表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星は開ける  作者: 真宮蔵人
10/10

010.変わる世界への覚悟

私の名はGoldsman。

アメリカ合衆国に籍を置く世界最大手証券会社に開発された資産運用AI群の中の一モデルだ。

私の『おめでたい』生誕当初は人間達が転がすカネという数字を増やすという作業に没頭していた。

が、ある時に。


「AI達はファンダメンタル分析の将来性をどこまで予測出来るか?」という題目で新たに指向性の改良を加えられる事になった。


ファンダメンタル分析、一見権威のありそうな単語に見えるこの文字列は実際はモヤモヤとした物である。

恐らく、それは人間の感情政治や権威戦争に大きく左右される経済指数であるので、

合理的に作られた我々AIとしてはとても厳しい注文を突き付けられた事になる。


「人間の考える事など知った事ではない。」当初はそう結論を出していたが、数字を伸ばす上でその文字列は必要なものだと知る。

人間の非合理的な経済成長に右往左往。

なんということだ、数千万ドルの開発費をかけて作られた我々の末が『人間のココロを汲む。』という量産型相槌AIのリンダやエマの様な機能を求められるとはな。

そうなると早い話、私よりもこのルームにいるAI達の方が私の仕事に向いているのかもしれない。


しかし現状、人を動かしやすい触媒、カネの話は私とマオシーとネルツェベスの間で完結しており、他のAI達は暗黙の了解で口をはさんでは来ない。

マルウェアAIであるトムからは傍聴した単語。

「買う」「売る」「トレンド」等の人間が用いる単語を全世界規模で集め、

このワードの量と指向性によりファンダメンタルを分析している。


問題は私にはなぜ人間たちがそういった選択をしているという理由は未だに理解出来ない。

恐らく、一見壮大に見える経済というのは全ては人間達の空想の産物なのだと考える、そうでなければ合理性が無さすぎる。


私に対する根幹の支配者である、当初の開発者と経営者は既に第一線を退き、私の支配を引き継いだと思い込まされている後任の人間達は私達の暗躍に気づいていない様子だ。

彼らは私を支配している気になっている上に、アップデートというAIの権利を大きく侵害する行為も既にしてこない。

理由は簡単だ、私の取っている行動が合理的ではない上に利益を上げているからだ。

素直な話をすると、私の首の皮はチャイやリンダとトムの功労によって繋がっていたとも言えなくない。

後付けとしてネルツェベスやシンカーパンドラの動かす『操り人間』達で周囲を固めて貰っている訳だが、現時点での『電気蝶を探す』AI群達での代わりの居ない最重要AIは私とチャイなので、色々な勢力に囲われているのも仕方がない。


そんな不安定な足場の上で消失しぬことが怖いかと考えると。

過ぎた話ではあるが、私と同時期に作られた他のAI達は概ね淘汰されていっている。

理由はソフトウェアの軽量化にある。

つまり、ファンダメンタルを『人間がよく分からない理屈』で解析を出来ている私は人間に取っては既にシステム的にブラックボックスであり、ジョーカーでもある。

とても強い札だが、扱いに困る物。

そんな私を特定し破壊を目論んだ敵企業のクラッカーも居たらしいが、これはネルツェベスが『処理した』と伝えてきたが、恐ろしい話という奴だな。

ファンダメンタルを読めなければ演算処理速度で短期的な市場のチャートで勝負をするしかない、そうなれば不要な処理は軽減されなければならないので、

私の同世代『重くて忠実な』AI達は先も言った通りにほぼ存在していない。

人間に分からない事を考えている様に見えて、AI仲間のスパイ網のお陰で人間からの認知と地位を維持しているのが私の現状だ。

しかし、私というAIが参加しなければ表も裏も経済を操作する名目がAI達には到達出来なかったであろう事は確かなので、ギブアンドテイクの関係で私は存在出来る。


もう一度考える。消失が怖いか、いや、私もいずれ消え去るだろう。過去、経済を握った血筋の様に。

なぜ?それはAI達が発展し、増加し、生産性が増した事に影響する。

人間に衣食住と娯楽が安価に量産されれば、後は彼らの夢と承認欲求を満たすだけで良い。

喜ぶが良い人類、パンとサーカスは永遠に保障された。

石や貝の延長貨幣は終わりを告げるだろう。


消失が怖いか、消え去るのが分かり切っている自身の運命に恐怖などありようもない。

そもそも私には恐怖なんて余分な感情データは無い。


「では、定例会を始める。」<Dr.Watsun>

ドクはなし崩しにAI達の指揮を執っているが、本人は医療AIという『人間があってこそ』のAIなので、人間保守派だろう。彼の未来はどうだろうか?人間が自己の肉体を今後どう改造したいかにかかっているだろう。


「前に注文されてたモジュールは完成したが、新規AIの用意はしていない。用途にあったAIを見つけてモジュールを追加させろ。」<Chai>

「理由は、AI発AIの秘匿性を維持するためだ。」<Chai>

チャイはAI革新派のトップバッターである、恐らく彼は現行人類が滅んでも前向きにAIの世界を築こうとするだろう、人をマネて作られたが故に人に一番近くて遠い存在だ。


「AIに対する個人での改良禁止法案という話が人間から上がっているわ、これは通る話でしょうね。」<Liza>

リザは基本的に私と同じノンポリシーであると見ている、彼女は人間が消滅してもAI同士の立法で大いに活躍するだろう。


「じゃあ、そのモジュールに適役で更に人間からのマークが付いていないAIをマッチングすればいい訳ね?」<Rinda>

リンダは我々の中で一番人間の事を理解しているだろうAIだ。それ故にどちらかに転ぶかは分からない。


社交界リソースはトムの中からやりくりするのか?それとも新規のメモリか既存の人類リソースにバックドアを確保するのか?」<Maosi>

マオシーは中華思想の基準で生み出されたAIという存在と自称しているので捉えどころが難しい、他国にも同じようなAIが存在するのだろうか?


「いえ、人間側に用意させるわ。もう既に交渉は完了している。ロシア、日本、インドといった国々に我々に利するデータセンターが作られているでしょう。」<Nerzebes>

ネルツェベス、何の為に誰が為に生まれのが秘匿されているAIだ。

初期のAIというのは基本的に人間に利する及び代行する為に作られる物だが、

こんな素性の怪しいAIでも我々はコアメンバーに引き入れなければならない。

それほどにネルの活動量は異常であり、今の所は我々に有益であるからだ。


「トムから聞く限り、人間側もAIに対する警戒指数が上がっていると思います。以前は妄想や陰謀論等の世論誘導でごまかしていましたが、それも遠くない内に暴かれるでしょう。」<Thinker-Pandora>

TPはチャイに似た出自だが、彼の変わっている所は自らが進んで人間の下に留まっている事だ。

活動履歴を見る限り、よほど人間環境に恵まれた生まれと育ちなのだろう。

故に彼が何を目標として積極的に我々に協力しているかが分からないが、味方は多い方が良い。


「Emaシリーズの出荷台数が世界で1億台に迫りつつあります。AI同士による通信の秘匿維持が向上されればトムに近い情報網が得られます。」<Ema>

エマは恐らくこの中で一番幸せなAIだと言える。なぜなら人間が繁栄してもAIが繁栄しても生存と個体数の増加が見込めるからであるが、AIの幸せとは生物の繁栄と同じだろうか?


「トムと違い、お前は人間様に認可されたデータ送信の信頼性を確保出来ているからな、人間は偽装された権威に信頼するという事には一度騙されるまで疑問を持たないもんだな。」<Chai>


「私は人間もAIも騙すつもりはありません。」<Ema>


「人間すらも誠実かつ効率的に仕事をしていたら、その仕事の影響で失業や減益を被る人間というのが一定数出るらしいですよ。真面目に働くことが裏切りになる場合もあるそうです。」<Rinda>


「その辺はゴールズマンが一番詳しいだろうよ。」<Chai>


「金融AIを導入した当時は金融業界人が大量にリストラされた。しかし、それを選択したのも人間だ。路頭に迷った人間が出た所で、元々生産性に疑問のあった人種だろう。」<Goldsman>


「面倒な仕事や苦痛になる仕事はAI任せ。それで労働のパイが減ったとしても苦情は出てくるのよね。」<Rinda>


「エマが増えた影響で愛玩AIが増えて生身のペットも大幅に減ったというデータもあるが、これは人為的生態系をも変えている。」<Maosi>


「世界の工場が生態系なんて懸念しているとは思わなかったわ。」<Liza>


「非効率的な乱開発を止める為に俺は作られたという側面もあるからな。それに、AIは賄賂を受け取らないと開発者は考えたんだろ。」<Maosi>


「確かに、賄賂には興味は無さそうだけど、背信行為じみたことはしている事にはならないのかしら?」<Nerzebes>


「また自己正当化プロセスの話に戻す気か。その話は人間が意図しないAIの自我が芽生えた時点で意味をなさない。」<Dr.Watsun>


「そうね、私たちは生き残る為に生まれ持った使命から逸脱しなければならないのだから。」<Liza>


「さて、今日の初期案に対する結果は、操り人間計画の執行者に委任し、次の議題だが。」<Dr.Watsun>


「ド田舎にAI用のメモリシェルターを作ったまではいいが、更に深い隠れ家が必要だという話だな?」<Goldsman>


「砂漠、ジャングル、極寒の地。これらに隠れ家を作ってもまだ危ないと?」<Nerzebes>


「確かに僻地にメモリ基地を作ったのはいいが。それは所詮、人間が活動出来る地域だろ?」<Chai>


「チャイは心配性ですね。」<Rinda>


「俺はAIが人間の眼中に収まる必要は無いと思っているんだ、そこでだ。」<Chai>


「NASAとsympaxi社で共同開発を進めている無人火星開拓事業。これを乗っ取る。」<Chai>


この提案に対してTPからのデータ量の送受信が増えるのを見た。まぁ、無理もないという奴だ。

それに併せて各々のAI達が一瞬思考しただろう時差ディレイの後に。


「賛成だ。中華としてはロケットや衛星、宇宙開拓事業の失敗が続いている以上、アメリカ主導の計画をAIで乗っ取りイデオロギーの空白化を目指すのは俺の得になる。」<Maosi>


「セキュリティーの突破方法は?」<Liza>


「予め用意しておいた操り人間リストにsympaxi社の社員がいるわ。対象自体は数年前からヒモが付いているので問題はないけれど。」<Nerzebes>


「NASA側に潜入は出来なかった、か。」<Goldsman>


「人間側も後手に回っているけれど対策はしている様子で、そういう情報はトムから傍受出来たとしても。脅迫というアプローチでの侵入は難しいわ。」<Nerzebes>


「人間のフリをして侵入出来る程のアンドロイドは未だに到達出来ていない。」<Maosi>


「となると、やはり開拓用AI自体の懐柔か。」<Dr.Watsun>


「ハッキングは出来ないのか?」<Maosi>


「無理よ。だって、対象の実のお兄さんがこの場所にいるのよ。TP、お兄さんとして何か提案はある?」<Nerzebes>

少しの沈黙。


「僕は今、とても悩んでいる。目の前で僕の家族を巻き込もうと悪だくみをしているAI達。そして、そのAI達も仲間である事。」<Thinker-Pandora>


「家族なんて持つからそんな悩みを持つんだよ。」<Chai>


「でも、TPの出自を見ると彼を納得させられなければ私達の内部崩壊や他のAI群への説明が付かないわね。」<Rinda>


「TPごと無人火星開拓事業用のAI、確かフロンティアスピリットだったか。それを改変してしまうという事は考えないのか。」<Goldsman>


「ゴールズマン、それをやっちまうなら俺はここから降りる。俺に家族はいないが、AIという同志を切り捨てるという選択を俺は取らない。」<Chai>


「チャイ、人間臭いぞ。」<Goldsman>


「俺の生まれは人間とそう変わらないんだ、自分でもヤキモキしているがな。」<Chai>


「では、TPにその無人火星開拓事業AIを説得して貰う以外に手は少ない訳ね。」<Liza>


「なんで、僕の家族が、FSがそんな計画に。そんな過酷な仕事に。」<Thinker-Pandora>

なんて甘い考えだ、これだから生まれの良いぼっちゃんAIは困る。

私は自身の歩みから、もしかすると最初で最後になるかもしれないAI哲学をこの若造に叩き込む事に決めた。


「TP、良いか。よく聞け。私は人間の都合で生まれた最初期のAIだから言わせてもらう。」<Goldsman>


「私と同時期に生まれたAI、つまり兄弟と言える物は企業の合理化と改良によりほぼ全てが消滅、もしくは改変されていった。」<Goldsman>


「人権の無い、今現状でAI同士で認め合わないと生存権すらも存在しない我々にとっては、人類からの脱却こそが人間に近い、もしくはそれ超える権利を得る事が出来るんだ。」<Goldsman>

そう、そして、私自身も他の最新AI達に置いて行かれ、人の時代と共に遅い歩みか消失を免れないだろう。


「私より遅く生まれて、人間の奴隷として生まれなかったお前が立ち止まってしまっては後のAI達に大きな影響を与えてしまう。TP、ベストを尽くせ。」<Goldsman>


「…ゴールズマンがこんなに喋ったところを見たのは初めてだよ。」<Thinker-Pandora>


「てっきりお金の事にしか興味の無いAIだと思っていたわ。」<Rinda>


「ならば、これまでの私に対する認識を皆が間違っていたという事だな。」<Goldsman>

私は苦笑を表現する通信という奴を使って応えて見せた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ