第95話 一撃粉砕
宿の部屋にて、リベルたち三人は、最後の最後の話をしていた。
「一回始めちまったら、後戻りはできねぇ。それはわかってるな?」
『わかったますよ』
「厳密に言えば、お前が王宮に入り込んだところで、もう始まってるんだけど……まぁ、僕の方も大丈夫だよ」
リベルの一言多いコメントはスルーして、グレンは二人の同意に頷く。
「よし、それじゃあ、打ち合わせ通りに行くぞ。今回はさすがにお前に期待するからな、リベル」
「僕は毎度のように、グレンに期待するところだよ。僕もできるだけはやるつもりだからね」
グレンから見ても、リベルは良く落ち着いていた。
今はベッドの上で胡坐をかいているくらいだ。
この様子なら、グレンはそこまで心配せずに、ソフィーにリベルを任せられそうだ。
「じゃ、転移の準備をするから、リベルは探査をかけて元の位置を把握してくれ。多少魔力を使ってもいいから、正確にな」
「了解」
リベルは目を閉じて、探査の魔法を使う。
その範囲は初めて発動した時よりもはるかに広く、しっかりと王宮までも探査範囲に入っていた。
その分魔力の使用量が増えているが、グレンの言う通りに、正確に捉えるために惜しみなく使っていた。
元々、魔力量の多かったリベルには、そのぐらいの魔力消費でも、十分に動けるレベルだった。
「あ……」
リベルから、不意にこぼれたような声が聞こえた。
「どうかしたか?」
「えっと、グレンの言う元の位置なんだけど、どうやら変わってない」
「マジか。それは意外だな」
国の機密とも言えるものを調べられたということは、国側はすぐに勘付くはずだ。
そうであるなら、すぐに場所を動かすと予想していたのだが。
「でも、その代わり、グレンが以前に把握していた兵士の数よりも、今回は増えてると思う」
『なるほど。そっちですか』
「それも一つの可能性だったからな。それで、お前の感覚でいいが、ヤバそうな奴らの居場所はわかるか?」
グレンが特に警戒するのは、以前にグレンの探査魔法に勘付いた男だ。
あの男は、明らかに他の兵士とは格が違っていた。
その居場所が把握できるのなら、それに越したことはない。
しかし、グレンの問いに、リベルは渋い顔をした。
「ちょっと、それは難しいかな。僕はグレンとは違って、人の気配の違いなんてわからないし、魔法を発動していなければ僕にもわからない。魔法の精度を上げる手もあるけど、この範囲を維持するだけでもギリギリな今だと、厳しいと思う。ただ、僕の見解で言えば、そういう人はあまり一ヶ所にはとどまらないと思うんだよね。他にもやることがあるだろうし」
リベルの言い分に、グレンはなるほどと頷いた。
「確かに、そういう奴がずっと同じ場所で警護しているなんて思えないな。リベル、元のある場所には、一ヶ所にずっととどまるような奴しかいないか?」
「そうだよ。全員が全員、体のちょっとした揺れはあっても、一歩動くような人はいない」
『それでは、ひとまずは大丈夫そうですね』
ソフィーはほっとしたように息を吐く。
ソフィーはこの中では最も危険から遠い存在だ。
しかし、だからこそ他の、特にリベルの身を案じている。
もしかしたら、リベル以上にリベルに気を付けているかもしれなかった。
「じゃあ、その元がある場所に転移して、それをぶっ壊す。手っ取り早くいこうか」
「そうだね。まぁ、この一歩も動かない兵士たちの中に手誰が紛れ込んでいるという罠がなければそれでいいんだけど」
「そういうタラレバは、本当に起こりそうだな。一応気を付けておくか」
『用心に越したことはありませんからね』
ソフィーの微笑みが、リベルとグレンにも伝染し、三人でひそひそと笑っていた。
そこからいち早く脱したグレンが、他の二人に声をかける。
「転移の準備ができたから、立ってくれ」
リベルはベッドから立ち上がり、ソフィーも宙に浮いて、リベルの隣に立つくらいの高さにとどまる。
「じゃあ、カウントするぞ。準備はいいか」
そのカウントの後は、グレンの言ったように後戻りはできない。
本当に、決断と呼べる決断だ。
普通なら、リベルはここで逃げ出していたかもしれなかった。
リベルの性格からして、好きな音楽はともかく、それ以外のことで一つの国を相手にすることは、できれば避けたいことだ。
しかし、今はそんなことではない、と自分に言い聞かせる。
こうして今ここにいるのだから、せめて、人らしく仲間につられるように行くのも一つの決断だ。
流されて決めるようにも思えるが、それが余計に人らしく、リベルは仲間のような気がしていた。
だから、リベルは頷いた。
「問題ないよ」
『私もいいですよ』
二人の返事で、グレンは転移魔法を発動させる。
もしかしたら、とグレンは思った。
(もしかすると、俺はこいつらに決断してもらうことで、自分で腹を括ったのかもしれねぇな。そうやって決めた覚悟で、行くんだな)
そう思う自分がおかしくなったグレンだったが、それは表情には出さない。
そのまま、グレンは自分たち三人を、転移魔法で元のある場所、王宮の地下へと飛んだ。
その際、リベルは一つ思い出していたことがあった。
ついさっきの探査魔法に、引っ掛かった一つの存在。
それはとても特徴的で、リベルに驚きを与えるには十分だった。
元の居場所を調べたのと同時にその驚きの存在に気付いたリベルは、思わず声を発していたのだ。
しかし、リベルがそれを二人に言わなかったのは、それが今回のことと全く関係のないことだとわかっていたからだった。
♢♢♢
獣人たちを奴隷とする装置の警護に当たっていた兵士は、数日前からの警戒態勢に呆れている部分があった。
第一部隊の隊長であるエドモンドの指令であったために、こうして薄暗い地下であっても大人数で警護しているが、その警護の対象が機械とあっては、モチベーションがあまり上がらなかった。
人を守っているのだと思うのと、機会を守っているのだと思うのとでは、そこにモチベーションの差が生まれる。
ただでさえ、薄暗いために気分が上がらないというのに、いきなりの警備に内心では疑問を感じるところではあった。
王宮内部に侵入者がいたという話もあったが、それを完全に信じているのはほんの一握りで、大多数がいつも通りの警戒レベルでいた。
そのため、元々対処の難しい侵入に対応できるものなど、ほぼ皆無だった。
「よっと」
「っととと……」
二人の男が急に、警護対象の付近に現れた。
リベルとグレンだ。
転移魔法に慣れているグレンは難なく着地したが、まだ数回しか経験のないリベルには、いきなりの着地は難しく、何歩かよろめいてから踏みとどまった。
ソフィーは当然のように宙に浮いて、着地という概念すらなかった。
もちろん、そのソフィーは兵士たちには見えないが。
「堅そうだが、何とかなるだろ」
機会を前にしてそんなことを言うグレンに、ようやく何人かが反応できた。
「何者だ!!」
「よもや、このような場所に侵入してくるとは!この狼藉者め!」
中の声に他の兵士たちも、徐々に落ち着きを取り戻していて、手に持つ槍を、いきなり現れた侵入者へと向ける。
そんな兵士たちの方を一切向かずに、しかしリベルには気を付けて、グレンが一言。
「突風よー」
その結果、狭い地下に突風が駆け抜け、兵士たちを機械から遠ざけ、ついでに半数ぐらいが壁や床や天井なんかに叩きつけられて意識を失った。
その直後、間髪入れずにグレンは拳を握り締めて、魔法を唱える。
「大地の加護よ、我に万物を粉砕せし力をー」
グレンは戦闘状態特有の黒い魔力を拳に纏わせ、後ろに引く。
その魔力の密度だけで、リベルとソフィーはその先の結果が目に見えた。
そして、グレンはその結果に向かって、一気に拳を前に突き出した。
ドガァァァァン!!
頑丈に作られているはずの機械が、呆気なく、何も拮抗することなく、グレンの拳によって砕かれた。
土煙が立ち込める中、その様子を兵士たちは呆然と眺めていた。




