第66話 優しい想いと頑張る少女
クレアは今は目立つ赤髪に赤い瞳ではなく、いつも変装に使う茶髪に緑の瞳の少女だ。
そのために特に注目を浴びて目立つようなことはないが、その一方で、この姿ではただの普通の町の娘なのだということを、クレアは実感していた。
「なかなか見つからないわね。そりゃ、簡単に見つかるとは思ってなかったけど、ここまで情報が出ないなんて。あんなに目立つ外見なのに」
クレアは今は木陰にベンチに座って、近くの店で買ったジュースを飲んでくつろいでた。
まだ気温が高い季節ではないが、こうも人が多いと、否応なく気温は上がっている。
まるで夏のようだ。
だが、アグニがいたヒューレ火山の頂上を体感してしまっているクレアには、この程度の暑さはそこまで気にかけるほどではなかった。
ただ、なかなか見つからない精神的な疲労はどうしようもなかった。
「あれだけ目立つ見た目なら、普通は印象に残るはずだけど……。もしかして、王都の住人じゃない、とか?そもそも、王都出身だなんてのは私の勝手な想像なんだから、そうでない場合もあるじゃないの。もう、私の馬鹿」
そう考えると、ここまでの捜索は一体何だったのか、と脱力してくる。
何も無駄だったなどと言うつもりは全くないクレアだが、大事なところが間違っていたとあっては、もっと効率よくできたのではないかと思える。
実際、この町の人間ではないと予想すれば、まず探すべきは、宿泊先だ。
それだけで、闇雲に探していたさっきまでとは雲泥の差だ。
「もっと、早くに気付いていればなぁ。せっかく抜け出してきたのに、時間の浪費は避けたかったのに。別に無駄じゃないけど、浪費は浪費ね」
はぁ、とため息を吐いたクレアが立ち上がると、目の前に三人の男がクレアのいく手を塞ぐように立った。
(あぁ、気付かれたかな?連れ戻しに来たのかな?そうそう変装はばれないはずだけど、もしかしたらアスティリア辺りが何かしたのかな?)
ここからが本番という時に連れ戻されるのは不本意ではあるが、見つかってしまってh仕方がなかった。
ここで暴れて逃げれば、それは後が怖い。
ただでさえ抜け出しているのに、そこにさらに逃亡というあるまじき行為を重ねると、もしかしたら自分もラインヴォルトと同じような訓練を与えられてしまうのではないか、と不安に思うクレアは自然と目の前の男たちをぶっ倒すことを諦めた。
「ねぇねぇ、君かわいいね」
投げかけられた声に驚いたクレアは、自分よりも背の高い男たち三人を見上げた。
散策と捜索が打ち切りになったことで落ち込んでいたために俯いていたが、ここでようやく顔を上げて男たちの顔を確認した。
見覚えのない顔だった。
しかし、クレアも軍に所属する人たちすべての顔を覚えているわけではない。
むしろ覚えている方が少ない。
勇者であるクレアと接点を持てる兵士など、そうそうはいないからだ。
だから、クレアの知らない兵士が連れ戻しに来ても、まだ納得はできていた。
「一人で歩いてるの?よかったら、俺たちと遊ばない?」
軽い調子で話しかけてくる男たちの服装は、ただの普段着だった。
クレアが勇者とわからないようにするための、カモフラ―ジュということも考えられた。
この軽い口調も、どこで誰が聞いているかわからないから、自然に砕けた感じで話しかけている可能性はある。
もしも軍の人だった場合のことを考えて、必要以上に慎重になっていたが、そこまで慎重を重ねている時点で、クレアは内心ではうすうす気づいていた。
「俺たちが奢ってやるからさ。一緒に遊ぼうぜ。な?」
男たちがクレアに微笑みかけた瞬間、クレアは思った。
ぶっ倒そう、と。
そこからは一瞬で、軽く三人を体を突いてやるくらいで、男たちは数秒後には地面に倒れていた。
道行く人たちも何事か、と少し足を止めたが、クレアの容姿を見たら納得したようで、すぐに気にしないかのように人の流れは元通りになった。
クレアは変身魔法を使って容姿を変えているが、元々の顔に引きずられて、その美少女っぷりは変わっていない。
ゆえに、ナンパされるということもあるのだ。
実際に体験するのは、クレアはこれが初めてだが。
クレアは地面に倒れる三人の男を一瞥すると、すぐに気にしなくなって歩き出した。
「さて、まずは一番近いところの宿からだね。ここら辺だと……まぁ、歩いていれば何かわかるでしょ」
また行き当たりばったりになっている気がするクレアの行動に、誰かがため息を吐いているような気がしたクレアだったが、変な気配とかは感じなかったので、気のせいだと思って、そのままぶらりと歩き出した。
♢♢♢
「はぁ~~」
アスティリアは疲れて、会場の隅でゆったりとしていると、少しだけ長いため息を吐いた。
隅にいたためにそうそう誰かに聞かれるということはないのだが、それでも聞きつける人は必ずいる。
「どうした、アスティリア?何か悩み事か?」
クレアの元に近づいてきたシリウスが、心配そうにしてアスティリアの隣に座った。
「この状況で、現在進行形で私の苦労の種になってくれているかわいい子がいます。それは一体誰でしょう?」
「……クレアか」
「当然でしょ?」
「そう言うのなら、ここから出さなければ良かったものを。なぜそうしなかった?」
少なくとも、あの時クレアを止めていれば、今はアスティリアはため息を吐くこともなかっただろう。
「あの子の自由にさせてあげたいときもあるのよ。ほら、あの子って小さい頃から才能を認められて王城の中にいたじゃない?だから、同じくらいの年代の子たちと遊ぶということもなかったし、自由に町を出歩くということもなかったでしょ」
「たまに、変装して町に出ているのもそれか?確か、アグニ討伐前もそうだったな。あの時もお前は、クレアが王城を抜け出して街に出た後、誰も追わせようとしなかったな」
「そうだったわね」
「そこまでして、クレアに自由にさせたいのか?一体なぜだ?クレアはお前にとっては何だ?」
「何、か。それはいくつか答えはあるわね。答えはいくつかあるけど、それでもやっぱり、根幹にあるのはあの子の世話を焼きたいということかしらね」
アスティリアは遠い目をして、窓の外を見る。
外は透き通るような青い空があり、その下にはにぎわう町。
そのどこかに、クレアはいるのだろう。
「いつまでも続くとは思えないけど、それでも、私はあの子を育てていたいのよ」
「我が子のように、か?」
「そんなことじゃないわよ。そんな、固い答えじゃない。私はただ……そうね。あの子の家族でいたいのよ。そうしていたいの」
「家族、か。お前からそんな言葉を聞くことになるとは思っていなかったぞ」
「あら?私ってそんなに情の無い人に見える?」
アスティリアがおどけたようにシリウスに問うと、シリウスは、ふっ、と優しい顔で笑みを浮かべた。
「そうだな。お前は誰よりも情に厚い奴だったな。俺が小さい頃から、ずっとそうだった」
「随分と昔のことを言うのね。もう五十年くらい前のことじゃないかしら?」
「そこまでじゃない。精々が四十年だ」
「そう?まぁ、私としてはどっちでもいいけど」
「だろうな」
シリウスはそう言って、席を立った。
「クレアに甘くなるのは、ほどほどにな。あいつが成長しなくなる」
そしてシリウスは、再び会場の中心へと戻っていった。
その背に向かってアスティリアは手を振りながら、シリウスの言葉に対して、笑みを浮かべて小声で返した。
あくまで、自分に言うかのように。
「無理よ、それは。私はとことん、あの子を甘やかすのでしょうね。どこまでも」
だって、あの人の後を継ぐ者なのだから。
声に出すことはなく、そう思った。
まだもうすこしは、クレアの話が続きますね。
それが終わったら、しばらくはクレアの登場シーンはないので、ここでクレアに目一杯出てもらいたいですね、書いている筆者としては。




