第77話 緩みまくり
今回の話は……あまり、本筋とは関わってはこないことですね。
単なる事実的確認、説明のような。
人ごみをかき分けながら進むリベルは、その斜め上で、何も邪魔するものがなく楽に進んでいるソフィーのことが羨ましくなった。
「幽霊ってそういう所が便利だよね」
『幽霊というのは別に体質と違うんですが。それに、意図的に幽霊になったわけでもないですし』
「ん?どういうこと?」
『リベルは、人間って便利だよね、とか言われたらどう思いますか?』
幽霊というのを人間に変えただけで、リベルはその言葉に実感が持てた。
「なるほど。それは言われたくないね。言うなら、幽霊ってすごいね、かな」
『そこら辺が妥当なところですね。気を付けていないと、そういうことで獣人や魔族たちと問題を起こしますよ』
「つまり、自分の身に置き換えて考えてみろ、と。そういうことだね」
『物分かりが良くて、助かります』
そう会話しながら、何とか通りの人ごみを抜け、教会前にまで到着した。
リベルにも途中から目に入っていたが、ソフィーの言う通り、かなり多くの人が教会前に集まっている。
教会の扉が開け放たれていることから、中に入れない人たちが外にあふれているといった感じか。
「予想よりも多い。ていうか、少し酔う」
顔を青ざめてリベルは、青く広い空を見上げる。
この爽快な空でも見ていれば、少しくらいは気分も良くなるだろう。
『確かに、これだけの人がいるのはすごいですね。何か有名な宗教とか、あとは司祭とかですかね?』
「さぁ、知らないね。僕は教会とかにはあまり興味ないし。両親は、どこかの教会で演奏会を開いたことがあるらしいけど」
『へぇ~。優れた方たちだったんですね』
「そうかもね。近くにいるとそのありがたみだとか、すごさがわからないからね、なかなか。グレンはすごい人だとは言っていたけど」
『だったらすごいんじゃないですか?一応、第三者の目という奴ですし』
「そうだね。家族感が強い第三者だけどね」
小さいことからずっと一緒にいたリベルとしては、グレンはもはや家族同然だった。
実際、両親はグレンのことを息子のように思っていたようだ。
グレンもその環境を良く思っていたように見える。
『結局のところ、その人のことをどう思うかなんて、人それぞれの主観でしかありませんからね。自分でそれに納得しているなら、それでいいんじゃないですか?』
「それは僕の両親のこと?それともグレンのこと?」
『その両方ですね』
「なんとも面倒なことを言うのかね」
『はははっ。他の誰でも、リベルには言われたくないですね』
「面白いこと言うね。じゃあ、グレンに言われるのは?」
『それはもっと嫌です』
拒絶するように、ソフィーは即答した。
その予想通り過ぎる答えに、リベルは笑いを堪えられない。
「はははっ。やっぱり、ソフィーとグレンは相性が悪かったりするの?」
『いいためしがないです、って、そんなことはいいじゃないですか』
「え~?面白いのに」
『そう思われるのが、私の存在価値というわけではありませんから』
「そりゃ、そうだけど……まぁ、僕もそこまで言うつもりもないからいいけどさ、別に」
『でしょうね。あなたという人はそういう人です』
「どういう人なのかは気になる所だけど、ここは聞かないことにしておこうかな」
『その方がいいです。そんなことよりも、私はこの教会が気になりますね』
リベルはちらりとソフィーの横顔を見ると、その目は興味津々という感じで、輝いているというのはこういうことか、と実感した。
「ソフィーは宗教とかに興味あるの?」
『えっと、少し違いますね。宗教というより、教会という建物に興味があるんです?』
「教会に?」
人が集まる教会を、リベルはそのてっぺんまで見上げる。
屋根の中心に金に輝く十字は、太陽の光を反射して、神秘的に見えた。
「確かに同意できるところはあるけど……君のそれは少し違わない?」
リベルが頬を引きつらせて見ているのは、完全に弛緩しているソフィーの顔だ。
口の端が吊り上がり、目の端は緩み、顎は下がり、両手は今にも遠くの教会に飛びつきそうな様子。
(ていうか、これって緩んでいるっていうより、もっと行って変態にしか見えないんだけど)
ソフィーは幽霊であるから基本的には誰にも見えないが、今はリベルが見ているし、銀髪の少女の例外もある。
幾らかは残っている理性で、好奇心を抑えているみたいだ。
そして、それをリベルはかわいそうな目で見る。
(これは……やばい。この状況でも、頭が冷静に働くんだけど。ここ最近の常識外の出来事のせいで、メンタルが強くなってるとか?)
リベルがここまでしてきた経験は、今までの十六年間でしておらず、そしてあのままナルゼで普通に生きていたら、絶対に味わうことはなかっただろう。
それだけ濃すぎる経験をしてるので、精神面はかなり鍛えられている。
特に一番最初のアグニ一件があったおかげで、今日のリベルがあると言える。
そう言う意味では、リベル本人としては癪だが、感謝できる出来事だったのではないかと思っている。
(ただなぁ、ずっとここにい続けるのは、さすがに精神的疲労が強すぎる。あの時みたいに逃げるという選択肢も……ないな、これは)
リベルはグレンのことを思い出して、この場からソフィーを置いて去るという作戦を却下した。
一度王都に言って攫われた後に、こっぴどく叱られたのだ。
そのことを思い出すと、ソフィーと一緒にいた方が、保険としては良いのかもしれなかった。
リベルを攫った英知の神託教団にも、グレンに対しても。
(そうなると、ソフィーを正気に戻す方がいいか。こういう人種とはあまり関わりたくないんだよなぁ。普段がまともだから、いくらかマシとは言え)
リベルはため息を吐きたくなるのを、一応こらえておいた。
ため息を吐いてしまったら、さらに疲労がたまりそうだったからだ。
時には正面から認めることで、被害を最小限にすることも必要だ。
(とはいえ、どうしたもんか。こいつ幽霊だから触れられないし、普通に声をかけて戻ってきそうもないしな)
ちらりとリベルが見る先でソフィーはもう餌を前にした獣のよう。
せっかくの綺麗な顔が台無しになるほどの。
(かといって、大声で叫んでも、一人で奇怪な行動をしているやつとか思われて、注目を浴びたくないしなぁ。本当に、どうしたものか………………そうか。この思考って、繋がってるんだっけ)
何度も説明したくないと言っていたことで、ソフィーがリベルの記憶を覗いたということ。
それを成しえたのは、リベルとソフィーの意識に共有部分があるから。
思考も繋がっている。
最近はグレンもいたため、思考での会話をしておらず、すっかり忘れていた。
この思考での会話を使えば、大声を出さずに、大声を伝えられる。
「まったく、面倒なことこの上ない。元々、ソフィーがおもりのはずだったと思うんだけどな」
いつの間にかリベルが面倒を見る形になっていることは、この際置いておいて、リベルは自分の思い描いたとおりにやっていく。
(本来は向こうの方から切ってるって言ってたっけ?でも、繋がってることに変わりはないから、無理矢理に呼び出せば行けるのかな。窓の外から呼びかけるのと同じ感じで)
思考で大声を出すということをすることがないので、些か勝手はわからないが、ひとまずやってみることにした。
(まぁ、無理だったら、諦めるか)
リベルは一息深呼吸して……大声。
(少し落ち着いて、僕の話を聞け!!!)
その瞬間、ソフィーの体がビクッとなったように見え、次にゆっくりとリベルの方に振り返った。
『あれ?私、何か変な感じになってました?』
「変、というか変態そのものに見えた」
『それを真っ向から言います?』
「言わないとダメな気がした」
『生前にも気を付けるようにって言われたのを思い出します』
「当時の人の苦労がしのばれるよ」
今は幽霊で実害などはないが、生きている頃は一体何をしたのか、興味があるような、聞くだけ無駄なような。
そんな感じがしているリベルだった。
ソフィーの完璧ぶりから、少しは手を入れてやろうと思いました。




