第3話 クレア=シュリンケル
コツッ、コツッ、コツッ……
長い長い廊下に靴音が響く。その音はクリアに聞こえ、近くを通る者にはその足音が自信に満ちているように思えて、通っている人物の凛々しい姿を想像しただろう。
しかし、それとは裏腹に不機嫌そうに歩く、一人の少女。
赤髪に赤い瞳を持つその少女の名は、クレア=シュリンケル。年は十六歳。
彼女は赤髪を後ろで一本に束ね、歩くたびに揺れるポニーテールは人々の目を引き寄せるものであり、赤い瞳はとても情熱的で、その瞳を見つめた者は少女に見惚れるか、その迫力に圧倒されるか。人々にはクレアに関する噂は多く流れていた。
「本当に、これでいいのかしらねぇ」
歩きながら、クレアは自分の服装を確かめる。いや、服装というよりは鎧を着ているのだが、クレア自身はこれがそんなにすごいものなのかがわからなかった。聞いた話によると、王都で有名な銘鍛冶屋が制作した一級品ということだったが、クレアとしてはどうでもいいことだった。
実際、鎧に求められる機能は二つ。
一つは、当然のごとく装着者の身を守ること。甲冑のあるなしが生死に直結することはよくある。
二つ目は、集団としての統一感だ。鎧を着ることで、みんなの士気を高め、他の者との一体感を出す。
この二つが成り立ってこその鎧であり、軍隊であり、国と言えるのだ。
現在のシュトリーゼ王国は魔導大国としてその名を知られており、単純な戦力はもちろんのこと、魔法を使用する魔法部隊も他国よりも充実している。
しかし、そんな中でもクレアは不満だった。
クレアは自身の動きをある程度阻害する鎧を好んでおらず、魔法部隊のような軽装備が望みなのだ。魔法部隊は遠距離からの戦闘を主としているため、鎧はそこまで必要ではない。あくまで鎧の二つ目の目的、軍隊としての統一感を出すためのものである。
自分に自信のあるクレアは、自分には身を守る目的は必要なく、必要最低限の統一感だけ出してもらえればよかったのだ。
それなのに、国の偉い人たちはクレアのために鎧を作ると頑固に言っていた。この時ほど形式というものを煩わしく思ったことはない。
完成した鎧は白を基調とし、所々にクレアの象徴、赤が散りばめられており、鎧の縁は金のラインが施されていた。制作した鍛冶屋がよほどいい腕だったのか、予想よりも軽いわりに強度もそこそこあった。試しに鎧をもらったその場で剣で切り付けてみたところ、手加減したとはいえ傷が少ししかつかなかったのには驚いた。
しかし、いくらクレアでもそのような暴挙に出れば注意、というかお叱りを受けるのは当然で、クレアが尊敬する師匠にこっぴどく叱られた。
そんな一幕があってクレアの手元に残った鎧だが、残念なことにそれでもクレアはその鎧に満足しなかった。鎧を着けなければならないのなら、クレアが求めるものは単純かつ明快だった。複雑な特殊効果も性能もいらない。ただ軽さと強度を極限まで兼ね備えていればいい。
一度クレアはそのことを、鎧を作った噂の銘鍛冶屋に聞いたことがあった。
普段着のような薄さと軽さで、以前作った鎧の強度を越えられるか、と。
答えは当然、無理であった。それどころか、鍛冶屋から追い出されてしまった。クレアはその時に何がいけなかったのかはわからなかった。クレアとしては、もらった鎧の気に食わないところを五十個近く並べただけなのだが。
とはいえ、さすがに儀礼の時は正装としてその鎧を着用しなければならず、こうして少し傷の付いた鎧を着ているわけだが、やはり不満なものは不満だった。
どうやらその苛立ちが足音に出ていたようだが、そんなことは誰も知る由がない。
「やぁ、クレア、随分と楽しそうに歩いているじゃないか」
まったくもって検討外れなことを言う青年が、後ろからクレアに声をかけた。
クレアが振り返って見ると、そこにはクレアとは違って完全な軽装である純白のコートを着た、金髪青年が歩いて来ていた。その青年を少し待って自分の隣に来ると、クレアは再びその青年と一緒に歩き始めた。
「楽しそう、というのはどういうわけで、ラインヴォルトさん?」
青年の名はラインヴォルト=マーキリアス。彼は国の誰もが羨む美男子で、その珍しい紫がかった黒い瞳に見つめられた女性は、ラインヴォルトの虜になってしまうという。本人は意識していないようだが。
そして、クレアが儀礼用の鎧を着て軽装を羨んでいたにも関わらず、ラインヴォルトが軽装なのは単純な理由があった。
それは彼が魔法部隊の一員で鎧を必要としていないからだ。さらに、彼がとても質のよさそうなコートを着ている理由。
それは、ラインヴォルト=マーキリアスは、二十代前半という若さで魔法部隊の隊長を任されているからだ。魔法を使える魔法部隊は一つしかないが、それ以外の騎士のように剣や槍といった接近戦をする部隊は第一から第三まであるが、それぞれの部隊の隊長を比べると、ラインヴォルトが最も若いのである。
「楽しそうなもんは、楽しそうに決まってんじゃん。君の足音は良く聞こえていたよ。ゴツッ、ゴツッてまるで岩を蹴るような音でさぁ」
ごくごく自然に言うラインヴォルトだが、別にクレアは楽しいわけではないし、岩を蹴るような足音をさせてもいない。軽い口調で言ってはいるが、それが冗談ではなく本当にそう思って言っていることをクレアはわかっていた。
とはいえ、そんなことで目くじらを立てるほど小さいわけでもないクレアは、ごくごく自然に返した。
「そうですか?私としては、岩壁を蹴り破るイメージだったんですけど」
「あぁ、そっかぁ!それが一番しっくりくるなぁ!」
これが自然なやり取り。
あくまで、この二人に関しては。
「それより、俺のことはラインヴォルトって呼び捨てにしていいっていつも言ってるだろ?敬語もなし。君にはそれくらいの我儘は許されていいと思うんだよ君とは俺が一番年が近いんだから、仲良くしていこうぜ」
「そう、ね。わかったわ、ラインヴォルト。仲良くしていきましょう?まぁ、もともと仲いいような気がするけど」
「ん?そう言えばそうだな。じゃあ、これからはスーパー仲良くしようぜ!」
「いえ、二人でスーパーならハイパー仲良しよ」
「おぉ!」
ぐっと親指を立てるクレアに、ラインヴォルトも親指を立てる。
これが自然なやり取り。
あくまで二人に関しては。
「おっ、着いたな」
「そうね」
話しながら歩いていた二人は、いつの間にか国王のいる王の間の前の扉へと到着していた。
その扉は大きく、とても人力で開けられるとは思えないほど。軽く五メートルは越えているだろう。扉の重さも相当だ。
そんな扉の両脇に立つ二人の兵士は、クレアとラインヴォルトを見ると、ビシッと敬礼をし、された二人も敬礼で返す。そして二人の兵士はそれぞれ扉の両脇に設置されている機器に触れると、扉が重苦しい音を出して開き始めた。
その機器は魔法を応用したもので、使用者の魔力を吸い上げることで扉を開く装置が起動する仕組みになっている。ゆえに、扉の両脇に立っていたのは生まれながらに魔力を持つ魔法使いで、ラインヴォルトの部下である。
その二人が起動させた機器だが、見た目の派手さに反して消費する魔力量が少ないため、魔法部隊に配属されている者ならば最低でも一日に百回は開ける。
そんな以外に燃費のいい機器を使って開けられた扉の向こうへ、クレアとラインヴォルトは足を踏み出す。
「クレア=シュリンケル様、ラインヴォルト=マーキリアス様、入られます!」
扉を開いた兵士の片方がそれを大きな声で言うと、二人とも王の間へと入っていく。
これから開かれる、人間界上位会議に出るために。
魔法部隊の隊長であるラインヴォルトは当然として、他の部隊の隊長でもないクレアがこの場に出席できる理由。それは、彼女の存在そのものに理由があった。
彼女、クレア=シュリンケルは王国に認められた人間。
シュトリーゼ王国最強の戦士。
誰もが羨望の眼差しで見つめる、勇者クレア=シュリンケルである。
いよいよ勇者登場です。前回の最後でグレンが重要なことを言っていましたが、しばらくは勇者サイドになりそうです。




