第31話 フォルトナ
「さて、着いたぞ」
長老の言葉とともに見えてきたのは、古びていながらも厳かな雰囲気に包まれた建物だった。
大きさはそこまででもなく、外観からして中に入れるのは数人と言ったところだろうか。
「随分と久しぶりだな。結界もあの時のままになってるし」
「お主のおかげで随分と頑丈になっている。わしの許可なくここを開けることはできんし、無理矢理開けようとすれば相応のダメージがある。よくこんなに高性能なものを作れたものじゃ」
「もう随分前の話だろ。今更だ。そんなことより、俺としてはこの中のものが気になるんだよ。あの時は実際には何が入っているかなんて知らなかったし。そう言えば、昨日、俺なら、とか何とか言ってなかったか?」
「あぁ、言ったな」
昨日、神殿のことを話した時に言っていた言葉。
『もしかしたら、お主なら、とうこともあるからな』
あの時はスルーしたが、今になって考えてみれば不思議なことである。
「あれは一体、どういう意味だ?」
「……それは確かめてからにしよう。危険はないから、ひとまずはそうして欲しいのじゃ」
「……わかったよ。先に済ませた方が話がわかりやすいかもしれないしな」
「感謝する」
長老は神殿へと近づき、その扉に手をかざした。
すると、扉の前に結界の魔法陣が現れ、それが長老の魔力を調べる。
これで入る資格のないものを弾く設定になっているのは、グレンの補強によってできた機能だ。
元々は資格がなければただ入れないだけだったのだが、それだけでは生温いということで、グレンが長老の頼みで改良したのだ。
とは言え、そんなことをして脅さずとも、結界の構造に触れたグレンにはこの結界がどれほど精密に計算し尽くされたものであるかがわかっていた。
そして、この結界を開けるための鍵が長老の魔力だけではないこともわかっていた。
「よし、開いたぞ」
長老がそう言うと、確かに結界が解け、扉が開くようになっているようだ。
この状態で誰かに襲われることも考えて、この結界は解けたとしても神殿を保護する力は残るようになっている。そのため、いかなる時でも中にあるものを守れるようになっている。
この結界に少しでも携わったことを思うと、グレンはそれを周りに自慢したくなるほどだったが、生憎と結界のことは他言しないように釘を刺されている。
そういう用心深さから言って、中にあるのは相当のものだと思われた。
「俺はこのまま長老の後に入っても問題ないのか?」
問題があれば弾かれることがわかっているグレンは、そこが一番気になる所であった。
「問題はない。そのまま入って来ても良い」
「そうか。わかった」
グレンは少し緊張して一歩踏み出し、長老が扉をくぐるのに続いて神殿の中へ入っていった。
「……ふぅ……」
何もないか不安で身構えていたグレンだったが、中に入っても何も起きないことがわかって、そっと息を吐き出した。
どうやら気付かぬうちに息も止めていたようだった。
そんなグレンに続いて、一緒に来ていた男たちのうちの一人が入ってきた。もう一人は見張りということで外に残るようだった。
入ろうとしても四人はきつそうな狭さだが。
「それで、あそこにあるのが……それか」
グレンが見つめる先には、長老のさらに向こう、奥の祭壇のような場所に置かれている、一つの腕輪。
それは古びていて、いかにも古代の遺産という様子だった。
「これは『フォルトナ』という名前の腕輪でな。はるか昔に一人の少女が使っていたとされる魔具なのだが、今では魔力を一切感じられない」
「魔具、か。魔力が込められた道具、魔法使いでなくともある程度の魔法が使えるようになるものか。そんなものがあったなんてな。確か、かなり昔に魔具は存在が消えたはずだが」
「その通り。魔具の生成には特殊な魔法が必要ということで、その魔具を作ることができる者が、いなくなってしまったのじゃ。残っていたものも、有効期限を過ぎて使用不能となっている」
長老の解説に、グレンは頷く。
「そうか。ていうか、外の世界と関りがないのに、よくそこまで知っているな」
「それも当然だ。なぜなら、その魔具を生成できる者というのが、このフォルトナを身に着けていた少女だったのだから」
「……マジか……」
衝撃の事実という風に発表されたことに、グレンは頭を抱えたくなった。
どうにも面倒ごとが降りかかる予感しかしなかった。
このフォルトナが悪い魔具には思えないが、そんな魔具を生成できる少女が付けていたなら、何かしら特別なことがあるのかもしれない。
「面倒は避けたいんだがな」
グレンにとってはリベルがもしかしたら、という可能性があるだけで厄介なのに、これ以上増やされてはたまらないのだ。
「何か言ったか?」
「いや、何も。……それで、そのフォルトナが何だ?」
少女がどうこうという話は興味深いところだが、今はその腕輪が何なのかが重要だった。
「あぁ、これにはもう魔力が残っておらん。つまり、もうただの腕輪に過ぎないのじゃ」
「だが、その腕輪は特別なんだろ?」
「その通り。今この腕輪に魔力がなくとも、適応できる者が現れればこの腕輪に魔力が吹き込まれるらしい」
「らしい、ってのはどいうことだ?」
「それは村の古い文献にそう書いてあった。魔法所の解析を進めていると言ったじゃろう?」
「あぁ、確かにそんなことも言ってたな……」
グレンは昨日転移魔法陣に乗る前に言っていたことを思い出す。
初代長老の残した魔法書がそれだという話だったが。
「てか、初代長老がその少女ってことか!?」
グレンとしては先ほどの魔具の件よりもこちらの方が驚きだった。
長老にも若い時があっても当然なのだが、その長老と少女が同一人物というイメージがあまり湧かない。
「いや、その少女と初代長老は別人じゃ。交流があっただけで、その少女はオーリン村の人間ではなかった」
自分の予想が外れたことに、何故かはわからないがホッとしているところがあった。
おそらくは、少女とリベルを繋げて考えていたからだろうが。
「それで、結局のところ、この腕輪に適応する奴が近づいたらどうなるんだ?」
「言い伝えによれば強く光るらしいが……何も反応がないな」
長老の言う通り、全く光らない腕輪がそこにある。
古びた様子が見えるだけで、それ以外には何も。
「お主でもなかったか……」
「その適応する奴がってことか。ちなみに、その選定基準みたいなのは何なんだ?」
「それがわかっていたら苦労はないんだが……特別な人間としかわからん」
「そりゃそうだろうよ……」
つまりは何もわからないということらしいが、とにかくグレンが適応する人間ではないということはわかった。また、グレンの当初の目的である遺言に関しては、全くわからないという所だ。
(こっそりリベルを連れてくるか?)
そんなことをして見つかれば、ただでは済まないのは確定だが、グレンは自分の疑問のためにも確認するべきだと思った。
そう一人で納得したグレンは、用はないと言うように神殿から出て行こうと踵を返した、その時。
腕輪が、光り輝き始めた。
♢♢♢
それの目には、一人の蹲る少年が見えていた。
周りの大人たちに蹴られ、罵倒され、それでも緩むことのない暴力。
それは理不尽としか言いようがなかった。
その少年が何をしたというのだろう?
何も悪いことはしていないにも関わらず、少年が受ける暴力は止む気配がない。
偏見や差別。
今この時に限れば、それらを受けているのは間違いなく少年だ。
偏見や差別をされた者が、同じことをやり返している。
これが醜い人間の姿だ。
人に対して偉そうに物事を言うくせに、結局自分は甘やかす。
もう、うんざりだった。
もはや猶予を与えるまでもない。人間が生きてきた今までのすべてが無駄とは思えないが、それと天秤にかけてもこの者らの命は軽かった。
少年はいまだに体を蹲らせ、何もしようとはしない。
まだ息も意識もあるはずだが、何もしない。
それが少年の優しさか諦めかはわからないが、何もしないのは事実。
それが見えるからこそ、今、失望しているのだ。
何も学ばない愚かな種族には、用はなかった。
少年のためではない。
ただ、己のため。
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