第78話 縛りと期待
「僕としては、そういう変なのは別にどうでもいいんだけど、あまり見苦しくしないようにね」
『見苦しい!?私はそんなにひどかったですか?』
「変態に見えたって言ったでしょ。そのまんま」
『そんな~』
「……そんなことより、協会が気になるなら入る?人が多くて面倒だけど」
『いえ、入る必要はないですよ。私は透視ができますから』
自分の目を指してそう言うソフィーに、リベルはもう呆れるしかなかった。
ソフィーに、というよりは幽霊というものに、だが。
「それって、幽霊特有の技能だったりするの?」
『そうではないですよ。そう言う魔法です』
「ん?魔法は使えないって言ってなかったっけ?」
『正確には、大気中の魔力を使うのが難しいってことですね』
「それでも、まだ使えないんじゃ……」
先ほどのグレンとの会話では、そういうことを言っていたような気がするリベル。
ソフィーの言葉に首を傾げる。
『はい、ついさっきまでは使えませんでしたよ』
「は?ついさっき?」
『ついさっきです。確かにグレンに話した時は使えませんでしたけど、今は使えます』
「えっと……何で?」
急すぎるできます宣言に、リベルは困惑する。
そんなリベルの質問に、ソフィーは首を横に非ねって考える素振りを見せた。
そして、すぐにピンと来たようで、笑顔でリベルに言ってきた。
『もしかしたら、私の教会に対する情熱がそれを可能にしたんだと思います』
さも自分の教会に対する好奇心が素晴らしいもののように言うソフィーだったが、ついさっきのソフィーの変態のような様子を見ているリベルとしては、ソフィーの言葉を別の意味で解釈した。
そちらの方がしっくりとくる。
「なるほど。変態の執念か」
『変態変態うるさーい!そんなこと言ってないで、早く教会を見ましょうよ』
「そう言われても、僕はそういう魔法は使えないよ」
『視覚の共有ができるじゃないですか……』
「それも少し抵抗があるんだけど、さっきのを見る限り」
『そ、それは、まぁ、気にしなくてもいいと思います』
「それを君が言うのは、少し違う気がするんだけど……」
気にしなくていい、と言うのは、どちらかと言えば、納得してからリベルが言うものだ。
ソフィーが言うにしても、今ではあまり説得力がない。
『じゃあ、見なくていいですね?』
「まぁ、そこまで教会自体に興味はないし、ソフィーが気の済むようにやったらいいんじゃないかな?」
『そうですか。では、私は堪能させてもらいますよ。えへへ』
さっそく逆戻りした顔は、二度目となると感じ方が変わって、もうこのまま放っておいてもいいように思えた。
ただ、明らかに自分の世界に浸っているソフィーだが、幽霊であることの特性を生かして教会に近づくということはせずに、リベルの近くを動かないというのは、ある程度はちゃんと理性は残しているのだから、そこは好感が持てた。
もっとも、プラスマイナスで言えば、マイナスになりそうなところだ。
「そこまでか。人の趣味は人それぞれだからね。簡単に理解できないこともあるさね」
そう言ってみるが、ソフィーはもう反応しない。
よほどのことがないと反応はしなさそうだ。
リベルも半分独り言だと思って言っていたため、スルーされても思うところはなかった。
ここまで結構リベルの勝手に突き合わせてきたような気がしていたので、こうしてソフィーがやりたいようにやっているのは、旅の仲間として、リベルは良かったと思っている。
「ソフィーはこんな感じだけど、グレンはどうかな。約束に縛られ過ぎな気もするけど。まぁ、その約束をさせた両親も両親だけどね。過保護にされている身としては、そういうことも思うかな」
リベルは十歳になる前に、両親を亡くした。
ある地域の内乱に巻き込まれて、死亡した。
当時のリベルは、グレンとともに少し離れた町にいたこともあって、死亡の連絡は相当に遅く、両親が死んでから、数カ月経った後だった。
両親が亡くなる前から、グレンは良く二人の手伝いをしていたが、亡くなってからはさらにやるようになった。
手伝いと言うよりは、遺志を継いで、ということだろうが、そうして今まで生きてきている。
リベルは時々思うのだ。
そんな風に縛られていて楽しいのか、と。
そんな風に自分の意思を排除した生き方で、本当に生きていることになっているのか、と。
しかし、それらは思うだけ。
いつも他愛のないことならズバズバと言って、重要なことなら躊躇なく言っていくようなリベルも、人の生き方に口を出していける勇気はなかった。
それに、今のグレンの生き方を否定したら、ここまでのリベル自身のこと、そして両親のことを否定してしまうような気もしていた。
それが怖かった。
(両親、か。優しかったのは覚えているけど、それ以上はなぁ。小さい頃からグレンといることが多かったから、あの二人は少し親戚の人っていう感覚だったんだよね。両親だ、という風に認識したのは、たぶん、二人とも死亡したと知らされた時かな)
教会にのめりこんで、嬉々とした顔を浮かべているソフィーの横で、リベルは顔を伏せる。
意識はしていないが、何となくそうした。
そうしている方がいいと感じた。
(まぁ、それをいまさら思い出しても、何があるのかは不明だけどね。だいたい、グレンもグレンで二人のことをあまり言わないから、大雑把なことしか知らないんだよね。あいつも何を考えているのやら……)
グレンはリベルの考えがわからないとよく言っているが、リベルの方もそうなのだ。
ただグレンと違って何も言わないだけで、グレンのことでわかっていないことはリベルにもたくさんある。
それをグレンは意識していない。
リベルやその両親と長くい過ぎたせいで、自分がどういう存在なのかを忘れて、本来なら抱える必要のない悩みを抱えてしまっているのが、グレンだとリベルは思っている。
(何をしようにも僕が中心。そうされる方の身にもなってほしいものだけど……無理だろうなぁ。あいつにとっては、僕はどこまでも世話をするべき相手に変わりはないんだからね。それを自分で意識できちゃう辺りが、あまりいい気分がしないな。グレンももう少し融通を聞かせてくれればいいのに)
リベルはそう思いながら、振り返った。
斜め上に見るその視線の先には、青い空。
しかし、リベルには全く違うものが見えていた。
「グレンは忘れてるのかな。僕の魔法に対する感受性が高くなってること。そのおかげでオーリン村の結界も見つけられたのにね」
呆れながらいうリベルの先には、微かな気配。
それはどこに向かっているのかはわからないが、それでも知っているものだった。
追いかけるべきか。
一瞬だけ躊躇した。
このまま放っておけば、またグレンの世話になるような気がした。
何度も何度も迷惑をかけるのは、リベルとしても心苦し所はあった。
しかし。
(どうでもいいこと、かな)
そう自分に言い聞かせて、グレンのことは気にしないことにした。
何か必要なことがあれば相談してくるだろうと、そう期待した。
いや。
期待したというよりは、期待したかったのかもしれない。
グレンも、自分を頼ってくる日が来るのだと。
そう信じたかったのかもしれない。
信じることで、リベルという人間の価値を認めたかったのかもしれない。
色々なことは考えられる。
考えられてしまうほど、リベルという人間は、足りていなかった。
足りていないからこそ求める。
そう思って、リベルは気配を追うのを止めた。
周囲の喧騒が、リベルの耳に良く聞こえてきた。




