第79話 空席の多い店
『いや~、かなり満足できましたね』
幽霊で体がないのに伸びをする仕草は、感覚的な爽快感があるのだろう。
生前の頃と同じような感じがしていて、それで気持ちいいのかは、リベルの想像の範疇でしかない。
「満足って、ずっと見てただけでしょ」
『それだけで十分に楽しめるものでした』
「僕にはさっぱりだけどね。どこがおもしろいんだか」
『それはですね~』
「あ、別に言わなくていい。聞かされても結局わかんない」
『え~?』
教会を堪能したらしいソフィーを連れて、リベルは再び街の散策に戻った。
お昼時だからだろうか、さすがに人が多くいて、身動きがとりづらい。
どこかで休憩したいと考えていた。
「ねえ、ソフィー。どこかにレストラン的なところはないかな?」
『少し待っていてくださいね。えっと……あ、ありましたよ。席もかなり空いているようですし、いいと思います』
「この時間帯で空いてるって、逆にすごいな。こっちとしては、願ったり叶ったりだけど。そこにしようかな。案内してくれる?」
『了解です』
ソフィーは敬礼のポーズをとって、リベルを先導し始めた。
空中を難なく移動できるソフィーと違って、周りの人に注意しながら移動しなければならないリベルは、少しどころかかなり羨ましいと感じた。
(こういう時、グレンも楽できるんだろうね。羨ましいったらないね)
『あの人は比べるの違うと思いますが』
一人での考え事のつもりだったのだが、リベルは予想外に返ってきた答えに驚いた。
(そうか。念話が通じてるんだった。前にも不便だと思ったな、これ。どうにか自由に開け閉めできないの?)
『案外簡単にできますよ。実際、ほとんどの場合では、私の心の声は聞いたことがないと思いますが』
(言われてみれば、そうだね)
いままで、念話に対して普通にソフィーが口で話すことに違和感は覚えてこなかった。
他の人にはソフィーの声が聞こえないので、ほとんど念話と同じような認識だったのだ。
(じゃあ、こっちからも声が届かないようにできるわけ?)
『できますよ。結構簡単に』
(だったら、早めに教えてくれればよかったのに)
『すみません。うっかりしてました』
そう言って、ソフィーは振り返りざまにぺろりと舌を出した。
(それ、謝ってるになるのは、限られたシチュエーションだけだと思う)
『でしょうね。でも、リベルなら大丈夫でしょう?』
実に簡単に言うソフィーに、リベルは心情的に複雑に思えて苦笑いした。
(それは、なめられてるってことになるかもね)
『そこは、絆の証、とでも言っておきましょうよ』
(こんなんで証になるんだったら、絆っていうのは、もっと楽だと思うよ)
『そこは人それぞれでしょう』
(まぁ、そう言ったらそれまでだね)
『あとで教えてあげますから、ひとまずはここに入りましょう』
ソフィーの案内で到着したそこは、レストランというこじゃれた感じではなく、食堂のような庶民的な雰囲気を持っていた。
「ここの席がかなり空いてるんだ。意外だな~。僕はこういう雰囲気は好きだけど」
『私もそうですね。こういう所は、落ち着いている感じがしますしね』
「やっぱそう思う?そういう人って、結構いると思うんだけど、人は入ってないんだね」
『そういうこともあるんじゃないですか?』
「それもそうだね。じゃあ、入ろうか」
リベルは、開店と書かれた札がぶら下がる戸を開け、中へ入る。
「「いらっしゃいませー」」
戸の上部についている鈴がカランコロンと鳴り、それに反応した店の店員たちが条件反射であいさつをして、リベルの方を見た。
そして、その瞬間に、その場にいた店員だけでなく客までもがリベルを見て固まっていた。
「えっと……」
リベルは自分に集まる視線の意味がわからずに困惑していると、奥にいるこの店の主人と思われる女性が、店員たちに言った。
「お前たち、お客さんだよ」
「で、ですけど……」
「客だと言っているだろ?」
反論しようとした店員に、女主人はぎろりと視線を向けると、その店員は黙って素直に従って、リベルへと近づいてきた。
「どうぞ、こちらへ」
その店員は、表情は固く、声も緊張の色が見え、リベルはあまり居心地がいい気がしなかった。
しかし、せっかく入ったのだから、何か食べようという考えの方が勝り、店員について行ってカウンター席に腰を下ろした。
そして、ソフィーはその隣に、座っている風に浮いた。
リベルの目の前には、先ほど店員を睨んだ女主人がいたので緊張するところはあったが、隣にソフィーがいることが少しは支えになっていた。
「何にする?」
そう尋ねてくる女主人は、リベルの苦手な高圧的な雰囲気を持っていた。
リベルはそれから逃れるように視線を上げ、メニューを見た。
しかし、それらがどういうものかなど、リベルにはよくわからなかった。
初めて入る店では、世間で王道のものを頼むのが妥当なところだが、ここには個性的な料理が数多くあるようで、なかなか決められない。
しばらく悩んだリベルは、仕方なく自分で考えるのをあきらめた。
「えっと、ここで一番人気のをください」
「あいよ」
女主人は返事をして、調理に取り掛かった。
それをずっと見続けるのも気が引けたので、周囲を見渡してみた。
老若男女、様々な人たちが食事をしているが、皆一様にリベルから遠ざかろうとしているように見えた。
物理的には少しだが、精神的にかなり引いている気がした。
「ど、どうぞ」
カタッ、とカウンターに水の入ったコップが置かれたのに気付いたリベルは、振り返って条件反射でお礼を言おうとした。
しかし、そのコップを置いた店員はすぐさまその場から離れ、リベルは唖然として礼を言うことができなかった。
どうしてここまで避けられているのかが全く心当たりがないリベルは、表面では平静を装っているが、心の中では悩みで頭を抱えている真っ最中だった。
『随分と大変ですね』
唯一リベルの心の中が聞こえるソフィーは、笑顔でリベルへ言った。
(大変だってわかってるなら、少しは手助けしてくれてもいいんじゃないかな?)
『まぁ、しばらくの辛抱じゃないですか。それよりも、食事を待っている間に、さっき言った心の声を遮断する方法を教えます』
(今ここで?そんなにすぐにできることなの?)
『はい。さっきも言いましたけど、簡単にできることなんです。なにせ、ただ自分の心に壁を作るイメージをするだけでいいんですから』
(壁?)
さも簡単そうに言うソフィーだが、リベルにはいまいちイメージが付かない。
心という見えないものに壁を作るというのは、想像するには困難だ。
(具体的にはどうやるの?)
『具体的、ですか?そうですね…………やはり、壁を作るイメージをするとしか……』
(……一つ確認なんだけど、そのイメージさえできれば、こっちの思考は遮断できるの?)
『それはまちがいありませんよ。私もそうしていますし』
(そうなんだ。じゃあ、僕にもできそうな感じがするね)
『簡単にできるといいましたよ。ですが、今は閉じない方がいいかもしれないですよ』
(ん?どうして?)
リベルの心の声にソフィーは答えることなく、タイミング的に答える形になったのは、調理で手を動かしている女主人だった。
「あんたはさ、どうしてこの店に来たんだい?」
「……それは、この店が空いていたから、ですね。それ以外にはありませんが」
「そうかい。じゃあ、あんたは何も知らないんだね。旅の人?」
何も知らない。
その言い様にムッとするところがあったリベルは、少し強めに返した。
「そうですが。それが何か?」
それに対して、女主人の方は、口調は落ち着いていた。
「いや、まぁ、ここが獣人が務める店だからね。人間が出入りすることはほとんどないんだ」
「獣人……。ということは、あなたは獣人なんですか?」
「あぁ、そうだよ。あたしだけじゃなく、この店の中にいるのは、全員が獣人さ」
リベルは店の中を見渡した。
女主人が言った獣人のその人たちは、リベルに警戒の色を示していた。
そして、リベルは見た。
全員の首に、黒く光る首飾りがあることを。




