第61話 精霊の歌
人はたとえ何かを害悪だと判断しても、必ずしもそれを排除することなどでき発しない。
自制本能、力の無さ、優先順位。
様々なことがあって、人は自由に思うがままに何かを排除することなどできはしない。
それは何かの物質であっても変わらず、そして、人の命であっては当たり前のことだ。
「害悪と判断したものを消失、か。さすがは神属性魔法だな。まさに神様の権限てわけか」
グレンはその力に戦慄を覚えた。
「そういう言い方はやめてよ。まるで僕が化け物みたいじゃないか」
「そうか。悪いな」
確かに、望んでもいない人のことを神様扱いしては逆に申し訳ないというものだ。
リベルの言うように、それは人外として扱うのと同じようなことなのだから。
「それにしても、神属性魔法、か。グレンがこの前言っていた、アグニを倒すために必要な特定属性って、その神属性のことだったのかな?」
「そうだ。実際にどんな魔法なのかは知らなかったが、それが必要不可欠だというのは知っていた」
「そうか。それを僕が持っている、ね。お父さんとお母さんは知ってたのかな?」
「おそらく、知っていたと思う」
「そうだろうね。何となくそんな気がしてた」
グレンは酒をまた飲み、リベルは水を飲んだ。
この神属性魔法については知られていないことが多い。
そもそも存在すら知らない人がほとんどだ。
その力がとても強力なのはわかる。
リベルが害悪だと判断したものが消失、すなわち排除されるのなら、<ハーモニクス>の前ではあらゆるものがリベルを傷付けることができないということになる。
また、グレンの<ナイトメア>やアグニの時のことも踏まえると、明らかに自動発動もできる。
しかし、それと同時にグレンは、リベルがこの魔法を危険だといった意味がわかった。
(意識していても、もし感情が激しく揺り動いて、誰かを消したいと思って、それが理性を超えてしまったら、それはすなわちその人間の死を意味する)
「なるほどな。それで危険、か」
「何に納得してるかはこの際聞かないけど、危険なものは抑えていかないとね」
ゆったりというリベルの様は、まるで無関心のようで、まったく気にしていないようにも見えるが、グレンは今はそれでいいのかもしれないと思った。
いきなり気を付けて制御しろと言われても、どうにかなることでもないわけだし、いざという時はグレンが何とかすればいい。
(こいつの手を汚させるわけにはいかないからな)
グレンはそう決意した。
「あ、あの~」
さっきまで村人たちが寄ってこなかったリベルたちの所へ、女の子と男の子が来た。
女の子が恐る恐るという様子で話しかけるのは、リベル。
それに気付いてリベルはその子の方を向いた。
「何?どうかした?」
優しい声音で尋ねて女の子が答えやすいように配慮したリベルだったが、女の子は勇気が出ないのか、俯いたり顔を逸らしたりと、なかなか話し出さない。
それを見かねたのか、女の子の後ろにいた男の子が前に出て、リベルに話しかけた。
「俺の名前はルイ。こっちがお姉ちゃんのアマンダ。お兄ちゃんが助けてくれたんだってね。ありがとう」
満面の笑みでそう言う男の子、ルイにリベルは逆に申し訳ない気持ちになった。
リベルたちが来なければ、この子たちは危険な目に合うこともなかったかもしれない。
もっと言えば、グレンが結界に手を加えるようなことがなければ、黒蛇のことは何もなかったはずだ。
さらにはリベルたちは外の人間で、この村にとっては忌み嫌うべき存在だ。
今はお情けみたいにこの場にいさせてもらっているが、本来ならこんな所にいるような人間ではない。
そう思うと、関わらない方がよっぽど幸せだったのではないか、という思いが強くなってしまう。
「お兄ちゃん?」
ルイの言葉に返事をしないリベルを不安に思って、ルイは揺れる瞳をリベルに向けた。
(……まったく、外と内の確執を抑えなきゃ、とか思ってたのに、今更不安になってる。決めたことのはずなのに、揺らいでいる。それじゃ、いけないはずなんだけどな)
『それでもいいではありませんか。我々は神ではなく人間。悩み、苦しむことで成長していける、未来を見る生き物なのですから』
声の少女が、リベルを励ますように言う。
『未来は必ずしも良いものではありません。生きていく人々が、今を生きていくうえでどんな選択をしていくのかによって、人生は色づいて行きます。その過程で揺らぐことは、決して間違ってはいません。ただ最後には、後悔をしないように。または、しっかりと後悔ができるようにしてください』
少女に言葉は、良い言葉だった。
誰かが作ったでもなく、おそらく少女が思っていることを言っているのだとわかった。
(後悔しないように、そしてちゃんと後悔できるように、か。わかるようでわかりづらいことを言ってくれるね)
『それをわかっていくのも、生きていくということですよ』
(そうかもね)
リベルは少女の言葉に励まされ、自分に不安そうな顔を向ける二人の子どもに意識を向ける。
リベルは二人を見て、フッと優しい表情で、両手を二人の頭の上に置いた。
二人は一瞬ビクリとなったが、すぐに落ち着いて、リベルがゆっくりと動かす手をそのままにしていた。
「二人ともがこれから生きていけるのなら、それでいいよ」
リベルの言葉はぎこちない。
やはり、少女のように言葉にするのが難しい。
「まぁ、ありがとうと言われるのは、いい気分だね」
ルイとアマンダは、リベルに満面の笑みを向けた。
周りの村の人たちも、リベルたちに微笑ましいものを見るような温かい目を向けている。
普通に外と関わることもなく生活していたら、外の人間にこんな表情を浮かべることはなかっただろう。
全員が同じ境遇で、特殊な人間であるがゆえに、内側だけの世界になっていた。
外の人間というだけで、ここの村の人たちは人間を憎む。
だが、今ここには外も内もないのだと、リベルはわかった。
頭でわかっていたことに、感覚が、感情が追い付いてきた。
(生きている者同士、そこにいる者同士。それは変わらない。外も内も関係なく、ただ信用できるかどうか、だね)
リベルは二人の頭から手を放して、グレンの方を振り返った。
「あれ?」
すると、いつの間にかグレンが少し距離を取っていて、他の村人たちと同じように温かい目をしていた。
「えっと、何で離れてるの?」
「ん?邪魔しちゃ悪いかな、と思ってな」
「邪魔って……。まぁ、いいや。それより、店から持ってきた楽器があったよね?その中から何か楽器出して。例えば……ハープでも出して」
「あの重い奴か。だが、王国の政策で、そんなものを出したら何をされるかわかったもんじゃ……って、ここは関係ないんだっけ」
オーリン村は確かに場所という意味では、シュトリーゼ王国に入っているが、結界で閉ざされているのも事実。つまり、外とは全くの関係のない場所ということだ。
「おぉ、演奏でもするのか。では、わしらも参加するとしようかの」
「長老たちもできるんですか?」
「当然じゃ。こんな小さい集落なのじゃから、民謡でもあるのが普通じゃあろ?わしらの楽しみもそこにあっての」
「民謡か。グレンは知ってる?」
「知らねぇ。だが、まぁ、何とか合わさるだろ」
グレンはリベルの要望通りハープを出した。
リベルはその感じを懐かしむように、ハープの弦に触れた。
グレンの倉庫の中では時間が止まっているため、保存状態はあの日出発の時に倉庫に締まった時と同じに保たれている。
ゆえに、調子は良かった。
グレンもヴァイオリンを出し、村人たちも各々の楽器を手にした。
やはり村独特のものがあるのか、リベルの知らないものばかりだった。
そんな楽器たちと合わせることに、リベルは旅が始まって初めて心から楽しみと思えた。
合図は特になかった。
誰かが引き始め、村人たちはそれに続く。
リベルとグレンはその流れと雰囲気に合わせるように、音を奏でる。
楽器を持たない人たちは、音に合わせて、それぞれが歌った。
『私たちは森の民
精霊の満ちる森に住み 安らかに音を奏でる
響き合う音色は勇気をくれる
重なり合う音は繫がりをくれる
感じる高揚は心を感じる
私たちの生きる証があり 想いがある
私たちは愛し合う
この優しき森で愛し合う
愛し合うことで道を進む
私たちは森の民 』
かつてこの村の人々は、人であって人ではない者として、奴隷のように扱われてきた。
美しい歌声に惹かれるものは多かったが、彼ら彼女らを正当に扱うものなどなかなかいなかった。
そうしたことがあって、人間と、外の世界と閉ざすことに決めたオーリン村の人々。
しかし、一部には彼らを愛し、その歌声に真摯に向き合った者がいたという。
その人物には種族は関係なく、ただ生きていることを大切にした。
人間から生まれる突然変異種とされる彼らを、その人物はこう呼んでいた。
精霊、と。
精霊が歌う時、その姿は元々の人間の姿から変化する。
その姿は人から変わるということでインパクトを与えるものだった。
リベルとグレンも今それを目にしていた。
しかし、それを見ても二人はそれを気味の悪いものだとは思わなかった。
『やはり、とても美しく、神々しいものです』
声の少女がそう言う。
確かにその通りだ。
男だとか女だとかに関わりなく、ただ美しい。
そう思った。
そして、もっとここの人たちと歌い続けたいと、強く思った。
これで第一章が終了です。
書き始めた時は60話くらいになればいいなと思っていた第一章ですが、概ね予定通りになりました。
途中何度かそこまで行かないんじゃないかと思う時もありましたが、ここまで来ました。
次回からは『第二章 戦争の予兆』となります。
これからもよろしくお願いします。




