第90話 探査魔法
リベルのお願いを笑顔で了承したはいいものの、その内容まで聞かずに頷いたために、何をしたいのかを聞くのが後になってしまった。
もしかしたら、ソフィーにはできないことかもしれないのに、だ。
『それで、リベルは一体どんな魔法を教えてほしいんですか?と言っても、基本的に私が使えないものを教えるのは難しいので、使えるものだけですけど。そういう意味で言えば、やっぱりグレンに教えてもらった方が、良いとは思いますよ。リベルはグレンとは付き合いが長いですし、あっちの方が使える魔法の種類は多いと思いますよ』
せっかく了承したのに、勢い任せだったために、後々になって問題点が出てきていた。
それに対して、リベルは笑顔で手を振った。
「いいや、別にそこまでのことじゃないから、ソフィーにも使える、と思うんだけど。それに、グレンに教えてもらうよりも、ソフィーに教えてもらった方が良いことがあるしね」
『そう思う根拠は?』
「それは簡単。僕はソフィーと感覚を共有できるでしょ?だったら、ソフィーが使ってくれている時に感覚を共有すれば、感覚的な部分を補えると思うんだよ」
『ただ口で教えられても、見せられても、実践しても、感覚的な部分は自分で掴むしかないですからね。それなら確かに、私の感覚を知れた方がいいですね』
「そういうこと」
一つ疑問が解決したところで、今度はリベルが教わる魔法についてだ。
今はリベルの方で思考のチャンネルを閉じているので、直接聞くしかない。
それをソフィーは不便と思うことはあるが、それでも、こちらの方がよっぽど人間らしい会話というものだった。
『それで、リベルはどんな魔法を使いたいんですか?攻撃系、というイメージではないですね。支援系、または防御系といったところでしょうか?』
ソフィーが自分の予想を口にすると、リベルは頷いた。
「ソフィーの言う通りだよ。攻撃系も、使えばそれはそれでいいんだろうけど、僕としてはそこまで使いたいとは思わないかな。僕が教えてほしいのはね、支援系の魔法」
『やはり、そうですか』
「もっと細かく言えば、探査魔法を教えてほしいんだ」
『探査魔法……え?』
系統までは予想通りだったソフィーだが、指定してきた魔法は、ソフィーに疑問を抱かせるものだった。
別に具体的な魔法を予想していて、その予想が裏切られたという意味ではなく、その魔法がただ疑問なのだ。
『えっと、探査魔法って言いましたよね?聞き間違いということは?』
慎重に尋ねたソフィーに、リベルは苦笑いを浮かべていた。
「そんなに慎重に聞かなくても……。探査魔法で合ってるよ。僕は確かにそう言った」
『……どうして、その魔法なんですか?リベルなら、もっと他に難しい魔法でも大丈夫だと思いますけど』
そう言うソフィーは本気でそう思っている。
リベルは本当に魔法を使わないし、使えないが、その素質は十分にあるというのが、ソフィーとグレンの同じ見解だ。
ゆえに、探査魔法を教えてほしいというのは些か疑問なのだ。
いや、その魔法を覚えること自体は、別におかしいことではない。
基本的な魔法で、魔法使いになるのなら、覚えるのは必須の魔法と言える。
しかし、それだけを要求してくるのは、初めて魔法を学ぶ者としては、少しおかしかった。
ソフィー自身が初めて魔法を教わろうとして時は、こういう変な感じではなかった。
『リベルなら、探査魔法なんてのをわざわざ教わらなくても大丈夫でしょうし、他の魔法も、単純なものなら教わらなくてもできると思いますけど……』
「それは、僕としてはそれが買い被りのように思えてしまうんだけど……本気で言ってるのかな?」
『もちろんそうですよ。大体、リベルは探査魔法を使わなくても、昨日はグレンの位置を掴めるくらい感覚が鋭敏です。わざわざ一番最初に挙げる魔法でしょうか?単純なものだとしても、もっと他の魔法という選択肢もあるのではないですか?』
せっかく頼ってくれたのだから、それなりの働きをしたいと意気込んでいたソフィーとしては、しっかりとして魔法をリベルに教えてあげたかった。
その気持ちもあって、ソフィーはリベルに他の魔法にするように勧めているのだ。
「まぁ、これでも僕も考えたんだよ。何も考えないで、探査魔法を教えてほしいって言ってるわけじゃないんだよ。ちゃんと、僕なりに理由があるんだ」
リベルのその自信が、ソフィーにはわからないものだった。
リベルの考えがわかりづらいのは、グレンにはよくあることだった。
そんな時も、ソフィーはリベルと思考を同じにしてリベルの考えを知ることができていたが、今は違う。
今はリベルとは思考を同じにしていないので、リベルの考えが全くわからなかった。
こういう気分をグレンはよく味わっているのか、とソフィーは納得できてしまった。
『……ちゃんと、考えたんですか?魔法に関する知識は、あまりないのに?』
「痛いところ付いてくるね~。確かに僕の知識なんて、ソフィーやグレン、他の魔法使いと比べても劣ってるね。でも、だからこそ、自分が望みたいことを魔法に願うんだよ」
『それが、探査魔法ということですか?』
「そう。ソフィーの言ったように、僕は遠くにいたグレンは察知できたけど、それはあくまでグレンが魔法を使ってたからで、そうじゃなかったら全くわからなかった。ていうか、それでわかったら、もう人間業じゃないんじゃないかな?」
『あの距離で魔力を探知できるのも、十分人間離れしているというツッコミがありますけど、それに対してはどう答えますか?』
「…………とにかく、そういうわけで、僕が探査魔法を覚えることに、無駄はないんだよ」
『まぁ、話を逸らしたことはともかくとして、理由としては納得しました。元々、そこまで全面的に否定する気もなかったですし。リベルがやりたいようにやったらいいと思いますよ』
「じゃあ、ここまで僕が説明する必要性は、かなり薄いんじゃないかな?おかげで少し焦ったんだけど」
がっくりとくるリベルに、ソフィーはニコリと笑みを返した。
それはそれで魅力的な笑みだったのだが、状況が状況なだけに、どう見てもはぐらかす意図しか見えなかった。
とはいえ、教えてもらえるということがわかったのは、それを補って余りある利益だったので、リベルは今回はそちらに目を向けることでなかったことにしようと思った。
「それで、さっき僕が提案したように、一度ソフィーに使ってもらって、その感覚を僕が共有するっていうのでいいかな?」
『えぇ、構いませんよ。……はい、チャンネルは開きましたので』
そう言うと、本当にソフィーと思考が繋がる感じがしたリベル。
ここまであっさりとやってくれるのは、正直予想以上だった。
リベルは、少し説得する必要があると思っていたので、良いこととはいえ、拍子抜けな部分もある。
『そもそも、私がリベルのさっきの説明で納得していたんですから、繋げるに決まってるじゃないですか。私、あの時文句は言わなかったと思いますが』
「それもそうだね。でも、心の中で考えていたことに、自然に答えられるっていうのは、慣れないね」
『自分で通るようにしていて、その発言をするんですね』
「通るって……あぁ、そう言えば、僕はいつの間に開いてたんだろう?」
リベルの方からは、思考がソフィーに流れないように閉じていたはずなのだが、どうやらソフィーが開いたチャンネルに繋いだことで、リベルの方も開いたようだ。
『それはおそらく、思考を閉じるという慣れない作業をしたために、無意識の所で、私と繋げた時に、リベルの方も開いてしまったということでしょうね。意識すれば、閉じることはできますよ』
「そうなんだね。でも、今は閉じなくていいや。こっちの方が、お互いの意思疎通は良いかもしれないからね」
『でしょうね。リベルは時々、言いたいことを言わないところがありますから。そういう生徒の心の些細な動きに注意しないと、教えるというのは難しいことですよ』
「わかってますよ、先生」
リベルがそう言った数秒後。
二人はお互いを見合って、同時に笑い出した。
その笑いは、理由は何となくおかしかったから。
それ以上でも、以下でもなかった。
おかしかったから、に加えての理由は、二人とも咄嗟には出てこなかった。
こうして、二人はしばらくの間笑い続けて、お互いの笑いが収まる頃には、数分が経過していた。
『さて、結構笑ったおかげで体の力が抜けちゃってるけど、問題なさそうだから、そろそろ始めるね』
「うん、お願い」
リベルが頷くと、ソフィーも頷いた。
そうして二人とも目を閉じると、リベルはソフィーの感覚に意識を向け、ソフィーはお手本の魔法を使う。
周囲の魔力を集め、一定以上集まったら、それを周囲へと放出した。
それによって感じ取れる世界を、リベルも見る。
それは、不思議な世界だった。
世界の色が、一種類に統一されていた。
リベルの視界、いや、頭の中には青の濃淡のみで構成された世界が見えていた。




