第98話 魔法使い VS 騎士
グレンは構えを取りながら、魔法をもう一つ発動する。
「<プロテクション>」
こうすることで、体全体を薄い障壁で包むことができる。
これなら、拳を剣と合わせても、いくらかは安心だ。
ちなみに、グレンは魔法を呪文の詠唱と魔法名の発声で分けているが、これは比較的使いやすい、または得意な魔法に関しては魔法名の発声のみで発動し、それ以外のほとんどの魔法を呪文の詠唱にて行っている。
もっとも、魔法名の発声だけで魔法を発動するのは、相当な技術がいることで、難易度の高い魔法となると、必ず呪文の詠唱が必要だ。
そう考えると、改めて<ハーモニクス>という魔法は、魔法名の発声だけで発動できるところからも、相当にひどい魔法だな、と実感できるものだ。
「さて、それじゃ、本格的に始めようか」
「こちらこそ、望むところ!」
エドモンドは一気にグレンへと距離を詰めてきた。
ついさっき強烈な一撃をもらったばかりだというのに、ここまで動けるのは、さすがにグレンも感心せざるを得なかった。
「やるじゃん」
エドモンドに合わせて、グレンもここで初めて前に出る。
エドモンドは剣、グレンは拳。
リーチの差では、明らかにエドモンドの方が有利。
しかし、一度懐に入られたら、グレンの方が有利になる。
ゆえに、この戦いではエドモンドがいかにグレンを懐に入れないか、逆にグレンはいかにエドモンドの懐に入るか、なのだ。
あくまで、これが普通の近接戦なら。
「突風よー」
グレンはエドモンドのリーチに入る前に、魔法を発動して、エドモンドに突風を放った。
「いまさら魔法など!」
「いや、これは有効だ」
「何?」
狭い空間でグレンの突風を回避することはできず、エドモンドは突進の勢いを殺され、後方に飛ばされた。
空中で何とか体勢を立て直して、無事に着地するが、エドモンドは不思議だった。
エドモンドのミスリルの鎧は魔法を弾く性質を持っているため、魔法は効かないはずなのに。
「一瞬でも、気を逸らすのはよろしくないな」
疑惑に頭が占められていたエドモンドの正面にからグレンの声が聞こえ、見上げると、グレンはミスリルの鎧をへこませてひびを入れた拳を握りしめていた。
「くっ!」
エドモンドは咄嗟に剣でガードしてその拳を受けるが、如何せん体勢が悪く、さらに後ろへと飛ばされる。
地面を何度も転がりながら、剣を地面に突き立てて止まったエドモンドは、その場でゆっくりと立ち上がって、グレンへの警戒を強める。
「一体どういうことだ?」
「どういう、とは?」
「この鎧に魔法は効かないはずだ!なのに、なぜ!」
「あぁ、それは簡単なことだ。その鎧はあくまで魔法を弾くだけであって、魔法で飛ばされたものを弾くわけじゃない」
「?どういうことだ?」
「つまり、だ。魔法で生み出した雷や炎は防げるが、魔法によって飛ばされた、この空間に元から存在する空気までは弾けない。だから、その影響は受ける」
「何だと!?」
エドモンドは今までそんな経験はなかった。
これまで何十年も騎士をしていたが、グレンのような相手に出会ったのは初めてだった。
そもそも魔法使いというのは少なく、一対一で戦う機会などそうそうない。
それも当然。
軍で言えば、前衛と後衛で役割が根本的に違う。
直接やり合う方が珍しい。
「そもそも、だ。淹れはお前に魔法使いの先入観を捨てろ、とは言ったが、その瞬間に前衛としての先入観が生まれたな。俺が近接戦をするとなった時、必然的に攻撃系の魔法を選択肢から外しただろ?普通の奴ならそれでもいい。前衛で魔法を使う奴らは、大抵がエンチャント系の強化魔法を使うのがほとんどだ。だが、俺は違う。それは十分にわかっているはずだが?」
そう。エドモンドにはわかっていて当然のことだった。
しかし、グレンの使う攻撃魔法よりも、近接戦闘力の方に警戒が向いていた。
鎧にある程度の傷を負わせた攻撃の方を、優先してしまっていた。
それが、今回の一撃の失敗。
「そうか。俺もまだまだ、ということか」
エドモンドは目をカッと見開き、グレンに眼力をぶつけてきた。
「へぇ」
グレンも人相手に身震いすることは、最近なくなっていたので、今感じることに懐かしさを感じていた。
「確かに、戦い方はお前の方がうまいようだな。手札が多い。だが、俺も騎士である以上は、本業で負けるわけにはいかん。お前が近接戦をするというのなら、俺は負けるわけにはいかん」
「やれるものなら、やってみろ」
グレンの言葉と同時に、エドモンドは再び飛び出した。
しかし、今度は少し違っていた。
(速い!)
グレンとの間にあった距離を一気に詰め、最速で突きを放ってきた。
グレンはそれに合わせるように拳を突き出し、エドモンドの剣の切っ先を逸らす。
このままカウンターを加えるつもりで、重心を前にした瞬間、エドモンドが変調を見せた。
ただ剣を突き出すのではなく、切っ先を逸らしたグレンの拳を剣で撥ね上げた。
「くっ、そういうやつか!」
グレンは小さく呻くが、すぐに冷静になる。
今グレンの右手は上に上がっているが、それはエドモンドの剣も同じこと。
グレンの方は不意を突かれ、エドモンドは意図してやったことのため、そこからの動き出しはエドモンドの方が早い。
しかし、リーチの関係から、引き戻すのは結果的には拳の方が早くなる。
それに、グレンにはまだ左手がある。
もしもの時も、それで対応すれば、剣くらいは防げる。
そう考えたグレン。
だが、次にとった相手の行動は、予想していなかった。
「おおぉ!」
ドガッ!
剣を振り上げたまま、エドモンドは肩から勢いそのままでがら空きのグレンの体に突進した。
「かはっ!」
いくら<プロテクション>を使っていても、ミスリルの鎧の硬さとは比べるべくもなく、衝撃はグレンの体を貫く。
今度はグレンの方が吹っ飛ぶ番で、グレンの体が宙を舞った。
「大気よー」
飛ばされ、痛みに歯を食いしばりながら、グレンは咄嗟に魔法で飛ばされる威力を軽減し、何とか体勢を立て直して着地した。
エドモンドの突進は特に肩の部分が威力を持っており、その肩が当たった肺の辺りは痛みがあり、少し息苦しくもあった。
だが、戦えないほどでもなく、すぐに治る類のものと判断して無視した。
それよりも、グレンはエドモンドの攻撃に笑みを浮かべていた。
それは今までの面白いというような意味合いを含んでいたが、それと同時に、強がりも含んでいた。
「なかなかやるね。まさかあそこでタックルを選ぶなんて」
「選んだわけではないさ。ただ体が反応した。それだけのことだ」
そうしてエドモンドは再び切りかかってきた。
今度も突きの体勢で、だ。
味を占めた、というようなことは、エドモンドに限ってはないだろうとグレンは思った。
まだ会って十分も経っていないが、何度か打ち合っていればそれくらいはわかってくる。
おそらく、今度も何かを仕掛けてくる。
(なら、ここでどうするか。避けるのは悪手。かといって、魔法使ってもそちらも警戒済み。相手はミスリル製の剣。生半可な防御はできない。それなら)
グレンは覚悟を決めて、エドモンドの方へ飛び出した。
そして拳を握り、剣の切っ先へと突き出した。
切っ先を逸らすのではなく、迎え撃つために。
ガキン!
鋼と鋼が打ち合うような音が響き、お互いの攻撃が止まった。
ミスリルの切っ先と、魔力の壁を纏った拳。
二つが交わる一点で、お互い力押しで押し返さんとする。
しかし、二つは拮抗し、お互い同時に力を抜いて後ろに下がった。
二人とも飛び出す前と同じくらいの距離を開けて着地する。
「っ!?」
その瞬間、グレンは背後から殺気を感じ、咄嗟に振り向いた。
そこには、獰猛な光を目に宿し、大剣を振り上げるヘルヴィがいた。




