第89話 お願い
グレンがエクリア王国の王宮に侵入してから一夜明けた日、その王宮では、案の定、緊急会議が開かれていた。
だが、その会議はシュトリーゼ王国で行われるような、国王や国政官、軍の隊長を交えての会議ではなく、国王たちを含まない、隊長だけで行われている会議だ。
そこに出席しているのは、男女含めて三人。
第一から第三までの部隊の隊長である。
会議と呼べるほどの人数ではないのだが、現状のエクリア王国では、これが限界なのだ。
「昨日の件、皆はどう思うだろうか?」
一人、中年の男が他の二人に意見を求めた。
その彼は、第一部隊の隊長であり、それと同時に軍の全てを取り仕切る総隊長の任を任されている、エドモンド=ルークだ。
「そんなこと聞かれてもねぇ。あたしの意見は、大したもんじぁないよ。そもそも、頭を使うなんざ向いてねぇしな。ガハハハッ!」
豪快に笑うその女性の名前は、ヘルヴィ=シルト―。
大体二十代半ばといった年齢で、面積の少ない薄い服装をしている。それで椅子の上に胡坐をかいているのだから、礼節というものがまるっきりないと言うしかない。
彼女は第二部隊の隊長をしているが、それを任されているのは、ひとえにその態度の悪さを補って余りあるほどに、戦闘能力が優れてしまっているからだ。
このことには、エドモンドも常日頃から頭を抱えていることだ。
「その態度を直せと、いつも言っているだろう、ヘルヴィ。エドモンドがわざわざ聞いているのだから、しっかりと答えるべきだ」
この場にいる最後の一人。
名前はナッシュ=セイカ。
年は三十くらいで、第三部隊の隊長を任されている男だ。
「あぁ?んなもん、わからないもんをわからないって言ってるだけだ。しっかりと答えてるじゃないか」
「しっかりと答えていると言うのなら、まずはその格好から直したらどうだ。服装はともかく、椅子の上に胡坐をかくなど、失礼極まりない」
窘めるようなナッシュの言葉に、沸点の低いヘルヴィは額に青筋を浮かばせた。
「見た目のことを言うなら、お前も相変わらずのその格好はやめろ。全身鎧で顔すら見えないとか、見ていて鬱陶しいんだよ」
ヘルヴィの言う通り、ナッシュはその全身を鎧で覆っており、皮膚が見えているところなどありはしない。
彼の部隊の人でも、彼の顔を見たことのある人はいない。
謎の多い人物で、ヘルヴィにとっては常日頃から苛立ちを覚える対象だ。
「お前が鬱陶しいかどうかなどどうでもいい。私がこのスタイルで行くのだ。わざわざ口出しされる筋合いはない」
「それはあたしも同じだ。人のこという前に、まずは自分からどうにかしろ」
「それはお前自身にも言いたいことだな」
ナッシュの顔は見えないが、おそらく今はヘルヴィとにらみ合っているのだろう。
ここでお互い、先に逸らした方が負けという風に暗黙の了解で決まっているので、決して自分から逸らすようなことはしない。
しかし、そとから邪魔が入れば別だ。
「そこまでにしておけ、ヘルヴィ、ナッシュ」
仲裁に入るのは、その場にいる唯一の中立でき立場にあるエドモンドだ。
結局、彼が止めなければ、この二人はいつまでも互いを認めようとはせずに睨み合うことだろう。
それでは、一向に話が先に進まない。
相性が悪いのは仕方のないことだが、それを少しの時間だけ我慢してもらいたいというのが、エドモンドの心情だった。
「まったく、お前たちときたら……もう少し落ち着いていることはできないのか?俺の面倒が増えるだろうが……」
「ムリね」
「無理だな」
即答でこんな時にばかり息を合わせる同僚に、エドモンドは慣れているとはいえ、毎度のようにするため息を今回もした。
「まぁ、そこは別に今は良い。ナッシュ、お前は昨日のことはどう思う?」
「私は、単なる侵入者とは思えない」
「その根拠は?」
「エドモンドが感じ取ったというのは、何かの魔力の波動だろう?魔法が王宮内で使用された痕跡があったというのなら、それまでは誰にも気づかれなかったということになる。相手が一体どういう手段で王宮の中に入ったのかまではわからないが、相当な手練れの可能性が高い」
「お前もそう考えるか。警戒しておくに越したことはないな」
「そうだな」
エドモンドとナッシュなら、混み入った話も普通に展開していける。
この二人で意見をまとめ、二人で実行に移すというのがいつものことだ。
そして、途中で邪魔が入るのもいつものことだ。
「はいはいはい!その手練れ、あたしが相手したい!」
勢いよく挙手したヘルヴィに、エドモンドは呆れを込めた目を向けた。
「戦うことになるとは決まっていない。そもそも、その侵入者が特定できないのなら、戦いたくても無理な話だろう」
「それでもやる。やって、ぼこぼこに叩きのめす」
拳を握りしめ、目を輝かせて宙を見るヘルヴィの目には、おそらく正体のわからない侵入者の姿が、幻想として映っていることだろう。
こうなると止まることを知らないのは、他の二人は十分に知っているので、そのまま放っておいて、今後のことについて話を進めることとなった。
♢♢♢
色々と話し合った昨日から一夜明けて、リベルは今は止まっている宿の自室のベッドに大きく寝そべっていた。
その部屋にはリベルの他に、ソフィー一人だけ。
グレンは町を出歩くとかで、朝早くに出て行ってしまい、もうすぐ昼だ。
グレンの様子からして、昼に戻ってくることはなさそうだったため、昼はグレンを待たずに自由にすることになりそうだ。
もっとも、どこに行くかは初めから決まっているようなものだ。
「リベル、少し外に出ませんか?私は別にいいですけど、リベルはお腹が空くでしょう?そろそろ外に出て、あのレストランに向かった方がいいんじゃないですか?」
あのレストランとは、もちろん、獣人たちで経営しているレストランのこと。
一応、あの時にあそこにいた獣人たちには、リベルたちが何かをするということを言ってしまっているため、報告だけはしておいた方が良いのは当然だ。
それはリベルも当然わかっている。
「…………うん……」
しかし、リベルの返事はどこか上の空だった。
『どうかしたんですか?』
「ちょっと、考え事」
『何をですか?』
「う~ん、ちょっと迷ってることがあるんだよね」
『迷う、ですか?何だか珍しい気がします』
「そうかな?」
『あくまで、私の感覚ですけど……。それで、一体何に迷っているんですか?』
ソフィーがスーッと幽霊特有の空中異動でリベルの寝そべるベッドの所まで来て、その隣に腰下ろした。
そんなソフィーをリベルは一瞥し、再び天井の木目を見上げて、しばらく考えた。
その時間は、考え事をしているリベルにとっては、大した時間ではないが、その答えを待っているソフィーとしては、とても長く感じられ、部屋の空気を重く感じ始めるくらいだった。
ソフィーもリベルと同じように、天井の木目を見上げてリベルが言葉を発するのを待っていると、隣でシーツの擦れる音がした。ちらりとそちらに視線を向けると、リベルが体を起こして、ソフィーの方を向いていた。
何か言いそうな気配を察したソフィーは、リベルの顔を見返し、待った。
何度か目が揺らいで、脇に逸れて話し出しづらそうにしていたリベルだったが、そこから少しして、決心がついたのか、目をきりっとさせた。
「ソフィー、一つお願いがあるんだ」
『はい、何でしょう?』
ようやく口にするリベルのその先に、ソフィーは若干ワクワクと緊張があることに自分で気付いていた。
何か刺激的なことが起きてくれるのではないか、と。
エクリア王国内で起きていることを考えると、気分は落ちやすいが、ソフィーの中でそれを覆すようなことがあるのではないか、とソフィーが期待していた。
そして、その期待していることを、リベルが言う。
「僕に……魔法を教えてくれないかな?」
それをソフィーは、二つ返事で了承した。




