第72話 見えないはずの幽霊
リベルはグレンの文句を右から左へと流しながら、宿の戸を開けた。
中の様子は、オーソドックスにできていて、何か趣向が凝らしている風でもなく、ただの一般向けの宿だろうと判断できた。
ただ、中の清掃はしっかりと行き届いているのがわかり、入った瞬間、その部分をリベルは心地よく感じた。
「ったく、人が話してるときに、それを無視するとか、お前らし過ぎるな、おい」
「だって、いちいち聞いてると面倒だからね。優先事項としては、宿に入るのが一番だと思ったんだよ」
「はぁ、なんとも面倒な性格してるな」
「それはお互い様じゃないかな」
三人は談笑というほど楽しげではなくとも、話をしながら受付へと向かう。
「いらっしゃいませ!」
受付にいたのは、一人の銀髪に緑目の少女だった。
その姿は銀髪という一つの所しか似ていないが、インパクトの強さから、リベルと少女はまるで兄妹に見えた。
「同じ髪色……」
「あ、そうですね」
リベルがぼそりと言うと、少女は笑顔で対応した。
銀髪という珍しさから、そうそう同じ髪色の人とは会わないと思っていたリベルだが、旅をしているがゆえの奇遇というのがあることに、リベルはワクワクしていた。
「一泊お願いできるか?」
ぼうっとしていたリベルに変わって、グレンが切り出すと、少女はそちらに顔を向けた。
「わかりました。三名様でよろしいですか?」
「あぁ、それで……て、三、名?」
あまりにも少女が違和感なく言うものだから、グレンは危うくそれを了承するところだったのだが、それでは違うのだ。
「あ、あのさ。俺たち、こいつと俺で二人なんだけど」
グレンは汗が出てきながらも笑顔で、リベルと自分を指して二人であることを言う。
しかし、受付で少女は不可解だとでも言うように、首を横に傾げた。
「お客様、三名様ではないのですか?」
「三名って……てことは」
グレンは少女が三名という簡単な理由に行き着いた。
まさか、こんなに早くそういう人と会うことになるとは思っておらず、考えていなかった。
リベルも同じ結論に達したらしく、グレンの顔を見ていた。
「もしかして、俺たち以外に、ここにいる金髪の女が見えるのか?」
グレンがリベルと自分の後ろ辺りの空間を指す。
他の人にはそこには何もないように見えるだろう。
しかし、リベルとグレンには、そこには幽霊のソフィーがいるように見えている。
そして、もう一人。
「はい。そちらにいらっしゃる方は、お連れさんではないのですか?」
その言葉が決定的で、リベルもグレンも脱力した。
グレンは受付のカウンターに手をついて、ため息を吐いていた。
リベルは面倒だと思いながら、事情を説明しようと口を開こうとした、その時。
「何か問題でもありましたか?」
受付の奥から、一人の大きな男が出てきた。
かなりの強面で、向かい合っていると迫力がある。
奥から出てきたということは、この宿の関係者なのだろうが、リベルとしては少女の方が気になった。
男の声が聞こえた瞬間に、急に顔色が悪くなり、今は少しうつむいている。
型も震えているようにも見える。
(この人が、怖い、のか?)
リベルがそう疑問に持って考えようとしたら、再び男が言い始めた。
「問題があったのでしょうか?こいつが何か?」
男が少女の肩に手を乗せると、少女の体はビクリとひと際大きく震えた。
リベルはそちらに意識を向けていて男に返すのには意識を使っていなかった。
グレンは何か言おうとしているようだが、どう説明していいのかがわからんず、考え込んでいた。
そこに、受付の少女が声を出した。
「こ、こちらのお客様方が、一泊したいと」
「それで?何か問題か?」
「あの、二人とおっしゃっていたんですけど、どう見ても三人なのにどうして二人というのかが気になって……」
最後の方は消え入りそうなほど小さかったが、男には言いたいことは伝わったようで、リベルたちへと視線を向けた。
右へ左へ、何度か往復して、もう一度少女へと視線を落とした。
「三人目はどこに?」
「え?」
何を言っているのかがわからないという表情の少女に、男はきつく言った。
「どこに、だ!」
「お、お二人の間に、金髪の方が」
「どこにもいねぇだろうが、そんな人。お前、また嘘を!」
怒った様子の男は、拳を振り上げた。
その先は、誰にでもすぐに直感できた。
その場を見ている人たちは、少女が男に殴られるという未来を予期した。
小さな少女がそんな目に遭うのは、痛ましいことだ。
それでも、突然のことに誰も反応できない。
何か声を上げる人もいるが、その程度では止まらない。
少女もきつく目を閉じて、次に来る強い衝撃を恐れる。
しかし、それは、来なかった。
少女がゆっくりと目を開けた。
「え!?」
目を開けたその目の前では、男の拳が止まっていた。
少女はこの男が情けをかけるような人ではないことを知っている。
だから、こうして目の前ギリギリのところで止まっていることに、驚きを禁じ得なかった。
「少し待ってくれ」
少女だけでなく、男も、それを見ていた人たちも、一斉に一人の男の視線を向けた。
グレンだ。
「その子の言うことは、別に嘘ではないよ」
「あぁ、じゃあ、三人目はどこにいるんだよ」
出てきたときは丁寧口調だったのに、今は乱暴な口になっている。
少女へ向けていた怒りや暴力性が抜けていないためだろう。
ただでさえ恐ろしくなる顔なのに、さらに口調まで怖くなっては、鬼に金棒のようなものだ。
そんな男でも、残念ながらグレンにはおそるるに足りないが。
「そこの子も行ってただろ。俺とこいつのあいつだよ。金髪の女がいる。二十代くらいのな」
『私の見た目は十九です!』
グレンの後ろでソフィーが思い切り叫ぶが、その声はリベルとグレン以外には聞こえていないので、リベルはそのことに苦笑いしていた。
しかし、一人だけその声に反応した人がいた。
「十九歳、なんですか?」
ソフィーが見えると言った少女は、さらに声まで聞ける事実に、リベルもグレンも驚いた。
もっとも、他の人には今のやり取りにつながりが見えないが。
「一体、どういうことだ!」
「だから、言っただろ。ここに一人いる。いや、正確には一体と言うべきか」
「はぁ?」
「ここにいる金髪の女、お前たちに見えないこいつは、実は幽霊なのさ」
想像していなかった発言に、男や他の人たちはポカンとしていた。
そして、ソフィーが見えている少女も。
(もしかして、この子は幽霊が見えることに気付いていないんじゃ……)
リベルは少女に、そんなことを思った。
そう考えれば、ここまで見える者同士で食い違いが起きた。
「ははははっ!幽霊か、そうか…………出ていけ」
思い切り笑ってからの、無表情の一撃。
男の言ったことに、今度はグレンが呆然として、ソフィーまで顔が固まっていた。
「ま、そう言うよね、普通は」
一人、こうなることを予想していたリベルは、肩を落として苦笑いしていた。
「おい、リベル。どういうことだ?」
「常識的に考えてよ。相手が一体どんなのだとしても、幽霊というその言葉だけで、存在だけであまりよくは思われないんだよ」
「そんなこと言ったら、世界には幽霊が溢れてるだろうが」
「もしかして、グレンはそう言うのが見えるの?」
「いや、見えねぇが……それでも、考えようによっては、常日頃から幽霊と一緒にいるってことだろうが」
「まぁ、それはあながち間違ってはいないけど、今回の場合は、それが認識できているか、できるかどうかの確実性の問題だね」
「すまん、意味がわからない」
リベルの言うことは時々よくわからくなるグレンだった。
今度、ソフィーもそう思うかどうか意見を求めてみようかと思ったぐらいだ。
「つまりね、見えなければ、そしてわからなければ、別にそこにいても気にならないんだよ。例えば、家のどこかに虫が潜んでいるというのは常識だけど、わざわざそのためだけに探し出そうと労力を払う人はそうそういないでしょ。でも、そういう人たちでも、目に見えるところに、どこかにいるとわかった時は動く。今回の幽霊は認識できる人が少ないから、人によるところではあるけど、ケースは同じだと思う」
「納得いくような…………いきたくないような」
「本音が出てるし」
「話は終わったか?」
リベルの説明が終わったところで、男が仁王立ちしてカウンターの向こうから、リベルとグレンを睨みつけた。
「とっとと出ていけ」
リベルたちは反論することなく、速やかに出て行った。




