第55話 虹色の模様
「加勢するぞ」
グレンが何とか次への突破口を掴んだところで、村人の一人が声をかけた。
その後ろに続いて、引いていた村人たちが全員、こちらに戻って来た。
グレンが声をかけてきた村人に顔を向けると、その村人には覚えがあった。
「お前は、神殿の時のか」
そう。
グレンと長老を護衛していた男のうちの一人。
この戦いでは前衛を務めていた男だ。
「そんなことはいい。それよりも、その腕の模様は?」
「これか?俺にもよくわからんが……」
グレンには全く見当のつかない模様に首を傾げると、長老がその答えを口にした。
「フォルトナ、じゃな」
「フォルトナ?それって、あの神殿にあったやつか。だが、こんな模様じゃなく、古びた腕輪だったぞ」
グレンが見た腕輪は、いかにも昔のもので、こんな虹色の模様ではなかった。
「伝承に存在するのじゃ。あの腕輪が起動すると、その適合者の腕に虹色の模様を残す、と。その言い伝えられている模様がそれじゃ」
「他の奴らは知らないようだが?」
「模様のことは長老のわししか知らないことだ。だが、今はそんなことはどうでもいい。やはり、お主が適合者だったか」
安心したような表情になる長老だったが、それに対してグレンの表情は怪訝そうだった。
まるで、長老の言うことに納得がいっていないかのような。
(長老の言う通り、この模様はあの腕輪かもしれねぇ。だが、どうにも違和感を感じる。何だ、この感じは?)
そう思っている間にも、黒蛇はしっかりとグレンたちの方に体の向きを修正した。
戦いの続きができるといった様子だ。
(今はその違和感は後回しだな。とりあえず、今ある力でどうにかするしかねぇ。幸いなことに、黒蛇の体に傷はついているし、この模様のおかげで魔力も回復している。ここに来て一番いいシチュエーションじゃないか?)
グレンはようやく黒蛇に一泡食わせられそうになったことに、再び笑みを戻してきた。
「さぁ、蛇野郎。反撃開始だ」
グレンのその言葉とともに、村人たちは一斉に突っ込んでいった。
先ほどの戦いで前に出ていた前衛の五人だけでなく、それ以外のほとんど半数の十数人が黒蛇に向かって突進していた。
きわめて無謀だ、と先ほどまでの状況でならグレンもそう思っていただろう。
しかし、今は明らかに状況は違う。
そもそもグレンも村人たちがそうしなかった場合は、グレン自らがそう指示していた。
もっとも、その時はグレンの言うことを聞いてくれるものなど皆無に等しかっただろうから、こうして無人たちが自分で動いてくれたのは良かった。
村人たちは決して捨て駒でもなく、時間稼ぎするための道具でもない。
今回の黒蛇討伐に必要な戦士だ。
「思いついたことがうまくいけば、このまま行けるかもしんねぇ」
黒蛇の体に傷を付けることができた今だからこそ、別の作戦に出る意味がある。
グレンと同じように後衛待機となって味方の援護をする魔法使いたちは、突進する村人たちの体を強化する。
それはグレンの強化には及ばないものの、黒蛇討伐にはなくてはならない戦力アップだった。
(そうしてくれている間に、俺は……)
黒蛇が村人たちの動きに合わせて、体を少し後ろへと引いた。
その動作だけで、ここまで戦ってきた人たちは、黒蛇が何をするのかを理解した。
「そんなもん、もう見飽きたんだよ!」
特に一対一で間近で何度もれを見たグレンの反応は早かった。
「大地よー」
それは黒蛇に何度も破られた、壁を作ったのと同じ魔法。
だが、今度は少しだけ違っていた。
黒蛇の下から突き出てきた針は、黒蛇を突き刺すことなく、黒蛇の体の周りを抑え、その体を地面に固定する。
黒蛇は当然のように抵抗をする。
体を押さえつけているものから抜け出そうとしたり、強引に力ずくで壊そうとしたり。
先ほどのあっさりと壁を壊していた力なら、いくら束になっても針程度ならどうとでもなる、はずだった。
「さすがにそう何度もやられるわけには、行かねぇんだよな」
黒蛇はもがくが、明らかに強度の増している地面の針から抜け出すことも、それを壊すこともできない。
黒蛇の体は、その場から動くことができなくなってしまった。
「今回は魔力が十分に回復してるんだ。原理はわからねぇが、この模様のおかげでな」
黒蛇が動けなくなったそのすきに、肉薄した村人たちは、まともに攻撃しても意味のない鱗は避け、その鱗がひび割れて肉が見えている細かい場所に集中して攻撃をする。
いくら外が固くても、中に直接攻撃できるのであれば、そこまで気にすることではない。
ガァァァァァァ!
(あれ?蛇ってこんな叫び声を出すのか?まぁ、いいが)
超級の魔獣特有のものだと解釈して、グレンは意識を黒蛇を押さえつける針へと集中させる。
今回の針は回復した魔力で強度を上げているので、グレンが意識を集中している限りは、今までの戦いでわかった黒蛇のスペックでは破ることは困難だ。
今も攻撃をあちこちから受けて、身をよじらせようとするが、体を動かすことはできていない。
「本当に、フォルトナに感謝だな」
グレンの腕で光る虹色の模様がなければ、今こうして黒蛇を抑え込めるだけの力を出すことはできなかっただろう。
魔力の回復はどうやってかは予想できないが、こうして頼ることができる以上、現状の脅威への対抗策として使うまでだった。
こうしてグレンが針の維持に魔力を使っている間にも、どんどんグレンの魔力が回復していく。
使うたびに補給されて行くので、常に魔力が一杯にある。
ゆえに、魔力の消費を恐れて温存し、中途半端な力で終わることはない。
「本当に、これは何なのかねぇ」
キリルスとミシュアが言っていたことは、まず間違いなくこのフォルトナで間違いないとグレンは思っている。
他に二人が遺言として必死に伝えることがないからだ。
だが、それとリベルに何らかの関係があると思っていたのに、フォルトナを持っているのはグレン。
グレンの二人に関する印象では、こうした間違いはほとんどなかったはずだ。
二人がやっていた、音楽で平和を、という信念はそうしたミスはしてくることはグレンの記憶にはない。
そんな二人がどうして、このフォルトナとリベルを結び付けたのか。
グレンの深読みで、実際にはグレンに向けてということも考えられるが、その可能性はかなり低いと思っている。
なにせ、息子であるリベルを本当に大事にしていた二人だ。
その遺言が、リベルにからんでいない方が不自然なのだ。
しかし、そうであっても今は情報が足りなさすぎる。
(結局はわからないまま。今はこれを使い続けるしかないか)
グレンが針を維持して黒蛇の動きを封じている間に、村人たちは全力で攻撃を加えていた。
黒蛇の体についていた小さな傷は広がり、そこからぽたぽたと地面に赤いシミを作っていた。
一つ一つから流れる血は少量でも、その傷が体中にいくつもある傷口から流れているとあっては、総量はかなりのものになる。
そろそろ体から力が抜け始まるころのはずだ。
そんな時、それは起こった。
「ぐあぁぁっ!」
黒蛇に攻撃していた一人が、うめき声をあげて倒れた。
それを心配して何人かが駆け寄ろうとしたが、その人たちまでも膝をついて倒れてしまう。
次々と黒蛇に接近している人たちが倒れていく。
この光景を見て、誰もが気付いたことだろう。
黒蛇の特性であるそれに。
まだ近い場所とは言えないグレンたち魔法使いや長老のいる場所には、不穏な空気が流れる。
グレンは、思わず口にしていた。
「まさか、毒か?」




