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虹の調律師 ~光と調和の軌跡~  作者: 二一京日
第一章 旅立ち、そして新たな日々
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第42話 ナイトメア

「どうにも不運が重なって疲れ気味だしなぁ…………はぁ」


 考えてみると、グレンは今更ながら自分が不運であることに気付いた。


「だいたい、こんなところにこんな魔獣がいるのが反則だろうが」


 グレンは振り下ろされるはさみをまた上空へ回避し、魔獣の背中を取る。

 視界の端に見えるも片方のはさみと、今度は来ると予想できた尾も躱して、何とか地面に着地する。

 正面から相対していた状態から、ようやく魔獣の背後に回れたことにグレンは安堵していた。

 なにせずっと正面に居たら、徐々に壁際まで追いつめられるし、その度に威圧感が増していくのだ。そんな状態からはいち早く抜け出したかった。

 これで少しは戦いやすくなるというものだが、時間が経てばまた同じようなことになりかねない。

 ゆえに、先手を取って早めに攻撃を仕掛ける必要がある。


「さて、試してみるか」


 グレンはこちらに振り返ろうとしている魔獣に向かって右手を向ける。


「大地よー」


 洞窟に入った時にオオカミ型の魔獣に放った炎と属性は違えど、種類は同じような魔法。

 今は加減しなくていいので、威力は十分にある。

 魔獣の真下の大地に亀裂が入り、そこから無数の大地でできた棘が飛び出した。

 針山のように飛び出た針は魔獣を串刺しにする、はずなのだが。


「……やっぱりか……」


 魔獣は針に押し上げられるだけで、その装甲を破ることはできていない。傷一つ付いていない。

 そして、押し上げられた魔獣が身動ぎをすると、針山はすぐに崩れてしまった。


「思った通り硬いな」


 ドンッ、という振動音を響かせて着地した魔獣を、グレンは険しい目で見る。

 今の攻撃でダメージがそうそう与えられないことは予想できていたが、完全に無傷なのはグレンの想像を超えていた。

 あれだけの数の針で生物の急所が多い腹の部分をついたら、どこかしらに反応があってもいいと思ったのだが、結果は失敗。

 もしかしたら当たっていないところがあったかもしれないため、これを続けることも一つの案ではあるのだが。


「さすがに、それだけじゃあ、どうにもなんねぇ。切り替える方がいいか」


 グレンは針の山のことは早々に諦めて、別の手段へと変える。


「雷よー」


 同レベルの雷属性の魔法を魔獣へと放つ。

 右手から放たれた青白い雷は、魔獣へと直撃する。

 しかし、そこに返ってきた感触は不愉快なものだった。


「これも弾くって、一体なんて装甲だよ。こりゃ、正面から破るのはきつそうだな」


 雷撃をものともしない魔獣は、一転して今までに出してこなかったスピードでグレンへと突進する。


「やばっ!」


 グレンはすぐさま雷撃を止め、風属性の魔法を無詠唱で発動して、自分の体を横へ思い切り飛ばした。

 自力で避けてしまっていれば、両腕のはさみの餌食になってしまっていた可能性が高い。

 魔法で勢いをつけてやれば逃れられると直感したグレンの、ファインプレーと言えた。

 魔獣はグレンが避けても勢いは緩まず、そのまま壁へと激突していた。躱していなかったら、魔獣の頭と壁の間で押しつぶされていたと思うと、ゾッとすることだった。

 地面をゴロゴロと転がってようやく勢いが止まったグレンは、全身に付いた土ぼこりを払いながら立ち上がった。


「いったぁ。自分でやっといてなんだが、もうちょっとうまくできなかったかなぁ。出来なかっただろうなぁ」


 魔獣の頭が壁にめり込んでいるのを見ると、なりふり構わない緊急回避は正解だったと思えた。

 そして、やはり魔獣の一撃は防御魔法を破って洞窟を壊していく。

 今のところははさみと突進の二発だけだが、この後も続くとなると、この場所が崩れてしまいかねない。


「うん、マジでどうしようか……………………せこい戦い方でもいいか」


 別にグレンには正々堂々とした戦い方にこだわりというのはないのだが、邪道の戦い方は正直な話少し抵抗があった。誰も見ていないとはいえ、これをやると何だか悪いことをしているような気分になるのだ。

 それでも、背に腹は代えられないという今は、こうするのが良いだろうと思った。


「よっしゃ、いっちょ頑張るか」


 グレンが気合を入れ直したところで、ちょうど魔獣も壁から頭を引っこ抜いた。

 グレンに体の正面を向ける魔獣の体には、当然のごとく傷はない。

 そもそも、傷をしていたらただの馬鹿ではないか、という思いがグレンにはあった。ここは捨て身で攻撃を仕掛けるような場面ではないのだから。


「まぁ、捨て身で来ても、今度ばかりはそうはいかねぇかな」


 グレンは洞窟全体にかけていた防御魔法をすべて解除する。薬草の方はちゃんとかけたままにしているが。

 そして、グレン本来の黒い魔力が体全体からにじみ出て、グレンの周囲に局所的に影が落ちているようになった。

 何かを危ない匂いを察知したのか、魔獣はグレンに向かって再び突進する。


「やっぱ、そう来るよな」


 しかし、魔獣の攻撃を読んでいたグレンは先ほどのように慌てることはなく、今度は余裕をもって大きく横へ回避する。

 その際に飛んできたはさみの攻撃も地面に軽く伏せることで避ける。

 そして、その最中にも溜め続けた魔力を、グレンは一気に開放する。


「あいつには効かなかったが、さすがにお前には通用するだろ。いくら装甲が固かろうが、そんなのは関係ねぇんだよ」


 グレンの黒い魔力が空気中を並みとなって魔獣へと迫る。

 それはもはや黒い霧。

 それが魔獣の巨体全体を覆いつくさんと、魔獣の体に集る。

 魔獣はもがいてそれから抜け出そうとするが、うまくいかない。まるで何かにからめとられているような。その煙に捕らえられているように動かない。

 精々が小さく体を震わせるだけ。

 それしかできていない。

 これが、グレンの言うせこい戦い方。


「<ナイトメア>。この魔法でお前は悪夢を見て、その悪夢で死ぬ」


 この<ナイトメア>は王都に行った時に、いたずらでリベルにかけようとした影属性の魔法。

 その時はただの冗談だったので、そこまで出力は上げずに、ただ単に悪夢を見せるだけしようとしていた。結局はリベルの謎の光に邪魔されて、返り討ちを受けてしまったわけだが。

 しかしながら、今回は違う。

 今回はただ単に悪夢を見せるだけではない。

 魔獣であっても、人間と同じように生きて、寝て、恐怖を感じる以上、このさらに一段階上の<ナイトメア>の敵ではない。

 この<ナイトメア>で見せられた悪夢で本人が死ぬと、そのショックで現実でも死が訪れる。

 精神力が強靭な戦士のような相手であれば、精神的な大ダメージがあるだけで済むのだが、魔獣のような生き物はそのようなことが少ない。

 魔獣とは大抵のものが、こういう精神攻撃に対しての耐性を持ち合わせておらず、精神的に強いということはない。

 それは人間と同じような知性を持ち合わせていないことが最大の理由であり、知性を持っていなければ精神力を鍛えるなどはできないということだ。

 その点で言えば、この<ナイトメア>は炎魔竜アグニのように魔獣でありながら魔獣ならざるものには通用しないし、おそらく黒蛇のような規格外の存在には通用しないだろう。

 だが、目の前のサソリ型魔獣はその魔力、悪夢に囚われたら最後、抜け出すことはできない。

 そして、その悪夢の支配権を持っているグレンの裁量で、魔獣は死ぬ。


「こういう勝ち方は自分でも陰湿だと思うんだがなぁ。だから他の属性の魔法を優先的に使ってるが……まぁ、今回ぐらいはいいか。時間をかけない方がいいしな」


 グレンは悪夢の中で魔獣を殺す。

 それは外見的には何も起こっていないように見えるが、それでも確実に起こった。

 魔獣が力尽きたように、その場に倒れこんだ。

 それと同時に、霧のような黒い魔力は霧散する。

 魔獣の近くまで寄って確認するまでもなかった。

 その魔獣は、確実に命が尽きていた。

あっさり倒しちゃいました魔獣さん。

ですが、まだ話自体は続きますので。

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