第97話 先入観
「雷よー」
相手は騎士。
グレンの予想では、近接戦が専門のように思えたので、まずは魔法による先制攻撃を加える。
グレンの手元から放たれる雷が、いくつにも分かれてエドモンドを襲う。
広い空間ならともかくとして、今いる地下では動きが制限され、この攻撃を避け切ることなどほぼ不可能だ。
しかし、エドモンドはむしろ、その攻撃を避けようとせず、真っ直ぐグレンへと向かってきた。
「そんなもの、効かぬわぁ!」
そう叫ぶエドモンドの声の大きさに、グレンは顔をしかめて、何だかイラッときて威力を上げた。
だが、エドモンドの言ったことが、全くの嘘ではないということが、グレンにもわかった。
突っ込んできたエドモンドの鎧に触れた雷が、片っ端から弾かれていった。
「なるほどな」
「おおぉ!」
雷を抜けて接近したエドモンドが振り下ろす剣を、グレンは大きく後ろに下がって回避した。
速度はかなりのものだったが、グレンにとっては大したことではなかった。
「ほう、俺の剣を避けるか。小僧、なかなかやるな」
「そっちこそ。その鎧、魔法を弾く材質なんだな。だから、魔法攻撃が効かない、と」
その魔法を弾く材質というのに、グレンには一つ心当たりがあった。
「その通りだ。この鎧は、ミスリルを用いて作られた鎧。魔法など効かん」
「本当に、面倒なものだな。魔法使いの天敵か」
「それだけではない。鎧だけでなく、この剣も魔法を弾く。お前の魔法など、この俺の前では無意味だ」
「……それは、どうだろうな」
「は?」
グレンは今度は手を変えることにした。
確かにエドモンドの言うように、ミスリルの装備をされてしまっては、魔法使いにとっては不利としか言えない。
だが、それはあくまで装備によって魔法に対してアドバンテージを取れるだけであって、装備を付けているものが、魔法使いよりも優位であることとは同義ではない。
むしろ、こうして魔法に対して絶対に防げるという自信を持っている者ほど、肝心なことを見落としてしまう。
(何事も絶対ではないと、教えてやる)
グレンはさらに大きく後ろに下がり、魔法を発動させる。
「豪炎よー」
先ほど放ったのと同じ火球。
特に威力も変化させていない。
何か仕掛けてくると予想していたエドモンドには、その行為がただの無駄にしか見えなかった。
「そんなもの、効かぬとわかっているだろうが!」
「さて、それはどうかな?」
「?」
一度耐えられた攻撃、しかも魔法を弾く鎧を着けているとわかっているのに、グレンからは自身が溢れている。
これは何か仕掛けてくると踏んだエドモンドは、守りを固めるのではなく、逆にその火球に飛び込んだ。
そして、魔法を弾くその剣で、無理矢理火球を切り裂いた。
「すっげぇ」
ドガァァァァン!!
思わず漏れたグレン声だったが、それは火球の爆発によってかき消された。
グレンは十分に距離を取っていたので、被害はゼロ。
中心地にいたエドモンドに関しては、爆発を至近距離で受けたとはいえ、ミスリル製の鎧がある限り、今のでダメージはほぼない。
「おぉぉ!」
案の定、火球から飛び出してきたエドモンドは、今度こそグレンに攻撃を当てようと、顔に迫真なものがあった。
しかし、それはグレンも予想済みのことだった。
火球は攻撃用ではなく、ただの目くらましに過ぎないのだから。
「大地よー」
爆発から飛び出した直後のエドモンドに、上下左右から土製の柱が飛び出してきた。
これに反応できないエドモンドは、その身に四度の衝撃をくらって、壁に叩きつけられた。
「くっ、なかなかやるではないか」
壁に手をついて立ち上がるエドモンドに、今の攻撃でのダメージはほとんどないように見える。
ミスリルは魔法を弾くだけでなく、その硬度も相当なものであるので、グレンも予想はしていた。
「今程度の魔法じゃ、こんなもんか」
無防備なところにただ柱を突き出しただけの攻撃なので、最初から大ダメージは期待していなかった。
ただ、確認をするための攻撃だ。
以前にもミスリル製の鎧を着けたものと戦ったことがグレンにはあるのだが、それは随分前の話だ。
今の技術でもっと高性能になっているかもしれなかったので、試しに見てみたかったのだ。
もっとも、グレンのそれは杞憂に終わったが。
「いくら、ミスリル製でも、魔法そのものを防ぐことはできても、魔法で操作された物質までは弾けない。当然と言えば当然だが、そこが解消されていない以上、こっちにも十分に勝機があるな。まぁ、最初から負けるとはこれっぽっちも思っていなかったがな」
「勝手に言っていろ。どちらにしても、お前の魔法が制限されていることに変わりはない。俺の方が有利だ」
「そういう考え方からして間違っているんだよな。そもそも、あらゆる状況において、自らの万全を尽くして、一切の手段が封じられることがないという状況はあり得ない。それは騎士であるお前も十分にわかっているはずだ。だからこそ、手段がいくらか封じられることは、当たり前のことであって、別にそれだけで勝敗は左右されない。そういうものだろう?」
自信満々な表情のグレンに、エドモンドは歯ぎしりをさせた。
「お前がどういうとも、得意の魔法の大部分が封じられているのは確かなことだ」
「まぁ、それは否定しない。だが、お前は魔法使いに関する先入観を捨てるべきだ」
「何だと?それはどういう」
「大地よー」
エドモンドの言葉が最後まで発せられる前に、グレンは仕掛けた。
「このっ!」
いきなりの魔法だったが、エドモンドは上下左右から突き出る針を躱していき、グレンに肉薄する。
「死ねぇ!!」
「それで死ぬなら苦労はないだろうな」
エドモンドの振り下ろす剣を、グレンは体を少しずらすだけで躱し、今度は逆にグレンの方からエドモンドの懐に入り込んだ。
「何!?」
グレンはがら空きのエドモンドの体に、強く掌打を打ち込む。
その瞬間、エドモンドの体は大きく吹き飛び、先ほど躱した土の針へと突っ込んでいった。
針を粉々に砕きながら飛んでいく様を見て、グレンは笑みを浮かべた。
「何だ、今のは?」
鎧のおかげでダメージを抑えられたようで、何とか立ち上がるエドモンド。
しかし、その様子は明らかにダメージがあった。
鎧も、グレンが掌打を打ち込んだ箇所が大きくへこんでおり、軽くひびも入っていた。
「この鎧にこんなことが起こるなど、久方ぶりだ。お前は一体何をした?」
驚きの表情を向けるエドモンドに、グレンはいたずらが成功したような笑みを浮かべていた。
「打ち込んだのは、ただの掌打だ。ただ、ちょっとばかし魔法で強化していたのさ」
「魔法だと!?お前はそんな詠唱はしていなかっただろう?」
「確かに、お前の前ではしていなかったな。だが、お前が来る前に、そこの機械を破壊した時の魔法が、まだ残ってるからな。そのおかげだ」
「そんなことが……」
「魔法にも種類があるからな。俺がさっきからお前に使っていた発現系の魔法の他にも、状態付与のエンチャントもあるからな。そして、そのエンチャントというのは、そのほとんどが、使い手が解除しない限りは続く。つまりは、だ」
グレンはエドモンドに拳を突き出す。
「今の俺の攻撃は、いくらその鎧でも、防ぎきれるかは怪しいってことだ」
「……なるほどな。それがお前の言っていた、魔法使いの先入観を捨てろってことか」
「そういうことだ」
魔法使いは基本的には後方支援が専門だ。
前衛のものの中にも、魔法を使えるものはいるが、後方支援の魔法使いと比べると、魔法に関しての練度が劣るのは事実だ。
そして、その反対も然り。
魔法使いは、近接戦を得意としていないという常識がある。
しかし、その先入観は、明らかにグレンには当てはまらない。




