第38話 博打
グレンは残っている魔獣の厄介さに、そろそろ苛立ちを覚えてきた。
使える手段が限られているグレンは、その中でも魔獣を蹴散らしてきたのだが、当然のごとくすべてが一発でケリの付くような魔獣ではなく、なかなかに手こずらせる魔獣もいる。
できればすべてを相手せずとも、空いた道をすり抜けて目的地に向かいたいと思っていた。さすがにグレンでも魔獣すべてを相手できるとは思っていないため、良いところで切り上げたかったのだが、どうにもそれができない。
魔獣が休む暇もなく襲い掛かってくるのは理由の一つだが、一番はやはり、進みたい道の真ん前にひと際大きな魔獣が陣取っているからだ。
それに厄介なのはそれだけではなく、強力な魔獣ともなると、魔獣同士である程度の意思疎通ができるのだ。そういう魔獣ばかりが全部で五匹残っていて、連携もとってくるのがグレンはかなり面倒に感じる。
こうなれば全部倒すしかないと考えるグレンだったが、それが予想以上に難しい。
今の限られた魔法では決め手に欠け、これ以上は数を減らせそうにはなかった。
「ホントに、これどうしたらいいかなぁ?」
完全に自業自得で招いたこととはいえ、このままでは埒が明かないことに、グレンは焦り始めていた。
戦いが長引くことは、すなわちリベルの命の可能性が縮むことを意味する。
ある程度の予想はしているのだが、それでもリベルを待たせ続けるのは気が引けた。
「ふう~」
一つ深呼吸して、グレンは覚悟を決める。
ちまちまと攻撃していても、今目の前にいる五匹の魔獣を倒すことはできない。
できるのは思い切りの攻撃だけ。
なら、それに賭けるしかなかった。
「じゃあ、一つ博打を打つとしようか」
グレンは今までにないほどに意識を集中させ、まずは……探査の魔法を使う。
攻撃する意思が見えないとわかった魔獣たちは、それぞれグレンに向かって襲い掛かる。
グレンは魔法をそのまま維持して探査を続け、魔獣の攻撃に対処する。
ウオォォォォッ!
正面から、この中では唯一二足歩行している魔獣が拳を振り上げてグレンへと迫る。
「…………」
しかし、グレンは落ち着き払っていて、魔獣の攻撃を見切る。
振り上げたその瞬間に一気に走り出したグレンは、魔獣の股下を潜り抜けて背後に回った。
突然の行動に魔獣は驚き、その背中に向かってグレンは水の刃を放つ。
完全に無防備で虚を突いた攻撃だったが、それは他の魔獣がカバーに入って刃を防ぐ。
弾かれた刃はグレンの手元へと戻り、グレンは再び刃を、今度は足首へと放った。
だが、それも難なく弾かれる。
先ほどから悉くグレンの攻撃を防ぐその魔獣は、体の硬度に関しては上級の魔獣に匹敵するほどのものだとグレンは分析した。
実際にその手の魔獣とは戦ったことはあったが、やはりその魔獣も水の刃や糸程度では傷はつけられなかった。
そんな魔獣と同じ硬さのそいつがグレンの攻撃を防いだ瞬間、二足歩行を除く残り三匹の魔獣が、グレンの左右と背後から襲い掛かってきた。
「想定内だよっ!」
グレンは高く飛び上がって三匹の攻撃をかわすと、五匹すべてを見渡して、水の糸をそれぞれに放つ。
今まではそれで相手を仕留めようと鋭さを重視していたが、今回は違う。
それぞれの魔獣が水の糸を弾こうとする。雄たけびを上げたり、髪切ろうとしたり、腕を振り回したり。
しかし、それらすべてが、この攻撃ではあだになる。
この水の糸は切り刻むためではなく、捕らえるための糸だ。
「自身も行き過ぎると自惚れってことだ。躱せばよかったものを」
グレンはこう言ってはいるが、たとえ躱したとしても捕らえるために水の糸は追いかけ続けるが。
どちらにしても結果は変わらず、今のように五匹の魔獣が水の糸にからめとられている。グレンの作る水の糸というのは、弾力と頑丈さを兼ね備えていて、これに縛られてしまえば逃げ出すことは困難。少なくとも、今すぐに脱出することはできず、時間が稼げる。
「ちょうど、把握が終わったところだしな」
地面に着地したグレンは、探査の魔法で完全に理解した洞窟の構造を頭の中で思い浮かべる。今からグレンがやろうとしていることには、どうやっても洞窟全体の構造を理解しなくてはならない。保険は掛けておくに越したことはないのだ。
グレンは洞窟の壁面全体に、防御魔法をかけていく。
本来なら相当な魔力を消費するのだが、幸いなことにこの洞窟の中の魔力濃度のおかげで、いつもよりも出力が増している。それゆえに、普通よりもずっと少ない魔力ですべてを覆う防御魔法を発動できる。
「……よしっ」
洞窟全体に自分の魔力が行き渡っていったのがわかり、グレンは頷く。
これで、この洞窟はいかなる衝撃があっても崩れないようになった。超級の魔獣が現れてしまえばその限りではないが、そんなことを気にする必要は今はない。この防御魔法を破れる魔獣は、洞窟内にはいない。
準備が整ったことで、グレンはようやく面倒な魔獣五匹を倒すことができる。
最初は集まった魔獣すべてを倒すことはできないと思っていたグレンだったが、考えが変わっていた。
もうすでに水の糸で捕らえて動けないようにしているから、ここを突破するのはもう簡単だ。魔獣のことは放っておいて、このまま目的地へと向かえばいい。
しかし、いつまでも魔獣を抑えておくことはどう考えてもできない。
そして、もし再び動けるようになったらグレンのことを追ってきて、最悪の場合は目的の薬草がある場所で戦う羽目になる。そうなれば、グレンの勝率はガクンと落ちる。
そうならないためには、今ここで倒しておかなくてはならない。
当初の予定とは違うけれども、そうすることが必要だと思った。
グレンは両手を上に掲げて、魔力を高めていく。
その魔力に反応し、空気が震え、洞窟が振動を始める。とはいえ、洞窟自体は魔法で守っているため、崩れる心配はない。それはつまり、威力のある攻撃をしてもいいということだ。もっとも、自分でかけた防御魔法なので、それが耐えられる威力をしっかりと計算しての攻撃。
魔獣五匹すべてを倒すには、この広場のような場所一帯を吹き飛ばすくらいの威力が欲しい。そして、それに耐えられるだけの防御魔法だ。問題はない。
(洞窟の方は心配ない。だが、それでも火や風属性の魔法は使えない。なら、ここは……)
グレンはこれから使う魔法を決め、詠唱に入る。
「世界を占める元素よ、わが導きに応え、その証を示せー」
魔力をさらに集めていくとともに、洞窟の震えも大きくなっていく。
自分で防御魔法をかけて安全だと自分で確信していたが、ここになって大丈夫かどうかが心配になりそうなグレンだった。
しかし、そう一瞬思っても、結局は自分を信じて魔法の行使に躊躇は見せない。
グレンはそのまま詠唱を続ける。
「我が望むは始まり、原初にして最大の元素よ、その力を見せよー」
グレンは収束させていた魔力を解放する。
高エネルギーが一点にあったことによる振動は一瞬だけ止まる。
それでも、一瞬後。
大地がこれまでで最高に揺れ、膨大な力が地中からあふれてくる。
グレンが使ったのは土属性魔法。
これなら、攻撃力もあるしどこかの薬草の心配も少なくて済む。
本来はこんな洞窟内で使えば生き埋め確定の大技なのだが、今回は防御魔法との併用でそれを免れている。それでも、その魔法の威力は絶大で、魔獣五匹程度を倒すには十分すぎるほどだった。
保険をかけて、ということなのだろう。
その魔法の名は―。
「<テラグラウンド>!」
大地の叫びが、魔獣たちへ放たれた。




