第86話 獣人と首輪
今回の話は、ほんの少しだけ戻ります。
途中で切れたあのシーンです。
そして、このタイトルの『首輪』は、獣人視点にしてみました。
時間は少し戻り、グレンが戻る前の、獣人のみしかいないレストランでのこと。
この国においての獣人の立ち位置を理解したリベルは、宿屋の銀髪の少女のことを思い出した。
「そういえば、あの子も首に黒いの付けていたっけ……」
思い返すと、少女が宿屋の主人に怯えていたのは、ただ単にその主人が怖いというだけでなく、抵抗する力が今の少女にはなかったからだろう。
獣人の身体能力は非常に優れていて、魔法のあるなしをそこで帳消しにしている。
銀髪の少女くらいの年だと、個人差はあるとはいえ、平均的には今のリベルを余裕で越えるぐらいの身体能力は持っている。
グレンと比べるとさすがにまだグレンの方が上だが、それでも、宿の主人のような大男にでも十分に太刀打ちできるくらいの力はあるはずだ。
その力を完全に封じていることから、その首飾りはとてつもない代物だということが改めてわかる。
「銀髪って……アンナのことかい?」
リベルのつぶやきを耳に入れた女主人が、思い当たる所があったのか、そう言った。
「アンナというんですか?宿屋の受付をしている、銀髪で緑の瞳の子は……」
「その特徴なら間違いはないね。銀髪というのは人間でも獣人でも同じで、非常に珍しいのさ」
「そういうもんなんですね」
自分も銀髪であるのに、まるで他人事のような反応のリベル。
人間の方で銀髪が珍しいというのは理解できているが、それが獣人の方でも通用するというのは、あまり実感が伴わない。
リベルは人間と獣人を差別することはないが、事前知識がないものは、リベルにも判断のしようがない。
「あんたのその髪を見た時、一瞬、あの子の家族かと思ったよ」
女主人がリベルの髪を指差すと、リベルは自分の銀髪に触れた。
『綺麗な髪ですよ』
唐突に入ってきたソフィーの言葉に、リベルは苦笑した。
(いきなりのその発言は、何か関連性があるのかな?)
周囲の混乱を避けるために、リベルは頭の中でソフィーと会話している。
しかし、当の本人であるリベル自身が混乱しそうになる所は、残念なところだ。
もっともその混乱は、頭の中で話そうが話すまいが、ソフィーの言葉にリベルが対応するだけでリベルにのみ発生する混乱である。
頭の中で対応するのは、せめて両者がこんがらがることがないようにするためで、被害を被るのは少ない方が良いというものだった。
『関連性、というわけではありませんが、前から思っていたことなので……このタイミングで何となく言ってみただけです。何か、気に障るようなことでしたでしょうか?』
(いや、別に。一応……ありがとう……)
『どういたしまして』
リベルには、ソフィーが笑みを浮かべているのがしっかりと見えている。
さっきの叱っていた空気はどこへ行ったのやら、完全に切り替わっていた。
「そのアンナがどうかしたのかい?」
リベルがそのアンナという少女のことを口に出したことで、それが気になっている様子の女主人。
どうやら、他の獣人の人たちもそう思っているようだった。
「いえ、別にそういうわけではないですよ。さきほど会ったので、印象に残っていたというだけです。あの子はこの辺りでは有名なんですか?」
「そうだね。髪色のこともあるが、あの子のいるところの宿の主人が、あまり良い奴ではなくてね。いろいろと心配はしているんだよ」
「……助けたりはしないんですか?」
リベルは自然に気になったがために聞いただけだったのだが、それを聞いた獣人たちは全員が、ムッとしたような表情になった。
雰囲気から、さっきのように殴られることはないことは察することができたことは、リベルはホッとしていた
『ホッとするくらいなら、殴られなければ良かったのに』
(正論だけど、そうもいかないからね。ひとまず、今ホッとしていることが僕としては良いと思うけどね。そう思っているなら、一応の危機管理意識があるんだと思えるからね)
『それならそうで構いませんが、心構え云々は関係なく、今の発言は湿原だったみたいですよ』
(うん、それは肌ですっごい感じる)
肌にビリビリと来る空気に、リベルは足が震えそうになった。
自分よりもはるかに強大な相手に対して抱く恐怖とは別で、意思疎通ができて同じように考えることのできる相手だからこそ感じる、自然に含まれる冷たい空気もまた、恐怖の一種だ。
「助けられるなら、そうしているさ。だが、この首輪がある限り、私たちはそう簡単に動けないんだ。こうして獣人が店を経営することでさえ、かなり苦しいことなんだ」
「苦しい、というのは?」
「町中には、普通にこの国の軍の奴らがたくさんいる。そいつらが見回りをして、私たち獣人の行動を見ているんだ。それに応じて、私たちのこの首輪が絞まることだってある」
「つまり、逆らったら罰を受ける、ということですか?」
管理の仕方が、そんな見回りをする程度の軍の兵士に管理できるものであると、それはかなり危険だった。
それがわかったリベルは、獣人たちがどうしてこの状況を受け入れているのかがわかった。
受け入れざるを得ないのがわかった。
「私たちだって、あの子や他の仲間たちを助けたいさ。だが、そんなことをバレないようにするのは無理だし、バレでもしたら、私たちの命がない。それで誰か一人でも助けられるなら、私だってそうする。だが、それができない以上、無駄に命を散らすことはできないんだ」
その言葉は、まさに悲痛な叫びというものだと、リベルは思った。
決して、声を張り上げるわけではない。
大きな声を出すことも、強い声を出すこともしてない。
しかし、小さくとも、絞り出すように言うことには、そこに言う人の心が含まれているように感じた。
声ではなく、心の奥底で叫んでいる。
その静かな叫びが、リベルには聞こえてくるようだった。
「……一つ、伺ってもいいですか?」
リベルは人差し指を突き立てて、女主人に尋ねる。
「何だ?」
「もし、その首飾りが……あなたたち獣人を縛るものがなくなった時、あなたたちは、動くことができますか?仲間のために、動くことができますか?」
「当然だ」
リベルの言葉に、女主人だけでなく、他の店員や客までも同調して口々に意思を表明した。
「……わかりました」
「首輪を何とかできるのか?」
「それはわかりません。さきほど王宮の近くに仲間がいると僕が言いましたが、そっちがうまくいく保証なんてありませんしね。今はそれを待つしかありません」
「そうか……だが、それがうまくいけば、どうにかできるかもしれないのか?」
リベルの方へ、いくつもの期待の眼差しが向けられる。
その視線には、願望が強く含まれている。
獣人たち全員が、同じようなことなのだろうとわかった。
こういう眼差しに向けられ慣れてないと、普通ならどぎまぎしてしまうが、リベルは逆に心が落ち着いてきた。
「……僕は、別に皆さんの期待に応えるためにいるわけではありませんから、そこは理解していてください」
「それはわかっているよ。だが、光が見えるなら、それは良いことだ」
「良いことかもしれませんよ、確かに。ですが、ここまで信じているようなことをされれば、こちらとして心配になります。さすがに、人間を信じすぎじゃないですか?」
ここであえて、リベルは人間という表現を使った。
リベルを、ではなく、この国にいるようなのと同じ、一人の人間だ、と。
そう言った。
「僕は変なことを言っているのかもしれません。理不尽なことを言っているのかもしれません。ですが、それでも、僕は不安になることがあります。僕の仲間がうまくいけば、僕にはこの国の獣人を救う……いえ、解放する手立てはあります」
リベルは途中で言い直した。
ソフィーはその意図を、心が通じていることで理解できた。
それがとても憶病な理由であることを理解できた。
「強引なものであっても、一つの策としてあります。ですが、僕は思うところがあります。皆さんは、解放された後……どうするおつもりですか?」




