第76話 個人と一人のため
「あ、そういえばさ、もともとシュトリーゼ王国って、エクリア王国から領地を奪って作ったって言ってたよね」
『はい。それは間違いないですが、いきなりなんですか?』
「シュトリーゼ王国があった場所って、昔はどんなところだったのかなって思ったんだけど」
『何だ。そんなことですか』
ソフィーが呆れたように返すことに、リベルは訳がわからなかった。
リベルとしては変なことを聞いたつもりはなかったのだが。
『あそこはただの草原だったんですよ、何もない』
「え?じゃあ、何もないところに国を作ったの?」
今の栄えているシュトリーゼ王国からは想像もできなかった。
人が住む前はそこには何もないというのは、歴史の観点から見れば至極当然のことなのだが、それと理解できるかは別問題。
「たった五百年であそこまでになるんだね。こっちの国と技術レベルが同じように見えるけど」
『そうですかね?若干、こっちの方が進んでませんか、ここらの家を見る限り』
ソフィーが周囲を見渡して見るのに合わせて、リベルもシュトリーゼ王国とは違った街並みを眺めて、新鮮な気分を味わっていた。
『あらゆる技術は、今の所シュトリーゼ王国の方が遅れていると思うのですが。まぁ、違いはわかりづらいですが』
「うん、そうだね。わかりづらい。ソフィーは実際に今のあっちの国を見たことはないのに、どうしてエクリアの方が進んでいるってわかるの?」
『それは、私が一度覗いたときに見たからですよ』
「覗いたって、何を……あぁ、僕の記憶か」
ソフィーがリベルの記憶を覗いたことがあるというのを、リベルはすっかり忘れていた。
そういう本来はあり得ないことは、実感としては沸きづらいため、なかなか覚えていられないのだ。
『何度も何度もこのことを言わなければならないのも嫌ですから、いい加減覚えてくださいね』
「ふふっ。確かに面倒そうだね。善処するよ」
『えぇ、そうしてください』
リベルはこうしてソフィーと声を出してしゃべっているが、傍から見ると、一人で誰もいない空間にしゃべりかけている変な人という風に見られる。
実際に、リベルとすれ違う何人かの人は、リベルを訝し気にちらりと見ることはあった。
それに気付いていない二人ではない。
グレンがおらず、二人だけの場合は腕輪を介した念話で会話ができる。
この念話はグレンにも聞こえず、完全に防音もできる。
しかし、リベルはそうして頭を使ってしゃべるというのに慣れていないため、断然口で話した方がいい。
変な人と思われても、気にしなければそれでいいという考えでもあったのが幸いしている。
『ん?あれは教会かな?人が集まってるけど』
「え?どこ?」
ソフィーが見ている方角を見るが、リベルにはただの家の並びしか見えず、協会は全く見えない。
何となく背伸びもしてみるが、それで見えるのなら苦労はない。
「ソフィーはどこを見てるの?」
『この方角ですけど……そうか。高さの問題で見えないのか』
「なるほど。そういうこと」
ソフィーは草原を進んでいた時は地に足を付けて歩いていたのだが、こうして町中に入ってからはずっと宙に浮いている。
本人曰く、自分は透けるから、他の人と姿が交わって気持ち悪くなるとのこと。
リベルも想像してみたが、確かに実際には見たくないものだった。
壁をすり抜けるならまだしも、人をすり抜けるのは、見ている側にはよろしくなかった。
そんな配慮でリベルよりも目線が高くなっているため、今のソフィーにはリベルよりも遠くが見えている。
「まぁ、見えなくてもいいけど、人が集まってるの?」
『そうですよ。数えるのが嫌になるくらいは。何かの集会ですかね?』
「集会か……。観光も含めて行ってみるってのも悪くないかもね」
『おっ、それはそうですね。幽霊が教会に行く。いかにもな感じじゃないですか?』
「僕としては、その幽霊に対する独特の先入観が薄れてるからな~。僕は何とも思わないかな」
『そこは思いましょうよ』
「うん、すごく思う(棒読み)」
『あ、もういいです。教会に行きましょう』
「ははっ、そうだね」
『棒読みからの笑顔って、一体どんな顔してるんですか?』
「ん?こんな顔」
『いえ、意味がわからないので、もういいです』
ソフィーはまたしても呆れ、ため息を吐いた。
♢♢♢
リベルとソフィーが出て行ってからしばらくして、グレンはベットに倒していた自分の体を、勢いよく起こした。
「さて、そろそろいい頃合いか」
グレンは窓際まで寄ると、さっきリベルと見下ろしていた町をもう一度眺める。
リベルが言っていたように、半分近くの人に黒い首輪が付いていた。
「あいつもいい所に目を付けるよな。あれで知識もそれなりに持ってたら、十分に優秀なんだがな。性格を抜きにして。ははっ」
自分で言っておいて、やはりリベルの難点は性格だなと思うと、笑いがこみ上げてきた。
性格も個性で、それが短所となっているのは人間らしいと言えばそうだが、グレンからするとその短所が目立つ。
「まぁ、あいつはそこまで親しくない人には、性格悪いところを素で見せないからな。人付き合いに不利になるようなことにはならないと思うが……それは俺が気にすることじゃねぇな」
いつもの通りにリベルは自由に生きていれば、グレンとしては満足だ。
今はそのやりたいことをやっているのだから、ある意味では幸せだろう。
やりたいことができているという意味で言えば、の話で。
「あいつが首輪に気付いた。あの時は誤魔化したが、きっと疑問に思っただろうな。あれは確実だ。あぁ、なったら、もうきっかけさえあれば嫌なことになるな」
グレンはリベルの性格をよく知っている。
オーリン村では結果的に村人たちを守ったと言えるが、あれはあくまでリベルがやりたいようにやっただけに過ぎない。
誰かのためという理屈を、善意であげることは絶対にない。
「まぁ、そういう性格だから、積極的に関わることはないだろうが……もし、何かリベルの気に障るようなことがあれば、かな」
その先を想像するのは、グレンだからこそしたくないことだった。
リベルのことを昔からよく知るリベルだからこそ、したくなかった。
昔はリベルも幼かった。
やれることには限りがあった。
しかし、今はどうだろう。
まだ大人ではないのは変わらず、やれることに限りがあることも変わらない。
だが、やれることは増えている。
特に、グレンをうまく使えば、リベルは自分の思い通りの結果に持っていけるということをわかっている。
「ホント、あいつはあれでまだ十六なんだよなぁ。その年で俺を使うとか、マジで笑える。ていうか、俺にも使われている俺が想像できてしまうのが、なんとも言い難いな」
その言い難い状況にならないのが一番なのだが、生憎と、そう簡単に物事は進まない。
そもそも、グレンはこのエクリア王国には用があった。
グレンの個人的なことでもあり、リベルの夢のためでもある。
リベルの夢に、今のエクリア王国は都合が悪かった。
「今回のことは俺の方から始めるから、あまり迷惑はかけたくねぇが……始めた時点で迷惑になるだろうな。そうなった後が怖いが、できるだけやるしかねぇ。リベルが関わってくる前に、あいつの関わる余地をなくしておく。そうしないと、あいつ自身も大変なことになる」
一人でやるときめいている。
しかし、全てうまくいくとも自惚れていない。どこかしらで何か不具合が起きるの、重々承知だった。
「それでも、一番に願うのはやっぱ、あいつの願いが叶うこと、だな。そうだろ、キリルス、ミシュア」
グレンはそうして、二人への誓いを新たにした。
こうして書いていて、早くグレンの素性について書きたいと、常々思います。
読んでいただいている方々も、グレンについて疑問に思うことはあると思います。
素性が明らかになるときは、いいシチュエーションにしたいですね。
それまでは期待していてください。




