第41話 触り放題
これがサブタイトルでいいのかな、と思いましたが、何かこれもありかな、と。
グレンは目の前のサソリ型魔獣の大きさに舌を巻かれ、少しだけ距離を取った。
このような巨体と接近戦をするのはあまり好ましくはなかった。特に今はグレンの身を守る装備はほとんど意味を成さないと言っていい服であるため、ここは遠距離からの攻撃が良いと判断した。
そして、この動作にはもう一つ意味があり、グレンが下がることによって魔獣が再び距離を詰めてくることである。そのたびにまた下がるのだが、そうすることで大事な薬草が戦いに巻き込まれないようにしたいのだ。
またしても、またしてもグレンは本気を出せないまま強敵と戦うことになる。
しかも今回は、気を付けなければならない度合いが桁違いで、すぐ近くに薬草がある。
唯一の、大事な薬草が。
つまりグレンは今回、洞窟に入ってから最大限に注意しながら、ここまでで一番強い相手と戦わなくてはいけない。不利、と単純に言えるような状況ではない。
「はぁ。ったく、少しは俺に楽させろよ」
ため息をついたグレンは、洞窟を守った時と同じように、薬草に防御の魔法をかける。
気を付けて戦うとはいえ、完全無防備に晒されている薬草に傷一つ付けることなく目の前の魔獣を倒せるか、と聞かれると、グレンは自信を持って無理と答えるだろう。
これでひとまずは保険は掛けられたが、さすがにそれだけで全力を出せるわけではない。
グレンは次に洞窟全体にも防御の魔法をかけて、崩れないようにする。
ここまでやって、ようやくまともに戦えるかもしれないといった状態だった。
「俺ってここまで追いつめられなきゃいけないようなことしたっけか?」
グレンは本気でそう思ってしまっていた。
たしかに、ここまでグレンの本領が発揮できない状況が連発していると、本当に何かがあるのかと思ってしまう。グレンの記憶が正しければ、ここ最近は特に何もしていないはずだったが。
「まさか、もっと前のことが今になって来たとか?タイミング悪すぎだろ。もっと気を利かせて、せめて薬草を取って帰るまでは面倒は起きないでほしかったな」
愚痴を言い続けるグレンの気持ちは当然のものであったが、そんなことを言っても現状を打開できるわけもなく、ただタイムリミットが迫ってくるだけだ。
「あと二時間弱、か。帰りは行きよりは楽そうだが……早めに片付けないとな」
グレンは洞窟と薬草が少しは安全になったことを確信し、大量の魔獣を相手していた時よりも少しばかり威力を上げて戦うことにした。
そうしなければ、時間までに戻るなどできそうになかった。
そして、本当に思った。
(本気でやりゃ、こんな奴一瞬なのにな)
本気を出せば、薬草も洞窟も一瞬で終わるのも確定である。
♢♢♢
オーリン村の長老の家では、奥さんが相変わらず献身的に介抱していた。
黒蛇のことだけでなく……いや、それ以上に村人がリベルに暴力を振るったことを申し訳なく思っているようだった。
長老の家には奥さんだけでなく、数人の女性がリベルのために薬を調合したり怪我の治療をしたりと、奥さんと同じように献身的だった。
彼女たちは命令されたからではなく、率先してリベルの介抱に来たのだ。
村人全員が何もリベルの暴力を振るったり、暴言を吐いた人たちというわけではない。
中にはやはり、今は今、昔は昔と割り切っている者もいるのだ。
そう言う人たちが徐々に増えていけばいいが、今はそれは難しいことである。
「皆さん、いつでもグレンさんが戻ってきてもいいように、準備はしておいてください」
「はい」
「わかりました」
奥さんの指示にそういった返答をした女性たちは、調合の道具の準備を始めた。
グレンがとってくることになった薬草は、普通の調合の仕方は通用せず、特別な方法でなくてはならないのだ。
そのための準備。
「もう少しだけ待っていてください」
奥さんがリベルにそっと呼び掛けて頭を撫でた。
もう十六歳でそんなことをしてもらうのは、リベルに意識があれば恥ずかしいことだったが、奥さんにとっては十代などまだまだ小さな子どもと同じだった。
奥さんが撫でることで髪がサラッと流れる。その綺麗でさらりとした感触に、奥さんは驚いた表情をした。
その感触が奥さんには気持ちよく、しばらく撫でていると、他の女性たちもそれに気付いたのか、リベルの傍まで寄ってきた。
そして、特に声を出すこともなくそれぞれがリベルのサラサラの髪に触れると、お互いを見合って嬉々とした笑みを浮かべる。
リベルが黒蛇に噛まれて危ないにもかかわらずそんな表情ができるのは、リベルの表情が毒に苦しんでいるようには見えなかったからだ。解毒薬は絶対的に足りていないため、完治したわけではないとわかっているのだが、それでもなぜだか癒されるような感じがしていた。
その場は無言ではあっても雰囲気が何やら騒がしい女性たちの中心では、リベルがあちらこちらから髪を触られ、頭を撫でられている。
これはリベルに意識があったら、本当に困るシチュエーションであった。
♢♢♢
グレンは魔獣が繰り出す両手のはさみの連続攻撃を、頭を伏せたり、横に体を傾けたり、上体を反らしたり、様々なことで躱している。
それらはすべてすれすれで避けていて、グレンの近くの空気を薙いでいく。
そのたびに聞こえるすさまじい音に、グレンは内心ひやひやしていた。
そして、次の魔獣の右腕の攻撃を、グレンは上空へジャンプすることで回避する。
しかし、空中のグレンに向かって魔獣の左腕が放たれた。はさみがグレンを挟もうと迫ってくる。
さっきはこの攻撃で地面に叩き落とされたグレンだったが、今度は来るとわかっていればそう怖くはない。
「よっと」
グレンは空中で体を捻ることで、魔獣のはさみを回避する。
「よしっ」
相手の攻撃を躱し、次はグレンが魔獣の背中側を取って優勢になったことで、グレンは魔法を放とうと空中から魔獣に手を出す。
しかし。
「あ、そうか」
気付いた時には、もう目の前。
この魔獣がサソリ型である以上、攻撃手段は両手のはさみの他に、先の尖った大きな尾があった。
しかも、サソリの常識で当て嵌めてみれば、その尾には毒が含まれていて、刺されたら身動きが取れなくなる。その後は当然のように嬲り殺しだ。
「くっそ!」
グレンは魔獣の背中に向けていた手を迫る尾に向けて、全力の魔力放射で即席の壁を作った。
何とか間に合ったその壁に尾が激突し、案の定、空中にいたグレンは再び地面へと叩きつけられた。
「かはっ…………っ!?」
背中から倒れたグレンは、直後に目の前に振り上げられる魔獣のはさみが見え、咄嗟に横へぐるぐると転がった。
幸いなことに回避は成功し、振り下ろされたはさみは地面に深々と突き刺さった。
「マジかよ……。あれ食らったらまずいな、尾も含めて」
一筋縄ではいかないことがわかったグレンは、その場から立ち上がり、魔獣を見上げる。
ちょうどそこで刺さっていたはさみが抜け、魔獣は体をグレンの正面へと向けた。
どこが脅威かがわかってくると、体の大きさがより大きなものに見えてくる。
「しゃーねぇ。防御魔法を強化しなきゃだめだな、こりゃ」
そう呻いたグレンは、魔獣のはさみが突き刺さった地面を一瞥する。
(一応、ちゃんと防御魔法をかけていたんだがな。範囲が広くて少し甘くなっていたにしての、さすがにこの威力はやべぇだろ)
最悪、薬草にかけている防御魔法すら危ない。もしかしたらすぐにでも破られてしまうかもしれなかった。
グレンは薬草とこの広場と周辺の防御魔法を強化した。
「さてと……どうするかな」
まったく指針が見えなかった。
今日は待ちかねた日です。
この後も何話か更新していきますよ。




