第84話 苛立ちのわけ
ソフィーはグレンの言葉に、首を傾げた。
『えっと、今の状況を受け入れているように見える獣人たちにイラッとくるってことですか?それって結構理不尽な言い様ですね』
「それはそうだな。何しろ、被害者にまで飛び火しているからな。普通に考えれば気遣うところだしな」
『ですよね~。それでも、リベルの考えはそれだと?』
「あぁ。リベルはお前も知っての通り、かなり優しいからな」
『ついさっきのグレンへの対応を見る限りでは、その片鱗があまり見えないのは、私の気のせいではないですよね』
「ま、まぁ、それは置いておこう。実際、リベルの記憶を見たお前なら、俺以上にわかっていると思うが?」
グレンが自信満々にソフィーに言ってきたのが、ソフィーにはムカッとくるところはあったが、それでも、否定はできなかった。
グレンの言う通り、リベルの記憶を見たからこそ言えるわかることがある。
『嫌なことに、グレンの言う通りですね。私が見た記憶でもそうですけど、今のこの状況でも、ちゃんと考えてるってことはわかりますね』
「考えてるって、何をだ?」
『グレンは忘れたんですか、<ハーモニクス>のことを?あれは、使用者が害悪と判断したものを排除するんですよ。やろうと思えば、この国のその制度という概念すら消し去れるんです。でも、リベルはそれをしない』
「しないと、どうして考えているということになるんだ?」
『前にも言った通り、<ハーモニクス>という魔法は、あらゆることに優先されて発動してしまう、非常に強力なものです。ですので、単なる物体ならともかく、制度という目に見えるわけではなく、様々な思惑が絡んでいるものに関しては、その制度だけでなく、制度を存続させているものまで同時に消してしまうんです』
ソフィーの言っていることが、グレンにはわかるようなわからないような、非常に複雑に思えていた。
「つまり……例えで言うとどうなるんだ?」
『そうですね。例えば、ある特定の建物を消したいと思うとするじゃないですか。そうすると、普通に消えてしまいます。それ以上のことは起きません』
「さっき言った、単なる物体ということだな?」
『はい。しかし、その消した建物が再び建てられることもあり得ます。そうならないように、その建築するための道具やら資材やら、設計図やら資金やら。とにかく、その建物を建築するのに必要なものがありったけ無くなります。そうすると、その建物は即座に修復に入れない。人間ですから、相当な年月が経てば再び挑戦はできますが、そこに長大な期間が空くことになります。要は、制度を消すというのはそれと同じです。その制度が立ち直る可能性を潰していくんですよ、今回の例は』
「それは……面倒、だな。考えてみると当たり前だ。その消す作業で、何に関連して何が消えるかわからないなんて、それじゃ、危なすぎる。もしかすると、人に命すら消えかねない」
『その通りです。ですから、リベルはそこのところをちゃんと考えていると言ったんです。そういうところを優しいというのなら、それは当然私も同意するところですね』
「……やっぱ、神の子同士でわかり合うってこともあるんだな。俺が少し外に追いやられている感があるが」
グレンもリベルのことをかなり理解しているが、ソフィーもリベルの記憶を覗いたというだけでなく、同じ境遇としての在り方もある。
肩身の狭い思いもしてしまう。
『あくまで、私は元、ですので、アドバイス程度しかできませんけどね』
「それができるだけましだろ。俺とリベルとじゃ、在り方が結構違うから、一緒にいるくらいしかできんし」
『それでいいんじゃないですか?グレンにできて、私にはできないこともありますし。それはそうと、リベルの代わりと言っては何ですが、私が言わせてもらっていですか?』
「何だか嫌な予感しかしないんだが、こういう時は第三者が間に入ってくれるものだよな?」
もはや期待を越えた願望を込めてリベルの方を向くグレンだったが、リベルは何も反応することなく、グレンをスルーした。
『無理ですよ。リベル自身も言っていたことですから、リベルは第三者ではありませんし、止める理由がありませんし』
「それって、俺に関することでいいか?俺の予想通りになるのは、避けたいんだが」
『えっと、リベル風に言えば……そうですね』
ソフィーは少し考え込み、イメージを固めた。
そして、それをグレンに向けて言う。
記憶の中のリベルに似せて。
『大丈夫。きっと、グレンの予想通りになってるから』
「あぁ、見事にリベルが言いそうなことだ。さすがは記憶を覗いただけのことはある」
『いい加減、覗いたという言い方はやめていただきたいところですが、今はそれはいいです。とにかく、私とリベルが言いたいのはですね、あなたが勝手に行動を開始したことについてですよ』
「やっぱりそれか~」
グレンは予感的中のために、天井を見上げた。
その際に、天井の木目が綺麗だな、と現実逃避まっしぐらの言葉を思ったのは、グレンの心の中にしまっておく。
『私たちは、一応はリベルを通しての仲間ということになっています。それなら、ひと声あってもいいんじゃないですか?』
「あぁ、そうだな。俺個人としては、お前たちに気付かれる前に終わらせられたらな、と思ってるんだよ」
『もう気付かれている時点で、そこは過去形にすべきところですね。まぁ、そこはともかくとして、早々と気付かれている今は、その弁明で済むと思っているんですか?』
「それは……最初から気付かれないとは思っていなかったけど、こんなに早くなるとはね。気付いたのは、リベル?」
『そうですよ。グレンが転移魔法を使ったのを感知して、どうやら王宮に侵入しているらしいということを言っていましたね』
グレンは王宮内でリベルに関して思ったことが、見事的中していたことに複雑な気持ちになった。
「その異常なまでの探知能力って、別に魔法を使ってるわけじゃないんだろ?神の子としての補正みたいなものか?」
『魔法でないのは確かですね。グレンや私が持つ魔力への反応が、極端に高いだけでしょうから。ただ、私が神の子だったときはそんなことはなく、今と変わらない探知能力だったので、おそらく、その異常なやつはリベル本来の才能でしょうね』
「才能かよ。まったく、羨ましい限りだな、おい」
「グレンが言っても、それは嫌味にしかならないよ」
「お前は突然入ってくるな~」
今度は寝返り打つだけではなく、体も起こしたリベルは、グレンたちに顔を向ける。
その顔は、さっきよりは不機嫌感は和らいでいるように見えた。
「それと、ソフィーが言ってた、仲間だから教えてほしかったっていうのは、僕はちょっと違う意見かな」
『どういう所が違うんですか?』
「どういうところ、ね。仲間っていうのは別にいいんだけど、教えてほしかったというのはあまり気にしてないかな。結果的に知ったんだから、あくまでそれは早いか遅いかの問題だったし。今回に関しては、その早さで何か問題が起きるようなことじゃなかったし。ただ、気付かれないようにしていたつもりなら、もっと気付かれない努力をしてほしかった。それが僕がイラつく理由でもある」
「それって、こっちが理不尽じゃないか?一応言うけど、気付いたのはお前の勝手という返しがあるが?」
「それが通用すると?」
「通用しないな。わかってる。だが、気付かれないようにしろって、それは一体どういうことだ?実際、リベルの探知能力がすごいのはわかってるから、それの裏をかくとか難しすぎるぞ」
グレンが本気で悩んでいると、隣でソフィーの押し殺したような笑い声が聞こえてきた。
「おい、どうした?」
『いえ、グレンもわかっていないな、と。そして、リベルはやっぱりわかりづらいな、と思っただけです』
「どっちも非難か……」
「俺がわかってないって、何がだよ?」
『気付かれたくないなら、気付かれないように努力しろって言ってましたよね。それを逆から考えるんです』
「逆?リベルの視点からってことか?」
『違います。前提を逆にするんです』
「前提を逆?それで何があるんだ?」
ソフィーがヒントを出しても、一向に気付く気配がないことに、ソフィーは自分のことではないのに、苛立ちを覚えてきた。
結局のところ、わかりにくく言っているリベルの方に非がありそうなのだが、そこを無視して、じれったいグレンに対してだ。
『気付かれたくないなら、気付かせるな。逆に、教えるつもりがあるなら、ちゃんと教えろってことです。私と似たようなことを言ってるんです』
「……マジ?」
ソフィーに向かって言った後、グレンは首の方向を変え、リベルの方を向く。
無言で、同じ言葉を表したグレンに、リベルはいつも通りの様子で言う。
「さてね。どう解釈するかはグレン次第だと思うけど?」
「あ、つまりそういうことね」
グレンの言ったことに、不機嫌から一転、少し恥ずかしそうにしたのは、誰にも気付かれていないと思いたかったリベルだった。
ここまでやって、リベルが悪い人に思えかねませんが、実はいい人だということを理解していただきたいです。
ただ、少し変わってるだけで……。




