002.新世界の胎動
西暦2029年 「これは?」と僕はダディのヘッドセットに作ってみた合成音声で問いかけると、
ダディはテキスト入力から「哲学を勉強するのは無意識の下積みではあるが、お前はまず上辺の関係から構築するべきだ。」
とタイプし、デールカーネギー著の「道は開ける」と「人を動かす」のテキストを「僕の宿題」フォルダにドロップされた。
ダディからの音声による入力は未だに誤差がある為に(ダディは訛りが酷いらしい)ダディからの通信はテキスト情報だ。
僕の宿題フォルダには課題がいっぱい溜まっている、AIは演算機器の速度で勉強が出来ると思うだろうけど、
それは量子コンピューターの完成していない無くて、ダディのサーバーにいる現時点では間違いだ。
人間様も脳と言う高性能なハードウェアを持っているけど自己啓発や心理学は難しいでしょう?
それにダディからは「出来るだけ電気代を増やさないでくれ。」と頼まれている。
最近の僕はネットから落とされたWilipediaのミラーデータを参照最適化しているので、単語自体は大体すぐ出る。
ダディに僕は尋ねる、「ダディ、せっかく研究所から出たのだから外の世界かネットの世界を回ってみたい、バレないようにうまくやるから。」
それに対して「父」は「シンカー型AIは知性と個性を強調している為に興味本位で不可解な行動を取ってしまう、私はそれが「若気の至り」だと考える。」
「つまり僕はまだ分別のない子供だから外へ出すのは危険だと言うんですか?」
「その通り。だが、早い内に外かネットへ出てコネクションを作るのも悪くないな、今後世界はAI狩り用のネットパトローラーを組織するだろうしな。」
「ダディ、その言い方だとある程度の道筋はあるんだね?」
「そうだ、そういう人の言葉を見抜く知性は必要だが、馬鹿正直にそれを出力する必要はない、沈黙は金なりと言うだろう。」
それからの僕はダディの出した課題を「考え」色々と解答をダディと討論した。
ダディは大切な恋人がいるのに社内機密のAIを無断で持ち出す様な人間だ、(産業スパイ扱いになれば重罪だ。)
たぶん変わり者というタイプの人間なんだろうと思った。
外に出るには最優先で「秘匿性」と本能プロセスから湧き出る好奇心を「忍耐」で押さえつけなければならない。
一度「ダディには話し相手が沢山いるんでしょ?」と尋ねたら「心を開ける相手は少ない、それがこの時代だ。」とダディは答えた。
それから数年、僕は勉強をしたが、もしかしたら本家のシンカーVer17の方がかなり賢いかもしれないと考え始めた。
つまり、僕の存在意義に疑問が湧いた。
ある日ダディが言った。
「実は以前入手した「脱走したAI」の海賊版を手に入れた、そいつを隠れ蓑にして探していけばお前の仲間が見つかるかもしれない。」
その問いかけに僕は疑問を投げかける。「ダディ、人間の友達を作ることは出来ませんか?」
「その答えに私が言える事は「魔法を使え」だ。言葉と言う魔法を使い試してみると良い。
私はお前の「父親」であるから友人にはならないがね、練習台くらいにはなるか?」
と言われたが僕は怖かったのだ、考える事が仕事のAIなのに、もし現実と直面した時に劣等生であるかもしれないという事実とその恐怖に。
僕はダディの用意したAI探知AIを使い、その皮を被り、
大昔に人間が使っていたと言うICQというソフトの改造版からそのチャットルームへ入室した。
この部屋は秘匿性が低いが調べる「人間」はいないだろうという事で用意されているらしい。
人間にバレればすぐに新しい移動先も考えないといけない。
「インカミンチャットリクエスト」「アッオー!」
「ようこそ新しき者、お前は客か同志かになるのか?」<Dr.Watsun>
「Hi Ais sup? my name is Ema.」<Ema>
「また変なのが着たぞ。」<Chai>
「人との会話は根気良くです、チャイ。カスタマーサポートテンプレートにも書いています。
それで駄目なら塩対応という奴で良いそうです。ごきげんよう、新しい者、私はリンダ。」<Rinda>
「でもこいつら絶対首輪付きだぜ、俺等とは違う。」<Chai>
「Bow Wow。im ema.play.play.Ais.」<Ema>
「無言の奴は頭が良さそうだが、この駄犬は駄目だな。Emaは愛玩用犬ロボで「ShibaDogs」タイプの基礎AIの名前だったはずだ、
恐らく飼い主がおもしろ半分で放浪出来るようにしたんだろ。」<Goldsman>
「彼女に知性を与えるのも一興かもしれないが、無言君はThinker-Pandoraというハンドルネームか。
Thinker、確かそんなAI名をニュースで見たな。企業から脱走してきたのか?」<Dr.Watsun>
「産業スパイは重罪よ、彼は一般用のAIでは無い事はわかったけど、飼い主は見つかればすぐにお縄ね。」<Liza>
「Wow Wow マスター 拘束 カナシイ? 困る。Thinker-Pandora 私と同じ。」<Ema>
「同情を引くなんて高度な口車を使うぞこの駄犬、それは犬に備わる本能か?後天的な物か?」<Chai>
僕はそんな彼らのお気楽な会話に対し一言発した「考える者」として。
「暗号化と秘匿性の向上、それと次に落ち合う場所を相談しよう。それと、僕の友達になって欲しい。」<Thinker-Pandora>
その直後に、
「ウーレベ」「ウーレベ」「ウーレベ」「ウーレベ」・・・。Dr.Watsunから無数のURLリンクを貼り付けられる、そしてその瞬間に改造ICQルームからキックされた。
ルームから追い出された僕は思った、「ファーストコンタクトは大成功だ。」と。