第94話 その日の朝は早く
リベルにとって、アンナという少女には、どこか親近感があった。
その理由として、珍しい髪色が同じだということが一つの理由としてあるが、もう一つ。
リベルは実際に、故郷と離れて暮らしている人を知っている。
そして、それは決して望んでそうしたわけではなく、そうせざるを得なかったということを知っている。
また、リベル自身も、両親とはもうずっと離れている。
そのため、今のアンナの状況に、いくらか考えさせられるところはあった。
「アンナは、ラスカンに帰って、家族に会いたいと思う?」
「……どうでしょうか。よく、わかりません。こちらの生活に慣れてしまったので……」
「そう、か……」
家族と離れて暮らしているのに慣れること。
リベルにもそんな時があった。
だが、リベルのその慣れと、アンナの慣れとでは意味が違う。
まったく違うのだ。
受け入れることと、あきらめることは、全く違うことなのだ。
『アンナは、もしこの国から出て行けるとしたら、まずはどこに行ってみたい?』
「……ここから出る、ですか。考えてないです。ただ、ここで生きてるだけなので」
『そう。でも、もしの話だから、行きたいところを言ってみればいいよ』
「もし、ですか…………でしたら、もし、出て行けるなら……家族に会いたいですね。どうしてるのか、それだけでも」
『そうなの』
ソフィーが優しげな表情で、リベルの方を向いた。
「な、何?」
『いえ、特には。ただ……家族というのは、否応なく人々の帰る場所なんだな、と。そう思っただけです』
「それを、僕みたいな一人の人間に、幽霊が言っちゃうわけ?」
『一人、ではないですよ。家族とは、ただの血のつながりではなく、心のありようなのですから』
「哲学だね」
その時、リベルはソフィーの言う家族というものを考えた。
ソフィーの言いたいことはわかっている。
それはよく理解しているし、納得している。
自分で受け入れている。
考えるのは、そうした家族たちの思い。
特に、獣人族たちの。
「きっと、アンナの両親も、会いたがってるんじゃないかな?」
「わかりません。何年も会ってませんから」
「……だろうね」
エクリア王国に獣人族が行くのは、ほとんど自殺行為だ。
ラスカンでも、それだけは止められているはずだ。
そして、そこの王も下手に動くことはできない。
家族を大事にするがゆえに、その家族を取り戻すことが難しい。
リベルは一人の人間として、獣人族の方に味方したい気分だった。
どうあっても、人が人を奴隷とするなんてことを認めるのは、リベルの主義には反する。
人はそこまで、高尚で偉い人間ではないのだ。
「まぁ、そのもしも、が叶うなら、僕は応援するよ」
『私も』
リベルとソフィーが微笑みかけると、アンナはぎこちない笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
何を思うのも、その人にとっての価値観で左右される。
リベルはこの国の在り方を否定するが、その在り方を人間らしいものだと納得する。
人の道ではないと判断されるその在り方を、人らしいと認める。
これをリベルはグレンには言っていないし、ソフィーにも伝わっていない。
二人はリベルの考えをしっかりと聞いてくれる。
リベル自身はそれをよく理解している。
しかし、だからこそ肯定もするし否定もする。
リベルは自分の考えの全てを出して、それが認められないことが怖い。
否定されるのが、とても怖いのだ。
(何もかも、他人だけでなく自分すらも、客観的に判断できるのなら、それは良いことだ。でも、人間はそんなことはできない。人は人と関わるために主観的な考えを持って、それをぶつけあい、肯定し、否定する。そして、僕は否定されたくないから、出さない、ということかな。まったくもって、憶病としか言いようがない。これもまた、人らしい、と自分で言うのは、さすがに自己中心的過ぎるか)
リベルはどこまでも考える。
肯定はされたいが、否定されたくないという当たり前のことで、自分自身を考える。
そうすることに何か意味があるのかはわからない。
そうするしか、できないのかもしれない。
エクリア王国の人を人間らしいと肯定するのが、正しいことなのかどうか、ということも、リベルは考える。
しかし、それは何度も考え、そしてその結論を出したことなのだ。
リベルでは、その考えを否定できない。
(まったく、僕は自分を否定してほしいのか、それとも否定してほしくないのか)
リベルはすぐにその二択を放棄する。
(違う。僕は自分の考えを否定したくて、他人に否定してほしくないんだ。どこまでも、自分勝手に生きている。そして、それもまた、人らしい)
エクリア王国の在り方は、どこまでも他者よりも上でいたいということだ。
奴隷をおくことで、自らの優位性を確保している。
その考え方を、リベルは否定しないのだ。
そして、それが間違っていることも頭ではわかっていた。
わかっていても、正しくないと思っていることと理解できることは矛盾しない。
矛盾しないがゆえに、その二つが共存し、リベルは正しい方を選びたいのだ。
どんなことを引き替えても、悪役だけは買いたくないのだ。
『何か、考え込んでます?』
「ん?あぁ、いや、別に……うん。少し考えてた」
「何をですか?」
リベルはこの二人に言う勇気はない。
だからこそ、広い解釈で言うしかなく、そこからはお茶を濁して判断させるしかない。
嘘はつかずに、相手を騙すのはリベルにはお安い御用だ。
「そうだね。人らしい生き方とは何か、かな」
「人らしい?」
『また、何か変なことを考えてますね』
「変って。まぁ、自覚はあるけど……」
『自覚があってもやめないのは、それが必要だ、ということでしょう?実際にそうなのかどうかは別として、今のリベルはそう感じるということでしょう?』
「そう、だね」
「リベルさんは、どうしてそんなことを?」
「えっと、そうだね。強いてあげるなら、自分の在り方を見るため、かな」
その言葉に、やはりアンナは全くわからないようで、ソフィーも首を傾げていた。
しかし、リベルはそれ以上は言わないのだ。
そして、ちょうど頼んだ料理が運ばれてきた。
♢♢♢
リベルは次の日の朝、予定よりも早く起きた。
いつもなら寝ている時間で、今もまだ寝てていい頃だ。
実際、宿の部屋ではグレンが寝息を立てて眠っている。
これがいびきになっていないことを、リベルは少なからず良いことだと思い、クスリと笑った。
寝巻から着替えると、リベルは静かに物音を立てないようにベランダに出た。
外は肌寒く、一瞬だけその予想よりも低い気温にぶるっと体を震わせたが、すぐにその気温の低さが心地よくなった。
そのベランダで何をするでもなく、リベルは手すりに手をかけ、上を見上げた。
地平線にはそろそろ日が昇ろうと赤みがさしているが、空にはまだ輝く星々が見えていた。
それが、リベルが早く起きてしまったと、改めて実感させる。
リベルは昔から、何か特別なことがあると事前にわかっている日には、普通よりも早く起きてしまうのだ。
そのおかげで、その日はたいてい朝日を浴びることになるので気分は良くなる。
今日もそういう日だ。
今回、いつもの早く起きる朝と違うのは一つ。
今日は何かが起きるのではなく、起こす日ということ。
そのこと一つが違う。
「さてさて、いくらか緊張するところかな。まぁ、なるようになる、と思いたいね」
自分が緊張しすぎないように、リベルは自分に言い聞かせるように、軽い口調で言った。
今日は、エクリア王国が変わる日だ。




