第75話 銀髪の少女
一度首飾りを意識すると、町を出歩いているとそればかりが目について、当初考えていた観光が思う存分できないところだった。
リベルとソフィーは別に、目についたとしてもそこまで気にしないようにできるため、観光にはさしたる障害はなかったのは幸いだった。
『それで?さすがに暗くなる前に戻らないといけませんから、そう長くは観光はできませんよ』
「う~ん、そうだね。とは言え、どうにもね。この辺りって、外からくる人が多いから、必然的に食事関係の所が多いんだよね」
『では、食べ歩きですか?』
「そうしたら、ソフィーは参加できないでしょ。幽霊だから食べられないんだし」
『気を使ってくださるんですか?ありがとうございます』
「いや、いいよ。それに、ソフィーだって町を見るのもいいんでしょ。僕も他の国だとどう違うのか見たいから、町を歩いて行くってことにしようか」
『はい!』
元気よく返事をするソフィーを連れて、リベルは町の歩き回ることにした。
珍しい建物が多く、二人とも大いに満喫していた。
♢♢♢
宿の受付で、銀髪の少女はきりっとした表情で席に座っていたが、その頬は赤く腫れ、そこにいることを無理しているように見えた。
それは見れば明らかだが、誰もその子に声をかけることはなく、宿を出入りする人たちはその子を一瞥するだけで、何もしない。
その子も声をかけてもらえるとは思っていないのか、ただそこにポツンといるだけだった。
「おい」
背後から声をかけられ、少女は体をビクッとさせ、振り向いた。
「俺はこの後少し用事があるから、お前はちゃんとここで仕事してろ」
「は、はい……」
か細い声で言う少女に、男は苛立ち、少女の綺麗な銀髪を掴んで無理矢理立たせた。
「聞こえねぇよ。しっかり言え!」
「は、はい!」
髪を引っ張られ、頭の痛みと恐怖で涙目になりながら、これ以上暴力を振るわれることの恐ろしさがあって、すぐに大きな声で返事をした。
そのおかげもあって、男はすぐに少女の髪を放した。
少女はカウンターに頭をぶつけて、そのまま床に座り込んだ。
「お前はそうしていればいいんだよ、俺の言うことを聞いていれば」
男は指の間に挟まっている数本の銀髪を、忌々しいように捨て、その場を後にしていった。
そんな男と少女の姿を見た者は、宿のロビーには多くいたが、誰も少女に駆け寄ろうとはしない。
屈強な男に対する恐怖というわけではない。
客たちの冷ややかな目は、それを当たり前と思っているようだった。
そして、それを少女はよくわかっている。
少女はカウンターを支えにして、床から立ち上がる。
頭をぶつけたせいで少し頭がくらくらしているが、しばらくすれば治るだろうと思った。
頭の痛みも、徐々に引いている。
「大丈夫、大丈夫」
小声で自分に言い聞かせる少女。
体が万全ではないが、少女は男に言われたとおりに席に座って、受付としてそこにいる。
受付としてそこにいるだけ。
顔の腫れ、乱れた髪、服についている汚れ。
朝の時点ではしっかりとした装いだったのが、オーナーの不機嫌でこういうことにすぐになる。
今の受付には暗い表所に少女がいて、宿の看板としてはあまり良いものではなかった。
しかし、まだ幼い少女。
自分を抑えることはできても、心の中の悲鳴を隠すことも、自分で聞くこともできない。
心の悲鳴が、顔だけでなく体全体からにじみ出ている。
少女は俯きながら、赤く腫れる頬に手を当てる。
「痛い……」
その腫れはひどく、せっかくの綺麗な顔が台無しだった。
口の中も切れていて、少女は口の中が染みるように痛い。
(今日はひどい方、かな。最近は楽になって来たんだけど……)
久々の手痛い仕打ちに、少女は元々うるんでいた目に、涙が出てきた。
しかし、少女は我に返るように涙を拭い、涙が出なくなるまで目を服の袖でこする。
そうしていれば、少なくともこすって目を閉じている間は、何も怖いとは思わないことを、今までの経験で知っていた。
悲しいことに、その少女は、痛みの耐え方を知ってしまっていたのだ。
まだ幼いにも関わらず。
本来、痛いとか苦しいとかを我慢するのは、大きくなって、大人になってからすることだ。
まだ子どもであれば、それらを堪える必要はない。
こらえて我慢していれば、確かに強いなどと言われるかもしれないが、それは間違いだ。
痛い時は痛い、苦しい時は苦しいと言えなければ、極限の状態で感覚が麻痺してしまう。
麻痺してしまうと、さらに堪える。
その悪循環になってしまう。
堪えるのを覚えるのは、もっと大きくなってからのはずなのに。
少女は、幼くして民と苦しみに慣れ始めてしまっていた。
「大丈夫、大丈夫」
少女は散々こすっていた手を下ろして、もう涙が出なくなっていることを確認した。
まだ少しうるんでいて、鼻も少しすする。
そしてこすり過ぎたせいもあって赤くなっている目元は、とてもヒリヒリとしていた。
しかし、少女はそれを痛いとは思わない。
もっと痛いことを知っていたし、もっと苦しいことを知っている。
それがあるから、少女はこんな環境でもやっていく。
ようやく気持ちが落ち着いて、少女はひと段落して一息ついた。
とはいえ、休めると言っても、しっかりと受付はやらなくてはならない。
(そう言えば、あの人たちは大丈夫だったのかな?)
あの人たちというのは、銀髪と黒髪と金髪の三人組。
少女がオーナーに殴られる原因となった人たち。
その三人は結局オーナーに追い出されていたが、面倒になったのは少女のせいだと言って、オーナーは暴力を振るった。
そこには、日頃のストレス発散も含まれていただろう。
強くはたかれた頬には、まだ赤みが残る。
三人組さえ来なければ、今日のようにひどくなることはなかったかもしれない。
いつもよりもひどく扱われることはなく、いつも通りに仕事をしていられたはずだ。
今回のことで、少女の給料は減らされてしまうことだって大いにあり得る。
それはとても困ることだったが、それでも少女はあの三人を憎たらしく思うことはできなかった。
(オーナーに殴られそうになった時は、黒髪の人が何かで止めてくれたし、他の二人も特に悪い感じはしなかった)
きっといい人たちだったのだろう。
その時はオーナーの恐怖に考えることはできなかったが、落ち着けばそう思えてきた。
(そんな人たちを追い出してしまった。原因は、私)
少女は俯いて、その時のことを思い出して後悔する。
受付としてしっかりと仕事をしなくてはいけなかった。
だから、見えている人をすべてカウントしたのだが、うち一人は幽霊だったという。
実際に、他の人たちには見えていなかった。
それでもめごとが起きた。
三人組の方があっさりと引き下がったために、もめごとは大きくならなかったが、それでも少女が人間と幽霊の違いをわかっていれば、もめごとすら起きなかった。
(悪いのは私。あの人たちが来なければ、じゃなくて、私がもっとしっかりとしてれば、こんなことにはなってない。自業自得)
自分で自分を責める少女。
少女には他人を責めることができない。
元々、気が弱く人に強く言えないところがあり、さらにオーナーに暴力を振るわれて逆らうことができなくなっている状況では、少女はその内気な性格を加速させていっている。
それが良いことかどうかは、少女にはよくわからない。
今はこれで十分生活できているし、不自由というほどのものはないと思っている。
それが実際には、不自由と言う勇気すらないということに、少女自身は気付いていないが。
そうさせることになっているものを、少女は自覚できていない。
首飾りがどんなものなのか、詳しくはわかっていない。
ただ、これがある限り少女はここで働き続け、これを外すことは少女にはできないということだけわかっている。




