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虹の調律師 ~光と調和の軌跡~  作者: 二一京日
第二章 戦争の予兆
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第75話 銀髪の少女

 一度首飾りを意識すると、町を出歩いているとそればかりが目について、当初考えていた観光が思う存分できないところだった。

 リベルとソフィーは別に、目についたとしてもそこまで気にしないようにできるため、観光にはさしたる障害はなかったのは幸いだった。


『それで?さすがに暗くなる前に戻らないといけませんから、そう長くは観光はできませんよ』

「う~ん、そうだね。とは言え、どうにもね。この辺りって、外からくる人が多いから、必然的に食事関係の所が多いんだよね」

『では、食べ歩きですか?』

「そうしたら、ソフィーは参加できないでしょ。幽霊だから食べられないんだし」

『気を使ってくださるんですか?ありがとうございます』

「いや、いいよ。それに、ソフィーだって町を見るのもいいんでしょ。僕も他の国だとどう違うのか見たいから、町を歩いて行くってことにしようか」

『はい!』


 元気よく返事をするソフィーを連れて、リベルは町の歩き回ることにした。

 珍しい建物が多く、二人とも大いに満喫していた。


              ♢♢♢


 宿の受付で、銀髪の少女はきりっとした表情で席に座っていたが、その頬は赤く腫れ、そこにいることを無理しているように見えた。

 それは見れば明らかだが、誰もその子に声をかけることはなく、宿を出入りする人たちはその子を一瞥するだけで、何もしない。

 その子も声をかけてもらえるとは思っていないのか、ただそこにポツンといるだけだった。


「おい」


 背後から声をかけられ、少女は体をビクッとさせ、振り向いた。


「俺はこの後少し用事があるから、お前はちゃんとここで仕事してろ」

「は、はい……」


 か細い声で言う少女に、男は苛立ち、少女の綺麗な銀髪を掴んで無理矢理立たせた。


「聞こえねぇよ。しっかり言え!」

「は、はい!」


 髪を引っ張られ、頭の痛みと恐怖で涙目になりながら、これ以上暴力を振るわれることの恐ろしさがあって、すぐに大きな声で返事をした。

 そのおかげもあって、男はすぐに少女の髪を放した。

 少女はカウンターに頭をぶつけて、そのまま床に座り込んだ。


「お前はそうしていればいいんだよ、俺の言うことを聞いていれば」


 男は指の間に挟まっている数本の銀髪を、忌々しいように捨て、その場を後にしていった。

 そんな男と少女の姿を見た者は、宿のロビーには多くいたが、誰も少女に駆け寄ろうとはしない。

 屈強な男に対する恐怖というわけではない。

 客たちの冷ややかな目は、それを当たり前と思っているようだった。

 そして、それを少女はよくわかっている。

 少女はカウンターを支えにして、床から立ち上がる。

 頭をぶつけたせいで少し頭がくらくらしているが、しばらくすれば治るだろうと思った。

 頭の痛みも、徐々に引いている。


「大丈夫、大丈夫」


 小声で自分に言い聞かせる少女。

 体が万全ではないが、少女は男に言われたとおりに席に座って、受付としてそこにいる。

 受付としてそこにいるだけ。

 顔の腫れ、乱れた髪、服についている汚れ。

 朝の時点ではしっかりとした装いだったのが、オーナーの不機嫌でこういうことにすぐになる。

 今の受付には暗い表所に少女がいて、宿の看板としてはあまり良いものではなかった。

 しかし、まだ幼い少女。

 自分を抑えることはできても、心の中の悲鳴を隠すことも、自分で聞くこともできない。

 心の悲鳴が、顔だけでなく体全体からにじみ出ている。

 少女は俯きながら、赤く腫れる頬に手を当てる。


「痛い……」


 その腫れはひどく、せっかくの綺麗な顔が台無しだった。

 口の中も切れていて、少女は口の中が染みるように痛い。


(今日はひどい方、かな。最近は楽になって来たんだけど……)


 久々の手痛い仕打ちに、少女は元々うるんでいた目に、涙が出てきた。

 しかし、少女は我に返るように涙を拭い、涙が出なくなるまで目を服の袖でこする。

 そうしていれば、少なくともこすって目を閉じている間は、何も怖いとは思わないことを、今までの経験で知っていた。

 悲しいことに、その少女は、痛みの耐え方を知ってしまっていたのだ。

 まだ幼いにも関わらず。

 本来、痛いとか苦しいとかを我慢するのは、大きくなって、大人になってからすることだ。

 まだ子どもであれば、それらを堪える必要はない。

 こらえて我慢していれば、確かに強いなどと言われるかもしれないが、それは間違いだ。

 痛い時は痛い、苦しい時は苦しいと言えなければ、極限の状態で感覚が麻痺してしまう。

 麻痺してしまうと、さらに堪える。

 その悪循環になってしまう。

 堪えるのを覚えるのは、もっと大きくなってからのはずなのに。

 少女は、幼くして民と苦しみに慣れ始めてしまっていた。


「大丈夫、大丈夫」


 少女は散々こすっていた手を下ろして、もう涙が出なくなっていることを確認した。

 まだ少しうるんでいて、鼻も少しすする。

 そしてこすり過ぎたせいもあって赤くなっている目元は、とてもヒリヒリとしていた。

 しかし、少女はそれを痛いとは思わない。

 もっと痛いことを知っていたし、もっと苦しいことを知っている。

 それがあるから、少女はこんな環境でもやっていく。

 ようやく気持ちが落ち着いて、少女はひと段落して一息ついた。

 とはいえ、休めると言っても、しっかりと受付はやらなくてはならない。


(そう言えば、あの人たちは大丈夫だったのかな?)


 あの人たちというのは、銀髪と黒髪と金髪の三人組。

 少女がオーナーに殴られる原因となった人たち。

 その三人は結局オーナーに追い出されていたが、面倒になったのは少女のせいだと言って、オーナーは暴力を振るった。

 そこには、日頃のストレス発散も含まれていただろう。

 強くはたかれた頬には、まだ赤みが残る。

 三人組さえ来なければ、今日のようにひどくなることはなかったかもしれない。

 いつもよりもひどく扱われることはなく、いつも通りに仕事をしていられたはずだ。

 今回のことで、少女の給料は減らされてしまうことだって大いにあり得る。

 それはとても困ることだったが、それでも少女はあの三人を憎たらしく思うことはできなかった。


(オーナーに殴られそうになった時は、黒髪の人が何かで止めてくれたし、他の二人も特に悪い感じはしなかった)


 きっといい人たちだったのだろう。

 その時はオーナーの恐怖に考えることはできなかったが、落ち着けばそう思えてきた。


(そんな人たちを追い出してしまった。原因は、私)


 少女は俯いて、その時のことを思い出して後悔する。

 受付としてしっかりと仕事をしなくてはいけなかった。

 だから、見えている人をすべてカウントしたのだが、うち一人は幽霊だったという。

 実際に、他の人たちには見えていなかった。

 それでもめごとが起きた。

 三人組の方があっさりと引き下がったために、もめごとは大きくならなかったが、それでも少女が人間と幽霊の違いをわかっていれば、もめごとすら起きなかった。


(悪いのは私。あの人たちが来なければ、じゃなくて、私がもっとしっかりとしてれば、こんなことにはなってない。自業自得)


 自分で自分を責める少女。

 少女には他人を責めることができない。

 元々、気が弱く人に強く言えないところがあり、さらにオーナーに暴力を振るわれて逆らうことができなくなっている状況では、少女はその内気な性格を加速させていっている。

 それが良いことかどうかは、少女にはよくわからない。

 今はこれで十分生活できているし、不自由というほどのものはないと思っている。

 それが実際には、不自由と言う勇気すらないということに、少女自身は気付いていないが。

 そうさせることになっているものを、少女は自覚できていない。

 首飾りがどんなものなのか、詳しくはわかっていない。

 ただ、これがある限り少女はここで働き続け、これを外すことは少女にはできないということだけわかっている。

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