第93話 隔てる大地
リベルが探査魔法を覚えてから、数日が経過した。
その間にも、リベルは魔法を練習し、ソフィーはそれに付きっ切り。グレンはたびたび町に出歩いて、情報を集めていた。
王宮内で元の存在が把握できたところで、本来ならすぐにでも動きたかったところだが、そうはできなかった。
まず、王国がグレンの侵入したことで、何も対策していないということはあり得ない。
目的のものが見つかったからと言って、すぐに飛び込めるほど、王国は甘くはない。
次に、元を発見したところで、次も同じ場所に在るという保証はない。
仕掛けるのなら早めに潰さなくてはならないため、突入する前にしっかりと位置は把握しておきたかった。
そして、最後の理由としては、リベルのことである。
リベルを一人にしておくという選択肢がグレンとソフィーにはない以上、選択肢としてはグレンが一人で突っ込むか、リベルとソフィーを含めた三人で突っ込むかということになる。
ここで、ソフィーが一人で突っ込めば楽ができるじゃないか、という意見が以前出たのだが、それはソフィーの性質上できなかった。
ソフィーはリベルの所持するフォルトナを媒介にして、幽霊として存在している。
そのフォルトナにリベルの魔力が通されている今、ソフィーはいわばリベルの一部とも言える存在だった。
そのため、ソフィーはリベルから一定以上距離を取ることができないのだ。
すなわち、ソフィー一人で行動するということができない。
そんなこともあり、二択となったわけだが、話し合いをしていったうえで、リベルは今回のことにどうしても必要だということになった。
それはリベルが探査魔法を覚えたことが要因となっていて、その探査魔法がソフィーだけでなくグレンをも上回るものだったのだ。
もちろん、リベルに確かな実感はないのだが、今回もグレンに任せっきりになることがないということになり、そこはうれしいと思えたのだ。
もっとも、リベルは基本的には戦えない。
そのため、せめて魔法の精度を上げてもらおうということで、ここ数日はその特訓をしていたのだ。
他にも王宮にすぐに飛び込めない理由があったことも幸いして、その間にグレンは町で王国の出方などをうかがっていた。
グレンが町に出ている間は、基本的にはリベルはソフィーと一緒に宿にこもって魔法の練習をしているが、食事のこともあり、時々外に出ている。
今、リベルは昼食のために、町に出ていた。
ここ数日ではすっかりお世話になっている、獣人たちのレストランだ。
「こんにちはー」
『こんにちはー』
ソフィーの声は誰にも聞こえないが、一応礼儀としてソフィーもあいさつはするのだ。
リベル以外には聞こえないけれども。
「おぉ、来たね。いらっしゃい」
数日で慣れたもので、女店主はリベルにあいさつし、店員は普通の客と同じように出迎えた。
ここの店の人たちは、結果的にリベルたちがやろうとしていることを知っているわけだが、獣人たちの気持ちからしたら、すぐにでもリベルたちには行動を起こしてほしいはずだ。
それでも、こうして普通に接してくれるのは、リベルの考えを女店主が理解してくれているという所にある。
そのため、理解してくれていることへの感謝として、何度もこうしてレストランに訪れている。
あの時レストランにいた獣人たちしかリベルのことを知らないので、知らない人はいきなり人間族が入ってくることに警戒していた。
しかし、女店主や店員たちの対応から、不安ながらも警戒を薄めていくのは、もう慣れ始めていた頃だ。
「ご注文は同じので」
「かしこまりました」
リベルは毎回同じものを頼んでいるので、そう言うだけで通じた。
そもそもこのレストランに来る人間族が、女店主が言うにはリベルただ一人のようなので、印象に残るものなのだろう。
「あれ、あなたたちは以前の……」
料理が来るのを待っている間、魔法の練習を少しやっていようと思ったリベルだったが、賭けられた声に振り向いた。
リベルの近くのテーブルの席に着く、銀髪緑眼の少女だった。
「あ、君は宿屋の……確か、アンナ、だっけ?」
「はい、その通りですが、どうして私の名前を?」
訝しげにする少女に、リベルは女店主の方を見遣った。
「あちらの女店主さんが言ってたからね。容姿も印象的だったから覚えていたんだよ」
「そうでしたか」
困ったような視線を女店主に送るアンナに、女店主はジェスチャーでごめんごめん、と言っていたが、顔が笑っていて、あまり謝っているように見えない。
それが距離の近さゆえというものだろう、とリベルは思った。
「お名前をうかがってもいいですか?」
「ん?あぁ、こっちだけ知ってるのも何だからね。僕はリベル=ハーモって言うんだ。よろしく」
「よろしく、お願いします」
アンナはリベルにお辞儀すると、今度はソフィーの方へ顔を向けた。
『私も言う流れなのね』
「お、お願いします」
『私は……ソフィーよ。ただのソフィー』
「よ、よろしくお願いします」
『よろしく』
ソフィーが姓を隠したことを、リベルは特に咎めようとは思わなかった。
本当のことを言ったとしても、それはアンナを混乱させるだけで、何にもならない。
せめて、名乗るだけなら、ソフィーだけで十分だ。
それ以上の情報を与えて、それで困るようなら、与えない方がましだ。
アンナにも余計なことを考えさせることがないのだから、これでいいのだとリベルは思った。
「お二人は、ここに何回も来ているんですか?」
「うん、そうだけど……まぁ、わかるよね」
「はい」
店員のリベルへの対応から、リベルが他の人間族とは違う扱いを受けていること自体は明白だ。
「どうして、ここに来ようと思ったんですか?」
「特に理由はないよ。そもそも、最初はここが獣人族が経営しているところだ何で知らなくってね。席が空いているから入ったっていうだけなんだ」
「そうですか」
『ねぇねぇ、一つ、聞いていいかしら?』
「何でしょう?」
突然会話に入ってきたソフィーに、アンナは怯えたように反応した。
もしかすると、ソフィーが幽霊という得体の知れない存在であるから、そこに恐怖を感じているのかもしれない。
確かに、いつもいるリベルやグレンは全く違和感を感じないのだが、客観的に見れば、幽霊と行動を共にしているというのは、かなりおかしなことかもしれない。
しかも、人間の方がそれを受け入れているとあっては、ますますおかしいかもしれない。
それをアンナの反応を見て認識したリベルは、何となく笑みが浮かんできた。
『どうしました、リベル?顔が笑ってますけど』
「別に。大したことじゃないよ。聞きたいことがあるんでしょ?いいよ、続けて」
『はぁ、それでは……。アンナは、家族とかはどうしてるの?』
そのいきなりぶっ飛んだ質問に、リベルは体をビクつかせ、アンナは体を硬直させた。
「ソフィー、いくらなんでも、それを聞くのは少しまずい気がするんだけどね、この反応からすると」
『うぅ、そうですね。失敗です』
リベルとソフィーの視線の先で、硬直していたアンナは、一度深呼吸してから笑顔を向けた。
しかし、二人にはその笑顔がとても痛々しく思え、見ている側の胸が苦しくなってくるようだった。
「私は一人っ子なので、兄弟や姉妹はいません。両親は……今はラスカンで暮らしていると思います」
「獣人族の国ラスカン、か」
人間族の大陸トルードに隣接する大陸、ラスカンは、一つの国として機能している。
そこに住んでいるということは、このエクリア王国とは隔てられているということになる。
親は獣人族の地で、子どもは人間族の地で離れて暮らしているその事実に、リベルとソフィーは考え込まざるを得なかった。
獣人族が、家族を隔てられて暮らしている可能性は、二人とも考慮していたし、グレンとも意見を交換していた。
しかし、予想して、そういう事実があるとわかっているのと、実際に目の前にそれがあるのとは違っていて、二人に現実を強く押し付けた。
特に、リベルには。




