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虹の調律師 ~光と調和の軌跡~  作者: 二一京日
第一章 旅立ち、そして新たな日々
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第6話 その日に向かって

 町の喧騒は、歩き回ってみると心地いいものである。

 特にここ王都リンベルは、各地から文化や商品、そして人が流れ込んでくる非常に賑わいが絶えないところなのだ。人々の笑い声や接客をする声、大勢の足音、わいわいがやがやと騒々しいのは、そこに人の営みがあるからこそだろう。

 そんないいところを王城の一室から見下ろしているだけでわかった気になるのはもったいないと思って、王城を抜け出して街を歩いているのはクレアだった。しかし、その髪は赤ではなく茶、瞳の色も赤ではなく緑、顔には何も変化はないが、それだけでその人が勇者だとは誰一人として気が付かない。


(やっぱり顔は出回っていないのね。これなら結構自由に歩き回れるかも)


 自分の変身魔法で髪色と瞳の色を変えたクレアは、期待通りの結果に笑みを浮かべながら歩く。勇者とは一般市民にとっては手の届かないような高みにいる存在で、誰もが崇める対象だが、詳しい人相までは知れ渡っていないのだ。特徴的な髪と瞳は思いっ切り知られているが。

 それでも顔を知る者がそうそういないのは、ただ単にクレアが騒がれるのをあまり好んではいないからである。世界の注目人物なのに何を、というのがクレアの周囲の反応だが、クレアに言わせてみれば、だからこそ自分を知らない人の中でのんびりと過ごしたいのだ。

 こういうところが、人の生活には欠かせないものだと思える。

 辺りの声を聞き、人々を見て、空気を感じたクレアの感想はそれだ。


「ただ、ねぇ……」


 クレアは誰の耳のも届かないような小声で呟く。

 しかし、それ以上は口には出さない。出してしまえば、誰が聞いているかはわからないし、聞かれてしまったら、たとえ勇者でもどうなるかわからない。

 いや、今はどう見てもクレアは勇者には見えないため、牢屋にぶち込まれるのが当然だろう。クレアはそうなるわけにはいかない。もうあと三日に迫ったアグニ討伐計画に支障をきたすような真似を、計画の中心人物であるクレアがしでかすわけにはいかない。

 この数日で、ヒューレ火山の頂上にある生命反応は依然として拡大を続け、それが内包するエネルギーの高さに計画に参加している面々は戦慄していた。災厄、悪魔と呼ばれる竜なのだからそれなりのものを覚悟していたみんなが、揃って冷や汗を流していた。

 しかし、相手がどんな化け物でも立ち向かわなくてはならない。

 それを胸に刻んで、アグニ討伐のその日へ向けて着々と準備を進めてきた。

 とは言え、戦闘担当であるクレアに必要なことは精々一日の朝と夜に行われる定例会議に出ることと、その日に向けて体調を万全に整えることしかできない。

 だからこそ、息抜きと自分が守るべき場所を確認するためにこうやって王城を抜け出してきているのだった。

 守るべきものが目の前にあるというのは、決戦に向かう戦士の支えとなる。

 こうして人々で溢れかえるところに来られたのはとてもよかった。

 ただ、この光景を見るたびに思い出してしまう。

 ここには、自分が幼い頃に夢中になったものはないのだと。

 幼い頃に教えてもらった楽しみは、もうここには残っていないのだ、と改めて痛感してしまうのは、いつものことだった。


              ♢♢♢


 リベルは今、自分の店のカウンターで座って唸っていた。


「う~ん、う~ん、う~ん……」


 そんな風にしているリベルを横目に見ているのは、カウンターの奥にある椅子に腰かけながら本を読んでいるグレンだった。


「う~ん……おっ、ひらめいた!」

「何をだ?」

「何も」

「何がひらめいたんだよ!」

「いや~、ひらめいたって言えば何かひらめくかと思って」

「バカみたいな発言するなよ」


 リベルの行動に若干の不安を覚えるグレンは、額に手を当ててため息をついた。

 リベルがこうして唸り続け、それをグレンが本を読みながら見ているという構図は、ここ数日で何度も何度もあったことだ。

 それはグレンがリベルに告げたあることが原因なのだが、リベルにはその対処ができそうに思えないのだ。


「やっぱり、始まっていないものをたかだか一人の国民がどうやって阻止するの?」

「それを今、お前が考えてるんだろ?」

「でもさ、勘でそんな大ごとを言った君に付き合わされている僕のことも少しは考えて、そこでのんびりとするのはやめたら?」

「よし、別の場所に移ろう」

「そっちもバカみたいな発言はやめてよ」


 今度はリベルがグレンにため息をつく番だった。

 そもそもグレンの言った戦争開始予告は、確たる根拠のないものだった。実際、この国はいつ戦争を始めてもおかしくないところで、戦争が起こること自体にリベルは驚くことはなかったが、その時期には驚いた。

 その驚いたというのはそれが特別な時期というわけではなく、なぜもうすぐ始めるとわかるのか、という基本的な疑問によるものだった。

 その答えがまさかの勘、というのは驚きのあまりしばらくポカンとしていたほどだ。

 しかし、世界中を見て回っているグレンの勘となればそうそう無視するわけにもいかず、もしもの時のことを考えて手を打とうとするも、答えの見えない洞窟に入ってしまったような気分でそれが正解かわからない。ましてや、今の国の状況では音楽に関わりのある二人にできることは限られてしまっている。


「何をしようにも政策だなんだって、どうにかならないかね、これは」

「それは国王に言うべきことだな。まず間違いなく打ち首決定となることを俺が保証しよう」

「そうなんだよね。まったく、今の世界ってどこもピリピリし過ぎじゃない?もっと国民を気楽にさせてほしいよ」

「本当にそれは同意見。魔導大国と言われるここは、いわば軍事国家だからな。気が休まる気がしない」

「それはやっぱり他国と比べると違うの?」

「このご時世じゃ、どこもあまりいい方向には向かっていないが、この国はそれが顕著だな。はっきり言って、そう長居したくないね」

「それを店を立てて暮らしている僕の目の前で言うんだね」

「だからこそ、という考えもある」

「そういうもんかね」

「そういうもんだ」


 二度目のため息は、二人とも同時だった。

 憂鬱な空気を振り払うために、リベルはひとまず今やらなければならないことを声に出して整理した。


「とりあえず、音楽の危機以前に僕らの命の危機だよね、これって」

「戦争が始まったらそうだろうな」

「でも、僕らの力で戦争を止めるなんてことは弱気でもなんでもなく無理だ。出来るなんて言う人の神経を疑うくらいに、これは一般人の僕には厳しすぎる」

「一応、俺も一般人だが?」

「あぁ、そうだった。君も傍から見たら一般人か」

「そうだぞ。つまり、俺にできることもそうそうない」

「うん、今はそこに期待してない」

「あっさり言うな、おい」


 はっきりと今は役立たずと言われたグレンだが、そのことは自分が一番よくわかっていたので、冗談半分で突っ込む程度でそれ以上は言わなかった。


「それにしても、俺の言ったように戦争が起きるとしても、そうすぐに起こるものでもない。杞憂で済めばいいな、くらいでもいいと思うけどな」

「戦争が始まるとか言った人がそれを言うの?ていうか、そう思ってるなら昨日までの僕を返してもらいたいくらいだよ」

「いや、無駄だとも思わねぇよ。杞憂で済めばいいが、今言った通りそうすぐに起こるものでもない。急いでやるよりも時間をかけてゆっくりと、の方がいい時もあるぜ」

「戦争が始まろうとしているのに、時間をかけてゆっくりと、ね。それはどこぞの権力に踏ん反り返ってる貴族様のやることだ。僕らはもっと切羽詰まらないといけない」

「……それもそうだな。だが、結局この数日で方針は決まったのか?ずっと唸ってるだけだったと思うが」

「そこなんだよね。本当に、どうしよう」


 そもそもな話、戦争という国絡みの事案に一般人が首を突っ込もうとしても、お門違いということではじき出されるのが目に見えている。力が違うのだから、同じ一つで対処しようとしても、より大きな一つで覆われてしまう。

 かと言って何もしないわけにもいかない。

 頭の中で考えがループしてきたリベルは、自分ではもうどうすればいいかがわからなくなっていた。


「だったら、ひとまず王都に行ってみるってのはどうだ?」

「王都?」


 リベルはグレンの提案に反射的に、似たような名前を持つ王都に嫌そうな顔をした。

 それを見たグレンはニタニタと笑いながら、リベルに提案した訳を説明する。


「王都は当然のように、王国の中心地だ。中心地ということは、そこには多くの情報が集まり、多くの手段が集まる」

「それを僕が考えなかったとでも?行けたら苦労はしないんだよ。ここから馬車でも三日かかるんだよ。そう簡単に使える手段じゃない」

「ふん、そこがまだ考えの足りないところだ。俺は魔法が使えるんだぞ?その手段を最良に導くことができるかもしれないだろ?」

「言い方が面倒くさい。もっと簡潔に」

「実は俺、転移魔法使えるんだよね」


 店の中がしんとした。

 かろうじて外で行きかう人々の声が聞こえるくらいで、それが余計に静けさを際立たせていた。

 リベルはいったん額に手を当てて笑顔を作ると、立ち上がって座っているグレンへと近づく。

 その姿にグレンは妙な殺気を感じ、咄嗟に手に持つ本を盾にした。


「ごめんごめん、黙っていたのは悪かった。だから、そんな顔をするな。はっきり言って怖いから」

「そうさせているのは君なんだけど……はぁ、まぁいいや。とにかく、そういうことは早めに言ってね。本当に今まで悩んだ時間を君に返してもらうことになっちゃうから」

「どうやって返すんだよ?」


 恐る恐るという様子で尋ねるグレンに、リベルは笑顔で親指をぐっと突き立てた。


「もちろん、肉体労働で」


 グレンいわく、この時ほどリベルを怖いと思ったことはなかったという。実際にやりかねないオーラを、その笑顔は持っていた。

 グレンが顔を強張らせてコクコクと必死に頷いたのは、それが理由だった。


 アグニ討伐計画まで、あと三日。

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