第83話 ストレス発散
「あ、帰ってきたんだね」
いきなり宿の部屋に転移で現れたグレンに、リベルは気の抜けたように平然と言ってのけた。
そのことに拍子抜けしたグレンは、残念そうな顔をした。
「普通ここはドッキリするところだろうが。まぁ、普通の反応を期待した俺も俺で、無駄な期待だったかもしれないが、もう少しだけこっちの思い通りの対応をしてくれてもいいだろう?そうすれば、面白かったのに」
「そうやって悔しがって何を言おうとも後の祭りというやつだけど、グレンのその反応は僕の予想通りで期待通りだったから、個人的には面白くてオッケー」
ビシッと親指を突き立てるリベルに、グレンは再び敗北感を味わって、ただでさえ残念だったのに、そこに追加攻撃をくらった形になる。
この構図では、どちらが年上なのかがわかりづらい。
グレンの方が圧倒的に年上なのに、それが感じられないあたり、二人の距離の近さというか、逆の遠さというか。
「まぁ、そこまで落ち込まなくてもいいでしょ。グレンの行動は僕もやりたいと思うようなことだし、理解できるよ。だからこそ、僕も予想できたわけだし」
「相変わらずだな、お前は。そんなことを考えてたのか……」
「それを実行したグレンには言われたくないことだけど、一つ僕の予想を超えたことがあったね」
「何だ、それは?」
リベルに手玉に取られて拗ね気味になっているグレンに、リベルは相手を慰めるような優しい笑みを浮かべた。
「僕の予想としては、僕の真後ろに現れて驚かすということをやると思ってたんだけどね」
「なっ……その手があったか……」
「真後ろに突然現れて気配を出す方が驚くから、そう来ると予想と期待してたんだけど、それを見事に裏切って超えてくれたね。当たり前で平凡なやり方で、逆に驚く部分が無きにしも非ずだったよ」
「よし。お前は少し口を閉じようか」
ここまで手玉に取られるのもそうそうないな、と実感したグレンは、リベルの慰めの雰囲気を出した追撃を止めさせた。
ただ、リベルはそれでストレス発散できている分、いくらかすっきりしているところではあるだろうが、ここまでキツく言うのもなかなかないことなので、グレンはそこが気になった。
そこで、グレンはリベルの後ろに浮かんでいるソフィーへと尋ねる。
「リベルに何かあったのか?」
その質問に、ソフィーは苦い表情をした。
それが説明しにくいことなのだろうと察したグレンだが、それゆえに気になるということでもある。
「リベルが不機嫌になるようなことでもあったのか?あぁ、リベルはまだ黙っとけ。お前のストレス発散に付き合い続けるのは、骨が折れる」
リベルが自分で答えようとしたところを、グレンが一歩先に出てそれを食い止める。
それに不満そうな顔をするリベルを、グレンは無理矢理視界から外して、ソフィーへと向き直る。
『不機嫌になる、ですか。それはやっぱり、本人から聞いた方が手っ取り早いと思いますが』
「今言っただろ?骨が折れるって」
『あぁ……今のリベルを見る限り、それを納得できてしまうあたりが残念ですね』
もうリベルは拗ねているのか、ベッドに横になってグレンたちに背を向けている始末だ。
その様子を、グレンはやれやれといった様子で眺めた。
『グレンの言う不機嫌というのは、いくつか思い当たる所がありますが……やはり、あなたに当たってのですから、あなたに関することなのでは?』
「いや、それはどうだかね。俺のことでなくても、八つ当たりぐらいしてくるんじゃないか?」
『ひどい言い様ですね。否定はできませんが』
「だろ?」
「一応、本人がここにいることは忘れないでね」
ぼそっと唐突に投げかけられた言葉に、グレンは咄嗟にご機嫌取りのような苦笑いをした。
「まぁまぁ、そんなに不機嫌になることもないだろ?」
「はぁ、お前が黙っとけって言ったんだから、これ以上は言わないよ。先をどうぞ」
「あぁ、そう」
『……やっぱり、グレンのことで怒ってますよ、きっと。最大の理由がそれでしょうね』
「最大でない理由は?」
『そこで話題をサラッと逸らすのはどうでしょうね?』
ジトっと自分を見つめるソフィーの瞳に、グレンは滑らかな動作で目を逸らした。
「……それで、最大でない理由は?」
『拘りますね、そこ。まぁ、いいですけど、おそらくはこの国の現状に苛立ちを覚えているんでしょうね』
「だろうな。リベルって、口がや性格が時々悪い割には、時々優しい時があるからな」
『そこには、何か規則性が?』
すぐそばで当の本人がいるところでする会話ではないが、二人とも違和感なく続けていく。
リベルも、別にどうでもいいことだと割り切って、二人の話を聞き流す。
「規則性っていうか、基本的には面白そうだから、が一番だろうな」
『それはあまり良い性格ではないですね。オーリン村の時もそういうことで?』
「さぁな。幾らかあっただろうな。まぁ、あいつは受けた恩はできるだけ返す主義だから、その恩返しもある程度含まれてるんじゃないのか?」
『あんなに暴力を振るわれて恩返し、ですか?』
リベルの不当な扱いは、グレンよりもソフィーの方が見ていたのでよく知っている。
そこから判断するに、恩などあれで帳消しもいい所だったように思える。
「詳しくはわかんねぇよ。俺だって、あいつのことを何でも知っているわけじゃねぇからな。ただ、今回のこの国の現状にイラついてるってのは、理解できるところはあるな」
『それは私もわかります。あの扱いはひどすぎます。奴隷だなんて』
「あぁ、そうだな。それもあると思うが……リベル、お前は何にイラついてる?」
「は?」
先ほど黙っていろと言っておきながら、グレンの方から急に振ってきたことで、リベルは間の抜けた返事になった。
驚き、とまではいかないが、想定外であったのが確かだ。
リベルは寝っ転がったまま、体の向きを二人の方へ向けた。
「さっきまで僕に関する話を僕のいるところで、僕を交えないでやっていたっていうのに、ここで僕に聞くわけだ」
「しょうがないだろ?お前が不機嫌だったんだから」
「そう思うなら、今も絶賛不機嫌中の人に言わないことだね。まぁ、ストレス発散して少しは落ち着いているから、まぁ、別にいいけど」
「そうか。じゃあ、改めて、お前がイラついているのは、一体何にだ?本当に、獣人たちを奴隷にしているこの国の奴らに対してか?」
「そりゃ、そいつらにイラつくのは当然でしょ。そんな胸糞悪い制度を使っている奴らなんかと、同じ空気を吸いたくないくらい」
『気持ちはわかりますが、そこまで言いますか』
ここまでで一番過激なこの国に対するリベルの発言に、ソフィーは目を丸くした。
不機嫌になっていることもあるのだろうが、こうしてここまで悪い方向に饒舌になっているリベルを見るのは、リベルの記憶の中にもほとんどなかったことだ。
あったとしても、それはあくまで周囲の身近な人間に関してのみだったのだ。
『このことを国の人にでも聞かれたら、だいぶ面倒ですね』
「そこは俺が用心してるさ。声が外に漏れないようにくらいはできる。今はそんなことより、俺としては、リベルの考えが気になるんだよな」
『リベルの考え?』
「あぁ。こいつがただ単にこの国にイラついているようには思えない。こいつはそこまで普通の人間じゃねぇからな」
「それを当人の前で言うのは、なかなかひどいんじゃない?」
「まぁ、言い方はともかく、俺の考えでは、もう一つ、イラついてることがあるな」
『そうなんですか?』
グレンとソフィーの二人に顔を覗き込まれ、リベルは一度変えた体の向きを元に戻し、二人に背を向けた。
「それ、言わなきゃいけないこと?」
「できれば言ってほしいが……予想できてるから、言わなくてもいいけどな」
『それは一体なんですか?』
「言ってもいいか、リベル?」
「お好きにどうぞ。さっきまでもそうだったでしょ」
もう投げやりになって、リベルはグレンに丸投げした。
それだけ、ソフィー相手でもそのまま言うのは気が引けた。
グレンを通せば、少しは気が楽になる所だった。
そのグレンの考えが、間違っていたら間違っていたで、その後適当に対処すればいいだけのことだった。
「リベルの許可も下りたことだし……このことは、できれば他の奴らには言わない方がいいぞ」
『いや、私が言っても普通は気付きませんから』
「それもそうか。なら、言うが、おそらくリベルは……奴隷になっている獣人たちのもイラついてるんだ」
『へ?』
グレンの予想に間違いがなかったことに、リベルは安心するような、落ち着かないような、正反対の気持ちが内側にあった。
リベルが生意気に言いたい放題でしたね。
いつもよりもちょっと強め、だと思います。




