第64話 祝賀パーティー
久しぶりのクレアです。
ここはシュトリーゼ王国の王城の中。
アグニ討伐が完了してからは一週間ぐらいはお祭り騒ぎとなるようで、それが今もなお続いている。
そのことに辟易としながら強制参加となっているクレアは、会場の隅で一人でくつろごうとしていた。
彼女の装いはいつもは着ないドレスで、薄い黄色のドレスにクレアの赤い髪は良く映えていた。
これを選んだのはアスティリアで、ドレスを着慣れていないクレアについていてくれるという話だったのだが、アスティリアは人気があっていつの間にか様々な人に囲まれていた。
アスティリアはクレアに申し訳なさそうな顔をしていたから、クレアはそれを咎めることはなく、かといって一人でこういう場所を動き回れるわけではないので、こうして隅にひっそりといるつもりだったのだ。
しかし、やはりアグニを討伐した英雄として目立つらしく、クレアは落ち着かなかった。
「はぁ……」
会場内にいる人たちは活気づいていて、クレアのため息は誰にも届かないようだ。
届いてしまったら、それだけで空気を壊してしまうかもしれないので、そこまで考えて出力は抑えたつもりだった。
「こうしているのに意味があるのかしら。私にはただ疲れるだけなのに」
クレアは隅から会場内を見渡して、そこにいる人たちが楽しそうに話しているのを見て、なんとも複雑な気分だった。
こんな空気の中で自分だけはテンションが低く、居心地が悪くてここから去りたいところだったが、仮にも主役なのだからここを離れることもできない。
「そもそも、そんなに話すことなんてあるのかしら?たかだかこんなことで長く大騒ぎできるんだから、相当なものなのでしょうね、ラインヴォルト?」
クレアはこっそりと気配を殺しているつもりでクレアに近づいているラインヴォルトに、不意打ちで問いかけた。
「はははっ、さすがに気づくんだな。さすがは勇者だ」
「あなたの気配が駄々洩れなのよ。敵だったら一瞬で斬ってるわよ」
「俺は前線に出るような人間じゃねぇからな。そこまで体術の方は鍛えなくてもいいのさ」
「鍛えないに越したことはないわよ。損はしない」
体を鍛えれば、より多くの魔力を扱えるようになる。
魔力を消費した時に、体力があれば今までよりも負担が少なくなるのだ。
クレアはそれを経験則から知っていた。
細身のラインヴォルトは、明らかに鍛えていない例だった。
「俺は面倒なのが嫌なんだよ。もっと楽がしたい」
「じゃあ、仕事辞めれば?そうすれば死ぬまでは楽できるわよ」
「それって早死にする奴だろ。それも嫌」
「まぁ、そういうでしょうね。それで、さっきの質問をまだ答えてもらってないけど?」
「はぁ?あれってちゃんと答えないといけない奴だったのか?えっと、何だったっけ?」
惚けたように言っているラインヴォルトだが、クレアの目には本気で忘れているように見えた。
相変わらずの馬鹿っぷりに、クレアはそっとため息を吐いた。
(まぁ、考え方がそうレベルに近いのは私も同じだけど)
クレアもラインヴォルトと同じように、できれば自分が楽しいことだけやっていたいタイプだからだ。
こういう式典をほっぽり出して、町にでも散策に出かけるのもいいなと思っているクレアだ。
「まぁ、別にいいや。ラインヴォルトはこのパーティーに疲れないの?」
「おいしいもんをたっぷり食えるのは良いことだよな」
「……そうね。そう言うと思ったわ」
「おい、今馬鹿にしなかったか?」
「それも真理だな、と思っただけよ。他は何もない」
ラインヴォルトは納得いかないようだったが、クレアはそれを気にしなかった。
今ラインヴォルトに気を回す気が起きず、自分のことで精一杯なのだ。
もっと楽なところだったらクレアも楽しもうと思えたというのに、こんなに騒いでは休めない。
ここから逃げ出したいと思って、いつもの暇つぶしで町に行こうとしたパーティー初日は、王城の前、そしてその奥の大通りからさらに奥の町全体にかけて、完全にお祝いムードで、まだ城の中にいる方が安全だと思ったくらいだ。
かといって、城の中にいてはすぐにばれて、アスティリア辺りに連れ戻されると決まっている。
実際、すでに二度ほどアスティリアの厄介になっていた。
「身体能力は私の方が上なんだけど、どうしても逃げ切れないのよねぇ。そうしたものかしら」
「また逃げたいんなら、面白そうだから俺も手つだ……えないな、これは」
「何で言いかけて止めるの?」
「いや、何だか、背筋に悪寒が走ってな。このまま協力したら、ひどい目に遭うって俺の勘が言ってる」
今は目立っていないが、アグニ討伐から帰った後にアスティリアにされた訓練が相当ラインヴォルトの体に残っているようだ。
クレアは何度も思うが、その時の光景を見れなかったことを悔やむ。
「じゃあ、俺はお前が何かしでかす前に、退散するわ。じゃな」
そう言ってクレアの元から去っていく彼は、その最中もどこかからかの視線に怯えるように、キョロキョロしながら歩いていた。
その様子がおかしく、クレアはクスクスと笑った。
「そんなに怖かったのね。本当に見てみたいわ。もう一回だけ、ラインヴォルトが何かしでかさないかしら?」
なかなかにひどい発言だった。
要はクレアの好奇心のためにラインヴォルトに犠牲になってもらおうということだ。
ラインヴォルトからしたら堪ったもんじゃない。
「まぁ、私も自分から何か人を陥れるようなことをするのは気が引けるから、機会を待つことにはなるかな。一体、いつになるのやら」
クレアは手元の紅茶を一口飲んで、一人で和やかに過ごすことにした。
誰にも話しかけられないように、適度に会場の影となる。
意識を研ぎ澄ましていって、体に纏う雰囲気を周囲に同化させ、それを極限にまで繊細になすことで、空気に溶け込む。
これは魔法ではない。
純粋な体術などの技術。
魔法なんてものを使ったら、今のクレアの力量ではバレてしまいかねない。
それに対して、体術に関しては超一流の自負があり、アスティリアも認めているので、そこには自信があった。
「こうしてれば、誰にも目を付けられない。このまま最後までまったりとしましょうか」
クレアは椅子の背もたれに寄り掛かって、完全に脱力モードへと突入した。
ドレスを着ているというのに、それが目に入ったら失望を免れ得ないという格好だが、そんな風にだらけていても、クレアの隠形は完璧だった。
「ふぅ~、落ち着くわ」
まるで自室の中にいるみたいにくつろいでいるクレア。
そして、そうしていると思い出すのは、アグニ討伐の時の光景。
夜はぐっすりと眠れている。
夢もいつも通りに普通の夢。
討伐の時のことは、起きている時によく思い出す。
特にこうしてだらけていると、自然と頭の中に映像が流れてくる。
あの時、炎に飲まれた直後にアグニを倒した少年。
いまだにそのことを誰にも言っていない。
言っても言わなくても変わらにと思った。
いや、むしろ言った方が情報が集まりやすいと考えられるし、アスティリアくらいには言っておこうと思ったこともある。
それでも、まだ言っていない。
どうしてか、言ってはいけないような気がしていた。
言ってしまったら、何か良くないことが起きてしまうのではないかと思ったのだ。
そこに確証はない。
だから不安になるし、心の中がモヤモヤする。
そうして最初に決めた、少年の力についてわかるまでは誰にも言わないということに従っている。
それが正しいかどうかの判断は、いまだに出ていない。
ただクレア自身が、そうすべきだと思ったから。
それだけだった。




