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虹の調律師 ~光と調和の軌跡~  作者: 二一京日
第一章 旅立ち、そして新たな日々
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第59話 少女の笑顔

 黒蛇が言葉を発したことで、当たりに辺りに満ちていた沈黙は破られた。

 何かしてはいけないことをしたのか。

 リベルは穏やかに言った。


「うん、そうだよ。君のしたことは許されることじゃない」

「……そうか。神の子が言うならそうなのだろうな」


 黒へ部とリベルの間に流れるのは、ただの会話の雰囲気。

 傍から見ればそれはあり得ないことだった。

 村を襲い、多くの村人たちを殺して、死なせた魔獣と普通に話すなど、普通はできない。

 いくら事情をわかっていても、それだけでそこまで信頼することがだきるのか。


「君は悪いことをした。その自覚がなくとも、それはここにいる人たちが等しく感じていることだ。そして、その悪いことの償いも必要なんだ」

「償い、とは?」

「君は長いことこの村を守ってきた。それは変わらない事実。それでも村を襲って多くの人たちを死なせた。それを起こす原因となってしまった人が他にいるけど、そうであっても君はしてはならないことをした。だから、もう戻ってもらう」

「戻る?」

「そう。祀られていたあの腕輪の中に戻って、そこから出られないようにする。僕にできるのはそれくらいだからね」

「それくらい、か。我はそれでも構わないが、他の人間が納得するか?」

「そもそも人外の相手に対して、納得も何もないでしょ。そういう部分は人間の方だよ」

「ふむ、そういうものか」

「そう。それにね、これ以上君を顕現させたままにしておく方が、村の人たちにとっては大変なことなんだから、そういうことでも責任を取ってね」

「手っ取り早くこの場を去ることで、か……。了承した」


 黒蛇が納得したようで、リベルは笑顔で頷いた。

 そして、後ろのグレンに合図を出して、黒蛇を拘束する魔法を解いてもらった。

 ここで再び暴れられたら面倒なことにはなるが、リベルの判断は間違ってはおらず、そのままにしていても黒蛇は何もしなかった。

 リベルは今から黒蛇を封じようと、準備をするが、一つ思い出したことがあった。


「ねぇ、そう言えばあの子ってー」


 そこまで言い掛けたところで、リベルは言うのを止めた。

 それはその先を遮った者がいたからだ。


「ルイを返してぇぇ!」


 つい先ほどまでは戦場だったその場所に、一人の女の子の声が響いた。

 その声は明らかに黒蛇に向けられたもので、その女の子は黒蛇が顕現した時にルイの近くにいた子だ。

 家族なのだろう。

 その家族を返してほしくて、こんな危険な場所にまで来たのだ。


「返して!返して!返してよ!」


 女の子はリベルの所まで来黒蛇を見上げる。リベルは自分の力で黒蛇周囲の毒をすぐに浄化して、女の子に被害が出ないようにする。

そして、安全となった女の子は、その黒蛇に向かって感情をぶつけた。

 涙を、怒りを言葉に込めて。

 女の子はその目からは涙が流れ、声は嗚咽となり、ただ同じ言葉を繰り返していた。


「返して返して返して!」


 それだけが願い。

 それだけがただ望むことだった。

 しかし、いくら望んでもそれがすべて叶うとは限らない。

 物事には叶う願いと叶わない願いが存在する。

 それをわかっていない。

 いや、わかりたくないその女の子は、悲しみの中でひたすらにそれを望んだ。

 もう一度だけではなく、この先も一緒に生きていけるように、家族が生きていることを望み、その家族を返してもらうことを望む。


「返して、返して、返してぇ……うわぁぁぁぁぁん!!」


 女の子はその場に座り込んで、大きく泣く。

 目からは大粒の涙、体全体で悲しみを表す女の子に、リベルは悲痛な表情を向ける。

 村人たちやグレンも同様だ。

 望んだことのすべてが叶うとは限らない。

 しかし。


「そう泣きわめかなくとも、しっかりと返してやるとも」


 望んだことの一つが、叶わないとは限らない。


「できるのか?」

「問題はない。確かに神の子が言ったようにその子供を贄には使ったが、万全の状態で顕現したわけではなくてな。そのために精々が、その子の意識を途切れさせる程度で済んでいる」

「なるほどね」

「じゃ、じゃあ」

「あぁ、返してやるとも」


 黒蛇がそう言うと、女の子が座り込んでいるところの少し前に、うっすらと男の子の輪郭が見え始め、少しずつはっきりとしてきて、しばらくするとそこに一人に男の子が実態を持って現れた。

 男の子は気絶しているようで、地面に横たえる形で現れた。

 幸いなことに息はあるようで、大事には至りそうにはなかった。


「ルイ……ルイぃ……」


 女の子は男の子の体を抱きかかえて、再びその涙を強く流した。

 そこに流れるのは、安堵。

 リベルは自然と笑みを浮かべ、黒蛇に向き直る。


「本来なら容赦なく顕現して、その子の命を刈り取ってしまうはずだったんだけど、どっかで加減でもしたの?」

「さてな。無意識だったかもしれぬ」

「無意識、か。以前の君の守る対象である村や村人というのが、頭をよぎったとか、かな。消えたとはいえ、そうしてきた事実はあるわけだから、思い出すのも道理にかなってなくもないかな」

「そうなるのか?まぁ、そんなことはいい。封印するなら早くしろ」

「そう急かさなくても……」

「我はお主の言うように、本来の役目から大きく外れたことをしてしまっていたようだ。そんな存在は、早いうちに姿を消した方がいい」


 村人たちもいつまでも黒蛇のことを見ていたくはないだろう。

 早々にいなくなるのが、どちらにとってもいいことだ。

 リベルはそっとため息を吐いて、黒蛇を見上げた。


「君がそう言うなら別に構わないよ。君がそう望んでいるのなら、それは僕らの望みと合致する部分がある。まぁ、姿を消すと言っても腕輪の中に封印するだけで、本体はちゃんとこの裏に残るんだけどね。一応、もともとここの守り神なんだから、僕には神様を消す力なんてないよ」

「そういうものか。確か先代の神の子もそんなことを言っていた気がするな」

「あれ?昔の記憶が残ってるの?」

「何となく思い出しただけだ。些細なことゆえ、気にすることはない」

「そう。わかった。気にしないことにして、手早く済ませるとするか」


 リベルはもう一度体から虹色の光を放出した。

 それは何か攻撃したり、毒を浄化したりというようなものではない。

 ただの魔力の放出。

 そうして放出する魔力を使って、腕輪に封印する。

 別に神殿の腕輪の近くでなくとも、この村、もっと言えば森が封印の本体の場所なので、森全体を覆う結界の中でならどこでもいい。

 リベルは教えてもらった通りのことをする。

 魔法に関しては完全にど素人なリベルには、教えられた通りに魔法を使うことも難しいものだが、それでも必死に細い糸を辿るように魔法を構築していく。

 その魔法は、先代の神の子が黒蛇をこの村の守り神にしたときに使った魔法で、それを本人の記憶も使って発動の準備をする。

 そしてそのまま十秒ほど経過すると、リベルの手元と黒蛇の体の下に同じ魔法陣が現れた。

 その魔法陣が、今回のすべてを終わらせる方法。

 黒蛇が再び、この村の守り神となる魔法。

 その結果に納得しない者は多くいるだろう。

 しかし、それでもこの村にとっては守り神がいた方が都合がいいはずだった。

 リベルが見た記憶には、黒蛇のことだけでなく、この村と村人たちのこともあったのだから。


「それじゃ、これから村のことをよろしくね、クロ」


 リベルはそう言って、黒蛇に笑みを向けた。

 リベルは黒蛇に噛まれ、重傷を負った。

 普通ならどれだけ事情がわかっていても、許すなどということは難しいはずだ。

 それなのに、黒蛇にはその表情がある一人の少女と重なって見えた。

 そして黒蛇は思う。

 やはり、同じなのだ、と。

 そう思ったところで、黒蛇はリベルの魔法によって光の粒子となって消えた。

 それは絶命ではない。

 ただ元の場所に帰っただけ。

 それだけのことだった。


              ♢♢♢


「あなたにはこれから、ここの守り神になってほしいのです」


 一人の少女が、自分よりもはるかに大きな黒い蛇にそう言った。


「なぜ、我がそのようなことをしなければならないのだ?」

「いいえ、しなくてはいけないとか、強制ではありません。ただ、私がそうして欲しいのですよ、クロ」

「クロとは一体なんだ?」

「あなたの名前です。黒い蛇だからクロ。かわいいでしょう?」

「……どこが?」

「え、かわいくないですか?私は良いと思うんですけど」

「……この際、名前のことはどうでもいい。重要なのは、なぜ我がそのようなことをせねばならんのか、ということだ」

「ですから、強制ではないと言いましたよね?私はお願いをしているだけなんです」


 少女は拗ねたように頬を膨らませた。

 それを呆れたような声音で黒蛇は返した。


「だから、それをお願いするのはどうしてだ、と聞いている」

「ただ、そうして欲しいからです」

「答えになっていない」

「ダメ、でしょうか?」


 少女は不安げな目を黒蛇に向けた。


「そういうことではない。ただ、納得がいかないだけだ」


 直後、一瞬前まで悲しそうだった表情が、一気にパァッと明るくなった。


「つまり、受けてくれるんですね」

「いや、そういうわけではないぞ」

「だって今、ダメなわけじゃないって」

「確かに言ったが、納得がいかないとも言ったぞ」

「納得なんてものを最初から求める必要はないと思いますよ。重要なのは、今あなたはお願い事をされているということです。友人のよしみで受けてくれませんか?」

「……我を友人というのか、神の子よ」

「人間ですよ」

「そうか、人間か。面白い奴だ。考えてみれば、やることも特になかったな」

「じゃあ」

「あぁ、やってやってもいい」


 その言葉に、ただでさえ笑顔だった少女の顔が、さらに幸せ色を濃くした。


「それでは、これから村のことをよろしくお願いしますね、クロ」


 その時の少女の笑顔を、黒蛇は一生忘れないだろうと思った。

次からは一章の最後です。

後日談、というのですね。

『からは』というのは、もしかしたら一話では終わらないかも、という予想です。

一話で終わる可能性もありますが。

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