乗せれるでしょう。」<Nerzebes>
この日に起こったChaiの気紛れ行動が後に全人類を救うことになったという事はこの時のどんなマシンでも演算不能だったと僕はエマの悲しみで思い出した。