第48話 勇気と油断
前衛の五人は真っ直ぐに黒蛇へと向かって行く。
黒蛇側としては不意を突いたつもりだったのだろうが、長老の機転でその効果は最小限に収まった。
逆に不意を突かれる形となる黒蛇に、前衛組は攻撃を加えていく。
「すっげ……」
「マジかよ」
攻撃はしっかりと黒蛇へと当たるが、返ってくるのは固い感触。
鱗に真正直に当たっても、大したダメージが与えられない。
しかし、前衛の人たちが驚いたのはそこではない。
攻撃を与えた五人だが、皆全力だったわけではない。
グレンの魔法で毒から守られていると長老に言われても、それを完全に信用することなどできるはずもなく、さっきの攻撃は恐る恐る近づいたという感じが五人のなかでは強かった。
それでダメージがないのは当然と言えば当然。
ただ、攻撃は当てられたし、体には何も異常がなかった。
黒蛇の毒は、割とすぐに体に回っていく。
あれだけ接近していれば、今はもう地に膝をついていてもおかしくないのだが、今回は違う。
明らかにピンピンしているし、体の調子も悪いところはどこにもない。
少なくとも、自分で感じ取れる限りはない。
「これが、あいつの魔法か……」
接近して黒蛇とやり合うことが今まではできなかったのが、グレンの魔法のおかげで可能になった。
これはとても大きなことで、五人だけでなく村人たちの自信にもなった。
「おし!どんどん押してくぞ!」
おおおおおぉぉぉぉ!!!!
グレンは認めずとも、その魔法を認めた村人たちは勢いづき、前衛の五人に続いて攻撃を開始する。
接近するのは五人だけと決まっているため、他は矢や魔法などで攻撃する。
本来ならこんな攻撃は黒蛇には効かず、牽制が関の山だが、自信の付いた攻撃はそれだけでただの牽制以上の効果を持っていた。
そうやって村人たちが盛り上がっている中で、グレンはまだ冷めていた。
別にこの戦闘と関係ないことを考えているわけではない。
思い切り関係のあることで、無視できないことだった。
長老から聞いた話とこの村の魔法使いの実力を考えると不可解なことが一つある。
今前衛の村人たちにかけている魔法は、グレンが自信を持ってかけている魔法で、そうそう破られるもんではないことはグレンが一番よくわかっている。
しかし、だ。
それなら、なおのことおかしい。
(毒が、前より弱くなってる?)
グレンは長老の話から毒が相当強力であることは聞いていたし、村の魔法使いでは耐毒が意味を成さなかったことを聞いた。
しかし、この村の魔法使いのレベルは決して低くない。
封印を解除した今ではグレンよりも格下ではあるが、解除する前であれば、グレンよりも優れた魔法使いはいる。
それなのに意味を成さない相手であれば、今のグレンの魔法でも毒を退けることは難しいはずなのだ。
しかし、実際には思っていたよりも簡単に毒を退けている。
今は耐毒の魔法を使うのをグレン一人に限定しているため、他の人は気付いていない。
このことをグレンは口にするのを躊躇う。
今伝えて、村人たちが無謀なことをしてしまったら。
せっかくの出だしが狂いかねない。
今は。
(黒蛇の様子を見るしかない、か。何も動きがなければいいが)
毒が弱いのが黒蛇の意図的なことなら、無暗に反応するわけにはいかない。
(意図的でないにしても、あからさまにあるわけにもいかないな。面倒だが、やっぱ初めは様子を見ておいた方がいいか)
考え事を続けるグレンの前で、村人たちは各々の攻撃を続けていた。
前衛で動き回る五人を筆頭に、中距離で矢や槍の投擲をするもの、遠距離から魔法による援護をする者。
それぞれが役割をしっかりと果たしていた。
(あぁ、もう!面倒だな、おい!)
大口をたたいた割りに仕事をしていないなどと言われかねないほどに、上の空だったので、それが気付かれていないことを祈りながら、グレンは他の者たちと同じように、前衛の五人に魔法をかけながら並列して他の魔法も使う。
耐毒だけでなく、身体能力の上昇、感覚の鋭敏化、ダメージや体力の回復。
様々なことをする。
「へっ、大したことないな」
そんなことを誰かが唐突に言った。
グレンも毒に対してだけでなく、それ以外にも違和感を覚えるところがあり、それは一番近くで戦っている五人も感じていることだったはずだ。
戦いが始まってからあまり経っていないとはいえ、黒蛇からの反撃がない。
前衛の五人も、ダメージといえば硬すぎる鱗に攻撃したことで返ってくる反動によるものだけで、黒蛇の自発的行動によるダメージはない。
それが何を意味しているのかはわからないが、どう考えても、大したことない、などと口にしていいわけがない。
その言葉は油断に繋がり、その小さな油断が敗北になりかねないのだ。
そんなことは黒蛇を初めて見るグレンでもわかっている。
ましてや、村の人々は今まで何度も黒蛇を目の当たりにしてきたはずだ。
黒蛇が本来ならこんなものではないとわかっているはずだ。
(考えが短絡的過ぎんだよ)
その男が近くにいたら、今すぐにでもぶん殴ってやりたかったが、生憎とグレンの近くにはいなかった。
そして、その発せられた言葉は、他の村人へと伝わっていく。
「そうだよな!」
「これならいけんじゃねぇか?」
「俺たちならできる!」
「やってやろうぜ!もうひと押しすればいけるかもしれねぇ!」
勇気と油断はとても良く似ている。
長老の声で黒蛇への攻撃を開始した時は、村人たちは勇気に満ちていた。勇気に従って、黒蛇へと攻撃を始めた。
しかし、今はたった一人の油断としか言いようがない言葉で、勇気という名の油断が広がっていく。
村人たちは決して油断しているつもりはないだろう。
時には、もうひと押しだ、という鼓舞も必要なのだから、これが必ずしも油断とは言えないかもしれない。
だが、それでも。
その考えに行くにはまだ早すぎる。
今のところ、勇気と勘違いしている村人たちは押せ押せのムードで戦っていて、調子は悪くない。
悪くはないのだが、一部の者には暗い表情がちらりと見える。
戦いに優れている者にとっては、今の状態がどれだけ危ういかをわかっていた。
できるだけ早くこの状況を脱したいが、強引にすることはできない。最悪、さらに悪化してしまう恐れがある。
できるのは精々、場の流れに乗りつつ、危なくなったらしっかりと手綱を握れるように注意しておくことぐらい。
それがグレンを含めた少数の人間にできることだった。
(こりゃ、神経がすり減りそうだな。ただでさえ、こっちは集中力を使ってるっていうのに)
誰かさんのせいで焦ることになるグレンだが、今はその焦りをできるだけ抑え込む。
目的はあくまで、リベルを守ること。
どこまで行ってもそれがグレンのすべきことだ。
なら、この場を客観的に見ることができる。
(ここに来て最大の面倒ごとだが、まぁ、少しは頑張ってみるか。リベルを優先するといえ、俺の前で誰かに死なれるのも気分が良くない。お前たちが生き残れる程度には、援護してやる)
グレンは前衛の五人への魔力供給の量を増やした。
そしてそれは、五人とも数に気付いたようで、グレンへとちらりとアイコンタクトを取ってきたが、グレンはそれをスルーした。
どうせそんなもので全体が伝わるわけがないのだから、中途半端にするのは無駄。
その五人なら、状況判断もそれなりにはできると思ったので、グレンはそれぞれに任せることにした。
援護が増えた。
ただそれだけの事実がわかっていればそれでいい。
会ったばかりなら、余計な連携は必要ないのだ。




