第81話 奴隷
「本当に大丈夫なのかい?」
「はい、問題ありませんよ。見ての通り、傷は完全に治りました」
「お前の言っていた幽霊の力で、か?」
「その通りです」
リベルは女主人に頷き、あらためて店内の人々を見渡した。
各々、警戒の色を示しているのは明らかだった。
このことから察するに、女主人の対応の方が例外的だということがわかった。
そして、リベルはそのまま全員に頭を下げた。
「本当に思っていることとはいえ、失礼なことを言いました。すみませんでした」
リベルは最初からこの流れになることもわかっていた。
自分の考えが正しいなどと自惚れているつもりはないが、それでも自分の考えはまちがっていないと思っている。
そして、獣人たちにも当人たちの考えがあるのはわかっている。
だからこそ、その考えの違いをただ拒絶するのでは意味がない。
拒絶せず、共有する方が賢明だと判断し、リベルはそのためにソフィーの防壁を邪魔なものとして無効化したのだ。
「そう謝ることではない」
リベルの謝罪に店内が困惑する中で、反応したのはやはり女主人だった。
「種族同士のいがみ合いが馬鹿馬鹿しいというのは、紛れもない事実だ。それは誰だってわかっていることだ。お前はそれをしっかりと公言できるだけましというものだ」
「そうでしょうか?結果的に怒らせるようなことになってしまいましたが?」
「確かにそうだが、お前は別に獣人を馬鹿にしたというわけではないのだろう?」
リベルは自分のことが見通されている感覚になり、しかしそれは今回に限っては悪い感じはしなかった。
「そうですね。むしろ、どちらかと言うと人間の方を馬鹿にしましたね。獣人を奴隷にするというのが、ちょっと納得がいかないです」
その言葉に、店内は驚きに満ちた。
これまでリベルのようなことを言う人と会うことが、そうそうなかったためにそういう反応になっているのだろうが、リベルとしてはそれすらも不可解と言えた。
これもまた、昔のことの当事者ではなかったから言えること。
しかし、それは責められることではなく、むしろ逆のことだった。
「お前はそういう考えをするのだな。珍しい」
女主人が感心したようにリベルに言うが、リベルは素直に首を傾げた。
「なぜ、珍しいのですか?こうして普通に生きて、意思疎通ができるのに、全く別の存在として扱う方がおかしいと思うのですが。結局のところ、人間と獣人の違いなんて、精々他国に住む者同士ということだけでしょう?そこにどうして迫害が生まれるのかは、理解に苦しみます」
さも当然のことのようにいうリベルに、店内は唖然とした空気に包まれる。
唯一、隣に立っている誰にも見えないソフィーだけは、嬉しそうにくすくすと笑っていたが、話が面倒になるので、リベルは今はそれを無視した。
店内は困惑で静かになっていて、空気が少し重苦しくなってきたので、リベルはこの際に気になっていたことを聞くことにした。
「あの、一つ伺ってもいいですか?」
「何だい?」
「皆さんは獣人と言いましたが、獣人の特徴は、人間とは違って獣の耳や尻尾があることです。ですが、皆さんの外見がどう見ても人間のそれと同じなのはどうしてでしょうか?確か、獣人は魔法が使えない種族のはずなので、変身魔法ではないですよね?」
リベルの言う通り、獣人は魔法を使えない種族だ。
人間族と魔族が魔法を使えるのに対して、唯一、だ。
しかし、その代わりに他の二種族を上回る身体能力を持っている。
その身体能力の源が獣人としての獣の力であり、それを示す耳や尻尾はあってしかるべきなのだが、この場にいる全員の姿は、人間と同じだった。
リベルのこの質問にも、誰もなかなか答えない。
ただお互いを見合って、俯き、そして、首元の首飾りに手を当てた。
それを見て、リベルはソフィーに尋ねた。
(ねぇ、あれって僕の思った通りのものなの?)
『私もちょうど調べたところです。リベルの考えの通りです』
(そう。あまり気分が良くないね。これじゃ、奴隷と同じじゃないかな?)
『自分の方が優位にあると思いたがる人は、どの時代にもいるものですよ』
(まぁ、優位に立ちたいっていうのは、僕にも理解できる感情ではあるけど、ここまでになると醜悪だね)
『それは私も同感です。オーリン村のことを思い出します。彼らは逃げ切ることはできましたが』
(そうだね。でも、逃げきれていない人もいるっていうのが、現状だね)
リベルは、現実が自分が考えるよりもよっぽどひどいものだと痛感した。
「その首飾り、ですか?」
リベルは他の人たちの代表のような女主人に尋ねた。
「そう……だな。まぁ、これのせいで獣人であっても、本来の力が出せなくなってる」
「出せなくなっててあれですか……本来の力ってのはすごそうですね」
殴られたときはかなりのものだと思ったが、あれでもまだまだ足りないということに、リベルは苦笑いした。
あの時はあえて受けたことになるが、本来の力でやられていたら、即死ということもありえたかもしれなかった。
「その首飾りのせいで、奴隷のような扱いになると?」
「そういうことだ。ここから逃げ出そうとしても、残念ながら王国兵には適わん。だからこそ、こういう場所が些細な安らぎになっている」
「……そうですか。いくつか伺いますが、この国にいる獣人はすべてがあなたたちのようにこの町に留まらざるを得ない状況なんですか?」
「そうだな。そうなっている。だからこそ、獣人たちはこの国を避けて通るようになっている」
「でしょうね。それでは次に、獣人の仲間たちはどうしてあなたたちを取り返そうとしないのでしょうか?もしくは、できないのでしょうか?」
「私たちが、人質だからな」
「人質って……あっ。そういうこと」
首飾りを付けられて管理されているなら、そこに何かしらの仕掛けがあって、命を握られているという可能性もある。
リベルは隣のソフィーに尋ねる。
(ねぇ、ソフィー。この国にいる獣人の数、どれだけいるかわかる?)
『そう聞いてくると思って、それももう終わってる。とは言え、数はちょっと多すぎる』
(どのくらい?大雑把でもいいけど)
『……およそ、五万人』
(ごまっ?え?)
『数が少し多いですよね』
(少しってレベルじゃないけど……今はそれはいいか。順番にやっていかないといけないみたいだ)
リベルは数を知って、あらためて気持ちを引き締めた。
『リベル。手を出すつもりですか?』
(まだ、わからないけど、もしかしたらそうなるかもしれないね)
『オーリン村の時とは、規模が違います。勝手が違いますよ』
(そもそも、あの時は僕はほとんど何もしていない。勝手も何もないよ)
『……本当にやるんですか?国一つが敵ですよ。アグニや黒蛇の時とは、かなり違いますよ』
(確かに違うかもしれないけど、でも、困っている人がいるのは同じでしょ。しかも、結構深刻な問題だし)
『何か問題が起こるかもしれませんよ』
(かもね。でも、その時はその時。ちゃんとやっていくよ)
『…………はぁ~。もう好きにしてください』
(うん。そうする)
渋々といった様子なのは見て明らかだった。
よほど危なくなったら、また止めようとしそうだったが、今はこのままでもいいようだ。
「皆さんが人質なのはわかりました。なら、そのシステムを壊してしまえば、皆さんは自由になりますか?」
「それはそうだが、いくらなんでも、国を相手にするのはリスクが高すぎる」
「でしょうね。僕もそう思います。だからこそ、必要な人材がいるんですよ」
リベルは再び感知して、大体の居場所がわかった。
この感知能力がリベル本来のものなのか、神の子ゆえのものなのかはわからないが、どちらにしろ便利なものだ。
「僕の仲間が、今王宮の近くにいるみたいなんですよね」
そう自信ありげに言うが、内心ではグレンの行動に焦り気味なリベルだった。




