第46話 それぞれの『ために』
このサブタイトルは、それぞれにある『~のために』という意味です。
今回はそこそこ意味のあるサブタイトルだと思います。
前回と違って。
「もう来たか」
長老は櫓に設置されている鐘を鳴らし、村に危険を知らせる。
カラン、カラン、カラン!
「黒蛇じゃぁ!!」
大きく響く鐘の音にも負けない声量で長老は叫ぶ。
鐘の音に反応した村人たちは櫓を見上げ、そして直後の長老の声を聞くと、一瞬の動揺が村人たちに走る。
何かが膨らみ、破裂する寸前の一瞬のどよめき。
それは、直後に、悲鳴へと変わる。
「ちょ、嘘でしょ!?」
「何でまた黒蛇が!?」
「ありえないわ!!」
「長老の言葉が嘘なわけねぇ!!」
「だが、そんなこと信じられるか!!」
村中で慌てふためき、せわしなくどこかしらに逃げようとする村人を櫓から見下ろして、長老は声を張り上げた。
「靜まれぇい!!!」
村人たちの騒ぎっぷりを、たった一つの叱咤が鎮める。
慌てていた村人たちは、再び声の主である長老を見上げる。
彼らにとって、今の長老の言葉が救いとなる。
長老の言葉が、彼らの行動の指針となる。
長老自身もそれを理解して、言葉を紡ぐ。
「よいか!この厄災の到来が予想できなかったものだとしても、これが誰かの手によるものかもしれないとしても、今は関係ないのじゃ!今はただ、生き残ることだけを考えよ!生き残り、もう一度生活を送るために動くのじゃ!これまで何度もこの時のための訓練は行ってきた!皆には今、やらなくてはならない役割がそれぞれあるじゃろ!それをするのじゃ!」
長老の声は、静まり返る村にはよく響いた。
今この時も黒蛇が迫っているが、それでも村人たちは長老の言葉で平静を取り戻していく。
そして、それと同時に徐々に今まで訓練してきたことを思い出してくる。
黒蛇の到来が今回はイレギュラーだとしても、これからやることに変わりはない。
そもそも、十年の間が空いているとはいえ、これまでもちょうど十年、日にちまでわかっていたことはなかったのだ。
あくまで、十年という大まかなくくり。
いつ来るかわからないのは変わらないのだから、ここで狼狽えていても仕方ない。
来てしまったのなら、しっかりと対抗しなくてはならないのだ。
「予想外の敵が来たからといって、こちらから隙を晒してやる必要はない!相手のペースに乗せられるな!我らはあの化け物に、我らの刃を突き立てるのだ!安心しろ!今まで訓練し、積み重ねてきたことは無駄ではない!たくさんの者が死んでいったが、我らはそれを無駄にしたことはない!そんな死者に報いるためにも、我らは立ち向かい、そして勝つのじゃ!大丈夫じゃ!我らに神のご加護がある!」
おおおおおぉぉぉぉ!!!!
村全体が震えるような雄たけびが響く。
恐怖に震え、狼狽えていた村人たちは、皆が意思を新たにしたのだ。
こういう森の中に住み、日頃から動物や魔獣との諍いが多いこの村では、こういう鼓舞で盛り上がるものがほとんどなのだ。
恐怖は確かに伝染する。
たった数人の恐怖は、他の者へと移り、それが共鳴のように少しずつ大きくなっていく。
その結果、パニックが起こり、それだけで怪我人も出る。
しかし、それと同じように、勇気も伝播する。
一人、二人、三人と、少しずつでも勇気を持って立ち上がる人が出てくれば、その後について立ち上がる人が現れる。
伝わり方は恐怖と同じ。
だが、決定的に違うのは、伝わることで生きて行けるかどうかだ。
恐怖の支配されて生きていけるものなどいない。
立ち向かってこそ、生きていると実感できるのだ。
生きているからこそ、立ち向かう勇気を持つのだ。
「我らは屈せず、ここに武器を持って立ち向かうぞ!!」
長老の締めの言葉に、再び村全体が揺れる。
誰もが、あの黒蛇相手に戦う意思を示していた。
戦うと言っても、それは戦闘という意味ではなく、抗うということ。
その意志を持っていた村人の中を、グレンは櫓に向かって歩いて行っていた。
興奮している村人たちもそれに気付き、グレンに自然と道を開けていた。
黒蛇の時とは別の動揺が走る中、櫓のふもとまで来たグレンは、櫓の上の長老を見上げながら言う。
「最後の最後で神の加護、ねぇ。ちょっと弱々しいんじゃない?」
「お主に言われることではない。これは我々の問題じゃ」
「そりゃそうだ。俺もそう思うよ。これはあんたらオーリン村の問題だって。だから、本来なら、昔馴染みのよしみで助けるなんてことはしない。特に、リベルにあんなことをした村のことなんか、正直な話どうでもよくなってくる」
「そうであろうな」
前は長老に黒蛇を倒そうか、と提案しようとしたグレンだったが、今は優先順位が違う。
明らかに長老や村人なんかよりもリベルだ。
他のことよりも、何よりもそれを優先する。
そして、だからこそだ。
「どうでもいいが、ここで黒蛇にやられるようじゃ、リベルも危ないし、フォルトナにもしものことがあるかもしれない。だから俺は、お前らの黒蛇退治に協力する」
グレンの言葉に、長老だけでなく村人全員が息を呑んだ。
信じられないことだ。
村人たちはグレンの実力を詳しくは知らないため、役に立つかどうかはわからなかった。
しかし、問題はそこではなく、もしかしたら戦闘の最中に後ろから狙われるのではないだろうか、という心配があるのだ。
いや、それだけではない。
黒蛇を呼び寄せたのが、グレンやリベルである可能性だって高い。
そんな相手と一緒に戦うなど、できるはずもなかった。
「お前は危険すぎんだよ!」
「後ろから狙われたらたまらない!」
「この村は俺たちの村だ!部外者は引っ込んでろ!」
「だいたい、あんたたちが来なければ、黒蛇だって来なかったんじゃないの!?」
「そうだそうだ!お前たちさえいなければ、俺らは平和だったんだよ!」
村人たちの言い分は、グレンはわからなくはなかった。
自分が身勝手な言い方をしていることもわかっている。
本当に、グレンたちが来なければ、黒蛇は現れなかったかもしれない。
しかし、それでも、だ。
「お前たちの意見は聞いていない。言ったはずだ。俺が協力する、と。協力させてほしいではなく、協力する、だ。これに対して、お前たちの異論は認めない」
その強引な物言いに、村人たちの火がさらに燃え広がる。
その怒りは、グレンへさらに向こうとしていた。
「……そうか」
寸前のところで、長老の言葉が村人たちを止めた。
「お主はそういう考えなのじゃな?」
「そういう、とは?」
「あくまで、自分のために黒蛇退治に協力する、と」
「そうだ。俺には今のお前らのために何かをしてやれるほどじゃない」
「そうか。一つ確認をしたい」
「何だ?」
「お主は、この村に危害は加えるつもりはないのじゃな?」
それは他の村人たちも言っていたのと同じようなことだった。
村人に対しては答える義務はないが、長老の質問なら、ここは答えるべきだろうとグレンは思った。
「お前らの方がリベルに危害を加えておいてよくそんなことを言えるな?」
「それは……お主の言う通りじゃ。確かにわしにそれを言う資格はないのかもしれぬ。何を言われても、わしには返す言葉がない。じゃが、それでもわしにも譲れないものがある。図々しいのも、身勝手なのも百も承知じゃ。それでもわしはこの村を守りたいと思っているのじゃ。だから、お主に問うのじゃ。この村に危害を加えるつもりはないのか、と」
「…………お前がどう言おうと、俺の考えは同じだ。俺にはやり返す権利くらいはあるはずだ」
「そのとおり。じゃがー」
「-だがな、俺にはそれができない」
長老の言葉を遮って、グレンは言う。
「俺はこの村に仕返しをしたいが、俺にはできない。なぜなら、それは俺じゃなく、リベルが決めることだからだ。直接被害を受けたリベルがどう判断するのか、俺はそれに従う。だから、俺はリベルがその答えを出すまでは、この村に何かをするつもりはない」
グレンの言うことは、どこまでもリベルを優先したことだった。
そうして優先した結果、出した結論だ。
「ありがとう」
長老はそんなグレンに頭を下げる。
グレンは今は拳を握りしめている。
表情には出さないが、今言った通り、やり返したいのだろう。
しかし、やらない。
リベルが目を覚ますまでは、グレンはリベルが答えを出すために、その邪魔となるような黒蛇の退治に協力することにした。
グレンが本当にリベルを中心にしますよね。
リベルのためなら世界を滅ぼしそうな勢い(笑)。




