第71話 翻訳家は面倒を避ける
「大体この辺りで、シュトリーゼ王国は出ていると思うんだよな」
草原がまだ続いているところで、グレンがそう呟いた。
「そうなの?案外早い気がするけど」
「そもそも、ナルゼが国のはずれにあったからな。オーリン村の所まで行けば、ほとんど出たも同然だったんだ」
「ふ~ん、なるほど。でもさ、検問みたいな、門とかそういうのはないね」
リベルが予想している国と国の境とは、何かで隔てられていて、軍の人が立っているというものだったのだが、ここにはそれらしきものが見えない。
「あ、でも、かろうじて向こうに壁、みたいなのが見えるよ」
リベルが指差したのは、ここから数キロは離れているであろうところに小さく見える岩壁だ。
「あれだな、エクリア王国は」
『エクリア王国……。もともとシュトリーゼ王国とは仲が悪かったように思いますが』
「それは一体どうしてなの?」
『……国を建国する際に、あの国から奪った領地を使って建国したからです』
「あ、そりゃそうなるね」
シュトリーゼ王国の初代国王、建国したその人が言うのだから、間違いはないだろう。
しかし、そうなると一つ問題がある。
「シュトリーゼから来たと言って、入れてもらえるかな?」
『申し訳ありません』
「えっと、謝ることはないと思うけど、実際に君のせいと言えなくもないから、少し反応に困る」
『うぅ~』
「ま、問題ないだろ」
「え?」
『大丈夫なのですか?』
リベルの疑問と、ソフィーの質問にグレンは答える。
「俺はいろんな国を回ってるからな。それで知ってる。確かに昔は仲が悪かった両国だが、数十年前からは関係が改善されているはずだ」
「それじゃ、入れるってこと?」
「だから、問題ないって言っただろうが」
『それでは、大丈夫そうですね。もっとも、私は幽霊なので、お二人の問題とは関係なくは入れたのですが』
「そりゃそうだね」
「ホント、幽霊が便利に思えるのが変な感じだ」
そうして、リベルたちは数キロ先に見える岩壁を目指して、まだまだ続く大草原を歩いて行く。
♢♢♢
数十分かけて歩いて、やっと岩壁に到着したリベルたちは、そこで兵士たちの検査を受け、不安に思っていたよりもあっさりと中に入ることができた。
リベルが兵士たちに三人で旅をしていると言おうとしてしまった時は、リベルもグレンもひやひやしたものだった。
何とか三人とは言わず、二人ということはできたが、心臓には悪かった。
「ようやく中だね」
「そうだな。しばらくはだだっ広い草原だとか、自然に囲まれた集落にいたからな」
『私なんか、何百年も町に入ったことはありませんよ。あの頃と随分と変わって、進歩しているんですね』
「その程度の驚きで済んでるんだね。僕の予想ではもっと驚くと思ってたんだけど、意外と冷静だね」
『うわ、何ですか、あれ!こっちも!そして何だか見慣れない食べ物ばかり!いったいどんな風に作っているのか!それに皆さんの服装も違います1進化を遂げているんですね!すごいです!すごいです!』
「でもなかったね」
「そりゃそうだろ。懐かしいとは別物なんだぞ。そこまで冷静でもないだろ」
「はは、そうだね。僕も何だか別の国ってなると、少しテンションが上がってくる」
「そうか。まぁ、俺が初めて他国に行った時は、そんなに観光なんてできる状況でもなかったから、お前は幸運なんじゃねぇの?」
「そうだね」
歩きながら話しているリベルとグレンの先では、幽霊特有の物質をすり抜けられるというのを使って、見たいものを一番近いところで見ていた。
触れられないのを残念に思っているソフィーを見ると、何だか二人まで嬉しくなってきた。
しかし、感じる人は感じるようで、ソフィーが近くに行くと、ぶるっと体を震わせてキョロキョロする人を見ると、不安にも思えた。
「ソフィー、ひとまず観光は後にしろ。今日はこれ以上先へ行くつもりはないから、宿をとるぞ。その後、リベルと一緒に観光にでも行けばいい」
『わかりましたー。早く済ませてくださーい』
「不満げに言うな。ほら、リベルも行くぞ」
「わかった」
リベルたち三人は、人ごみをかき分けて宿を探す。
こういう町の外側に近ければ、外から来た人用に宿があることが多い。
「それにしても、人が多いね」
「そりゃそうだろ。隣の国でアグニが討伐されたことは、ここにも伝わっているはずだ。お祭り騒ぎはどこも一緒だ」
『人はお祝い事を好みますがね。もちろん、程度には寄りますが』
幽霊であるソフィーは問題ないとはいえ、リベルとグレンはなかなか進めない。
そこで、ソフィーは上空に上がった。
『あ、あそこに宿があります』
「あそこってどこだよ」
『あそこはあそこです』
「意味がわからん」
「えっと、このまま通りを進んで、左手に見える、みたいだね。どうやら部屋も空いてるようだし」
グレンの後ろでリベルがそんなことを言い出し、グレンは疑問に思った。
「何でそんなことがわかるんだ?」
「あぁ、ちょっとソフィーの目を拝借したんだ」
「拝借?」
グレンが思い浮かべたのは、ソフィーの眼球を手に持つリベルの姿。
自分で想像しておきながら背筋がゾッとしたグレンは、額に汗が出てきた。
「あ、今絶対失礼なことを考えたね」
『おそらく、私にも失礼だったでしょうね』
「こういう時は、本当に勘がいいな」
「仕方ないよ。今のはグレンがわかりやすすぎた。それで、たぶん、想像したのは言葉通り目を拝借しているのだと思うけど、僕が言ったのは違うよ」
『私とリベルがある程度感覚が共有されているのは、グレンも知っているでしょう?』
「あ、なるほどな」
考えてみれば、すでにそう教えられていたことに気付き、非常に単純なことだったとグレンは早とちりを恥じた。
「僕はソフィーの視界を覗いたってことかな。何か、あのままじゃ伝わりそうになかったし」
『そうですね。グレンの理解力に合わせるのに、幼い頃から親しいリベルの協力が必要だと思いました』
「まぁ、簡単に言えば、僕がソフィーの通訳をしたってことかな」
「俺が馬鹿みたいに言われたのはスルーか?」
「そこ、気にする?」
「まぁ、そこら辺の有象無象に何を言われようが俺は気にしないが、この完全な責任転嫁には腹が立つ」
いまだ上空に浮いているソフィーに向かって、グレンは指をさす。
こうしてリベルとグレンが見上げても、スカートなのに中が見えないように位置取りをしているのは、地味にすごいなとは思うが、やはりグレンの言う責任転嫁と合わせると、頭がいいのか悪いのか。
「そう?僕は見てて面白かったよ」
「お前はそうだろうな。被害に遭ってないもんな」
「被害っていう言い方が大袈裟な気がする」
『そうですよ。私は真実を述べたまでです』
「それはお前個人の主観だ」
『その考え自体が、グレンの主観ということですね』
「それを言われたくねぇ」
『そういうものですよ。私の方が偉いんです。幽霊だから』
「その基準がわからん。幽霊だから偉い理由になるかっての」
『だったら、私は国を作りました』
「だったらってなんだよ。子どもみたいな言い方だな」
『精神年齢はまだ十代です』
「十代ギリギリだろうが」
『甘いですね。肉体年齢と精神年齢が同じとは限りません。私は昔、精神が若々しいって言われたことがあります。国王になる少し前に』
「それ、精神年齢が低いっていうのを、いい方向に言い直してるだけだろ」
『そう言いますか。ですが、私の方が偉いです。そして、あなたは気付いていません。リベルがもういないということに』
「……マジか」
『ちなみに、もう宿の所に着いていますので、私はそちらに向かいます。数分後、宿の前で会いましょう』
バイバイ、と笑顔で手を振って上空をスーッと飛んでいくソフィーを見上げ、グレンは苛立ちを覚えたが、それ以上にリベルの行動が、リベルらしくて笑えてきた。
「はははっ、相変わらずあいつはこうか。面倒になるとすぐに退散する。あいつらしくて、俺を置いて行ったことがむしろ清々しいな、本当に」
そう言ってはいるものの、宿の前に着いたらリベルに文句を言うグレンだった。




