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虹の調律師 ~光と調和の軌跡~  作者: 二一京日
第一章 旅立ち、そして新たな日々
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第8話 消失

 王都で占い師に占ってもらった後、ひとまず宿を探そうということで歩き回ったが、正直リベルには違いがよくわからずどこでもよかった。そうして次の日の朝を迎えることになった宿は、昨日占ってもらった道から少し外れたところにある宿で、そこはグレンが決めたのだった。

 そして、朝起きてリベルは………………もう一度寝た。

 こんなに寝心地良い場所で寝たのは、リベルの記憶にはない。もう少し、あと数分だけという堕落一直線の欲求が、今のリベルの体を占めていた。

リベルは自分に正直になり、自分の体が望むままに眠りという聖域へと踏み込もうと、その一歩を踏み出そうとしていた。


「そろそろ起きないと、時間が無くなるぞ」


 眠りにつこうとしていたリベルの布団が、何者かの手によって剥ぎ取られた。

 リベルが自分の邪魔をした不届き物の顔を確認するために薄目を開け……再び沈んでいった。


「おい」


 布団を引き剥がしたグレンは、強情にも起きようとしないリベルに苛立ちを募らせ、何を思ったのかニタリと不気味な笑みを浮かべた。

 グレンは手に持っていた布団を床に落とし、両手をリベルの頭にかざす。

 そして魔力を使って、魔法を唱える。


「<ナイトメア>」


 <ナイトメア>とはその名の通り、対象者に悪夢を見せる魔法で、これを見せられたら眠りなど嫌になることだろうという考えがグレンにはあった。

 グレンの魔力がリベルを覆い、<ナイトメア>がリベルに悪夢を見せる。こうなればリベルもすぐに起きてくれる、はずだった。


「っ?」


 グレンの<ナイトメア>が発動した瞬間、リベルの体から虹色の輝きが放たれ、体を覆っていた魔力が消え失せていった。

突然の現象でグレンは戸惑いを隠せず、ひとまず<ナイトメア>を終了させるために魔法発動のための自分の魔力をそれ以上放出はしなかった。しかし、体を覆う魔力は依然そのままで、グレンは様子を見ることにした。

その虹色はしばらくの間続き、体を覆う魔力が完全に無くなったところで発光は終了した。

 一体何が起きたのかわからなかったグレンは、そんなことがあったことに気付かずに寝続けているリベルへと視線を向ける。


(今のは魔法なのか?魔力の気配は確かにあったが、あんな魔法は見たことがない。この俺が知らない魔法だなんて、そんなことがあり得るのか?)


 グレンの考えは自惚れとは言い難く、今は事情があって吟遊詩人などという放浪者の肩書を持っているが、昔は魔法に精通した人物だったのだ。そのおかげで今は魔法が使えているわけだが、以前のように使いこなせるかどうかは定かではない。

 ただ、知識に関してはそれなりのものを持っていたと自負しているグレンだが、、それでも今の現象が当てはまる魔法はなかった。


(いや、確かあれは……)


 そこで一つ、グレンには思い当たるものがあった。

 魔法とは違うものだが、もしかしたらそれかもしれなかった。

 しかし、確証はない。ただの推測であり、証拠はあくまでグレンの知識と記憶のみ。


(それだけじゃ……どうしようも……)


 急にグレンの体に虚脱感が生まれ、ベットの横に立っていたグレンはその場に膝をつく。

体に力が入らず、意識がだんだんと遠のいていく。この感覚は以前にも体験したことがあるものだ。


(くそっ、魔力を予想以上に吸われたな。全盛期なら大丈夫、だったかも、しれねぇが……)


 朦朧としている意識の中で倒れたグレンは、リベルに文句を言ってやりたい気分だった。


              ♢♢♢


 リベルは今、宿を出て町を散策していた。

 昨日は回れなかったような所を重点的に巡っていくリベルは、完全に観光気分だった。とは言え、リベルとしては昨日の占い師に話を聞けたことで、王都に来た目的はある程度は解決してしまっている。情報収集という意味では完全というのは存在しないが、それでも昨日聞いた話は十分に身の入った話だった。少なくとも、そこら辺に転がっている与太話よりは、明らかに重要なことだとリベルは思った。


「炎魔竜アグニの討伐、か。グレンは何か思ってるみたいだけど、僕にはわかんないし関係ないからなぁ」


 その何かを思っていたグレンは、今頃宿の一室で寝ているだろう。リベルが再び起きた時、なぜかグレンが寝ていたので、一応置手紙を置いて出てきたのだ。

 情報収集をするとは書いておいたが、実際には散策も兼ねてというところだ。

 しかし、リベルには一つ気になっていることがあった。

 それは起きてから何故か体の調子がすこぶるいいのだ。ただ単にいいというわけではなく、尋常じゃないほどに調子がいい。二度寝する前、少しだけ目覚めたときはそのような感覚はなかったというのに。

 リベルは自分の体の好調が逆に気にはなったが、いいことはどれだけ行ってもいいことだと思うことで、そのことについては納得した。


「それにしても、こうやって見て回っていると、明後日には勇者がアグニを討伐に行くのが嘘みたいに思えるな。あの占い師さんの思い違いなら、それに越したことはないんだけど」


 冗談を含めてそう思いながら、リベルは占い師がそのことを告げた時のグレンの様子を思い出す。

 その時、彼の顔は青ざめ、額から冷や汗が流れていた。グレンがこんな様子になったのは今まで見たことがなかったリベルは、それを訝しげに思った。グレンの凄さを実際に知っていたから、なおさらだ。


「まあ、そういう時もあるかね。あいつも一応生きてるわけだし、人並みの悩みはあるか。僕には関係ないにしても」


 再び自分で繰り返すことで、リベルはアグニについての記憶から目を逸らす。

 気にする要素がなくなったことで、いよいよ町の散策に本腰を入れようとするリベルだが、なんと困ったことにどう行けばいいかがわからない。いや、散策なのだからある程度わからなくても問題はないのだが、まったくわからないというのは迷子になる確率が大である。こんなことなら、宿で事前に地図をもらってくればよかった、と今更ながら落ち込むリベルだった。


「おやおや、そこにいるお方、何かお困りですか?」


 リベルの顔色を見てそう判断したのか、ちょうど路地裏に入るところに立っている若い女性が声をかけた。


「そうなんですよ。初めて王都に来たんですが、地図が手元になくてですね」

「それは大変ですね。さぞお困りのことでしょう?一体どちらへ向かわれるのですか?」

「決まってないんですよ。この辺り周辺を歩き回れればそれでいいと思ってるんですよね」

「そうですか。ではこちらの路地裏を真っ直ぐに行った向こうの道に、地図を売っている店がありますので、私が案内しましょう」

「それはありがたいですが、どうしてそのような親切を?会ったばかりなのに」

「人の出会いは一期一会と申します。すべての出会いは我が神から与えられた贈り物。無下にすることはできません」


 穏やかな口調ではあっても、その奥に情熱的なものを感じ、リベルはこの人がただ大げさに物事を言っているわけではないことを理解した。とは言え、その内容まではリベルの頭が追い付かないが。


「よくわからないけど、出会った人に良くした方がいいってことですか?」

「その通りです。いやぁ、理解していただける方に出会えたのもまた、我が神の導きによるものでしょう」


 またもや神。

 信仰の対象のように言うその神とやらに若干の興味を持ったリベルだが、それでも内容がすべてわかるわけではもちろんなく、内心首を傾げる思いで読み取れた部分だけに反応する。


「贈り物は大切にしなくてはいけませんしね」

「その通りです。お若いのによくわかっていらっしゃる」

「若いって、あなたも十分若い方じゃないですか?」

「いえいえ、今の若者の若々しさと比べてしまえば、私のそれはすでに廃れつつあるものです」

「な、なるほど。……それでは、話を戻してその店とやらに案内していただけますか?」

「はい、わかっております。どうぞこちらへ」


 そう言って女性が路地裏へ姿を消すと、リベルもそれを追って路地裏へと入った。

 理解できない部分がある女性ではあったが、初対面では理解できないのは当然だ、とリベルは自分に言い聞かせて納得した。

 路地裏に入った瞬間に、通りの喧騒が少しだけ遠のいたように聞こえ、リベルは驚きの声を漏らした。


「路地裏に入ると、通りの声が遠くなるんですね。ちょっと驚きました」

「そうですよ。同じ道でもこんな日の当たらない路地裏ですと、人通りも自然と減っていくものです。皆さんの興味はあくまで表に出ているものですから」

「でも、僕たちのように別の通りへ行くために利用することもありますよね」

「はい、そうです」


 そう言ったところで女性は足を止めた。

 それに合わせてリベルも足を止めると、そこはちょうど路地裏の中間地点だった。

 立ち止まったことに疑問を覚えるリベルに、女性は振り返った。


「ですが、今は通りませんよ」

「それは……なぜですか?」


 嫌な予感がしているリベルは、慎重に女性の言葉に耳を傾ける。

 しかし、耳を傾けている時点で、リベルは失策を取っていることに気付いていなかった。

 注意すべきは、一点ではなかった。


「ここには今、人払いの魔法がしてありますから」


 その言葉と同時にリベルの後ろで物音がした。

 咄嗟に振り返ろうとしたが、その前に後頭部に衝撃が走り、リベルの意識が黒く塗りつぶされた。


              ♢♢♢


 宿の一室で、グレンは苛立ちをあらわにして椅子を蹴り上げる。

 時刻は夜。リベルの捜索から戻ってきたグレンが、泊っている宿へと戻ってきたのだ。


「くそっ!あいつは何でこうも!」


 昼過ぎになって目を覚ましたグレンは、置手紙でリベルが勝手に町へ出て言ったことを知った。そのことに関しては別によかった。知らないものを知ろうとするのはいいことだと、グレン自身も思っている。初めての王都なのだから、先に危機が迫っていたとしても息抜きぐらいはいいだろうと判断した。

 しかし、そのリベルは夕方になっても戻っては来なかった。

 焦ったグレンは急いで探査の魔法でリベルを探したが、リベルは見つからなかった。範囲を広げても同じこと。天然が入っているリベルのことだから、遠くへ行きすぎて帰れなくなったことは想定できるが、馬鹿ではないため途中で引き返そうとするだろう。方向音痴というわけでもあるまいし、そうそうリンベルの外へは出ないはずだ

 それなのに反応がないということは、地下にいるか、それとも反応しないように何かの道具が使われているか。

 どちらにしろ、楽観視できる状況ではなかった。

 そこで急いで外に出たグレンは、今度はより精密な探査をかけた。これでも地下にいたり特殊な道具が使われていたりしたらどうしようもないが、先ほどと違ってそれ以外に関してはより正確な情報を得られる。

 すると、一か所で奇妙な反応があった。

 その反応は魔法の反応。グレンは急いで反応のあった場所へと向かった。

 そして、そこに着いてグレンが感じたのは、ここだ、という直感だった。

 ここにリベルがいた。そして、この人払いと思われる魔法の中に入って、そこで襲われた。

 そこまで仮説を立てて、グレンは捜索を続けようと思ったが、もうすでに人通りは少なく、おそらく事件発生から時間が経ち過ぎていたので、グレンは宿に戻って明日に備えようと思って、苛立ちのために椅子を蹴り上げることになったわけだ。

 ただ、ここでイラついているのはリベルに対してだけでなく、みすみすとこんな事態に陥らせた自分自身に対してでもある。


(あの人たちに約束しただろうが!)


 苛立とが収まらないグレンは宿の壁を殴りつけようとするが、さすがにそこで理性が割り込んでグレンの手を止めた。


「くそっ……」


 所在なさげに手を開いたり閉じたりしたグレンは、そのまま悪態をついてその手を下ろした。


              ♢♢♢


 まず最初に感じたのは冷たい感触。

 自分の首筋に何か冷たいものが当たっていた。朦朧とする意識の中では水か何かかと思ってわからなかったが、しばらくして意識がはっきりしてくると、それが何かの金属であり、自分が細長い金属に背中を預けているのだとわかる。

 さらに、体は石が敷き詰められた床に座っていて、腕は後ろへ回されていた。腕を前に持ってこれないことと、両手首に圧迫を感じることから、どうやら金属製のポールに自分が縛り付けられているのだと理解した。

 リベルはパニックになりそうな頭の中を必死に整理しようと、大きく深呼吸をする。

 そんな時。


「おや、お目覚めですか、神の子よ?」


 突然、一人の女性が話しかけてきた。

 アグニ討伐計画は、明日。

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