第30話 確執
更新したと思っていたら、どうやら手違いでできていなかったようで焦りました。
グレンは神殿への森の中を長老の後に続いて歩いていた。以前にも来たことのあった道なので、グレンはその時のことを思い出しながら進んでいた。
「そう言えば、村が前に来たときとちょっと変わってたな」
「そうだな。あれから変わったことはあるな」
「特にあの櫓。あんなに高くなかったような気がするんだが」
「よく気付いたな。そんなことも覚えているのじゃな」
昨日村に来た時、グレンが真っ先に気付いたのがその櫓だ。
以前の時よりもはるかに高くなっているそれは、明らかに何者かへの警戒が強まっているように見えた。
「人間に警戒するだけなら、前と同じ高さでも十分だと思うんだがな」
「そうじゃな。確かに、結界への侵入者にだけならそこまで警戒しておらん。精々前と同じくらいの警戒レベルじゃ。結界が正常に作動している今は、侵入者などそうそう現れはせん」
「そ、そうか。俺も若干侵入者の部類に入りそうなんだが」
「結界をこじ開けて入ってきたという意味ではそうじゃろうが、お主たちは問題なかろう。わしがそれを保証しているのじゃ」
「それは助かるよ。内心ひやひやしていたからな。だが、侵入者への警戒がそこまでじゃないんだったら、櫓は何のためにあそこまで大きくしたんだ?」
櫓があるかないかで何かへの警戒があるかどうかはほとんど決まるが、その大きさでは警戒の度合いがわかる。
しかし、グレンが一つ心配しているのは、その警戒の相手がどれほどなのか、ということだ。
今グレンと長老に付いている二人の男は、見た感じでは相当の実力の持ち主で、王国軍の隊長とまでは行かないまでもそれに準ずるほどの実力はあると思った。
そんな人が他にもいるとなると、オーリン村の戦力はかなりのもののはずで、地の利を生かせば軍隊一つ程度なら相手できるほどある。
それなのにそこまで警戒するとは、グレンはその相手がいかなるものか気になってきた。
すでに倒されたが、王国にはアグニという脅威があった。
それと同じようなタイミングでそれと同格かもしれない脅威に巻き込まれるのは、ひどく面倒なことではある。
「この辺りには、『蛇』が出るのじゃ」
「蛇?」
グレンが思い浮かべたのは、足元をうねうねと通る一匹の蛇。
やろうと思えば踏みつぶすことだってできそうなイメージだったが、さすがにそれではないだろうと首を横に振る
「わしらはそれを黒蛇と呼んでいるのじゃが、その蛇はその名の通り黒いのじゃ。漆黒と言えるほどに。暗闇に潜んでいれば、目視では確認することはとてつもなく難しい。そして、黒蛇は体長十メートルほどの大蛇で、わしらのような生き物は丸のみじゃな」
「それは、想像するだけでゾッとするな。そんな蛇に飲み込まれるのは嫌だな。ていうか、そんな話は聞いたことがなかったが、もしかして俺がここに来た後に出てきたのか?」
「そうじゃな。お主が帰ってしばらくしてからだったじゃろうか。突然黒蛇が現れてな、わしらは逃げることしかできなかった。今でもそうじゃ。すでに奴に何人もの仲間が食われているが、いまだに対処法がわからん」
「わからんって。蛇って言うくらいだから、致死性の猛毒を持っていて、そいつに噛まれたら命はない、とか?」
「定番とも言えるようなものだが、少し違う。確かに致死性の猛毒じゃが、ちゃんと治療はできる。特殊な薬草が必要となるが、それでもその毒だけが脅威というわけではない。他にもいろいろとあるのじゃよ」
「そのいろいろとは?」
「黒蛇はその鱗からも毒を出し、鱗に近づいた者も毒に感染してしまう。また、その鱗は非常に硬く、魔法攻撃すらも弾くのじゃ」
「マジかよ……」
「魔法攻撃は効かず、弓や投擲でも硬い鱗は貫けない。やはり近距離で攻めるしかないのだが」
「近づけば毒に感染する、か……。厄介なんだな。まぁ、長いこと討伐されていないってんならそうなんだろうけど、やっぱ苦戦するんだな。そこの二人は相当に強そうだけど、そういう奴らが村には他にもいるんだろ?それでも、ダメなんて……」
「それほどに脅威なのじゃ。幸いなことにその黒蛇は一匹しかおらず、頻繁に活動することはない。前に現れたのが五年前で、これまでの周期で考えると、あと五年は大丈夫と思える」
「そんなに長いスパンなのか。驚きだな」
そんなに姿を見せなくても生きているということは、黒蛇にとって人間を襲って食うことは決して必要というわけではないのだろう。
他にちゃんとした食事があるようだ。
しかし、体長十メートルという巨体でありながら、よく姿を現さずにいられるものだなと思えた。
「ていうか、黒蛇と戦う時に、接近する奴に耐毒を付与しておけば結構いけんじゃねぇか?」
「それくらいのことをやっていないと思ったのか?もうずっと前に試した」
「結果は?」
「ダメだったから、今こうして脅威になっているんじゃ」
「ごもっとも」
確かに、それが通用するなら、もうすでに討伐されていてもいいはずだ。
長老の話から察するに、接近して攻撃すればダメージはないというわけではなさそうだから、接近さえできれば問題はないのだろう。
「毒が強すぎて、耐毒が意味を成さん」
「魔法の強弱の問題ということは考えられるか?」
「わからん。少なくとも、うちの連中の魔法では意味はなかった」
「そうか……。なぁ、長老―」
「ダメじゃ」
グレンは言おうとしたことをその前に長老に止められ、驚きに言葉を失った。
「どうせ、自分が黒蛇を討伐しよう、などというつもりだったのだろう?理由としては、村に入れてくれた礼か?」
「……よくわかったな」
「お主がそういう奴であることはわかっている。その気持ちだけは受け取っておこう。しかし、わしとしてはそうしてもらいたいところなのじゃが、村の連中がそれを認めないだろう」
「どうしてだ?このままじゃ滅ぶことになりかねないんだろ?長老の話を聞く限りじゃ、村に対抗手段はない。黒蛇が現れたら逃げるだけなんじゃないのか?」
「あぁ、その通り。わしらには為す術がない」
「だったら」
「それでも、村の連中は譲らんだろうな。なにせ、それが意地というものだからだ。お主もそれがあるから、こうしてここに来ているのだろう?」
「それは、そうだが……」
意地を張っているという意味では、グレンも村人も同じかもしれない。
ただ、かかっているものの重みが違う。
グレンはリベルと音楽のため。
しかし、いくら遺言だからと言って死者の言葉によって生者が命の危機の陥るなどあっては滑稽でしかない。
ゆえに、グレンはもしもその時が来たときは引き返す覚悟ができている。
一方で、村人の方は命がかかっていても、引くつもりが絶対ないのだろう。
命よりも、プライドの方が優先されてしまっている。
「だが、命の方が絶対に大事だろ、どう考えても。何でそうまでして……。俺はオーリン村がどういう扱いを受けてきたか知っているが、それでも頼るべきことは頼らないとダメだろ。命あってこそだろ」
「お主の言うことは正しい。わしはお主という存在を知っているから、他とは違う見方をしている。しかし、たった一人の考えでは、たとえ長老であっても村全体を動かすことはできんのじゃ。それほどまでにこの村に染みついているのじゃ」
「染みつくって……。それを取ろうとは思わないのかよ?」
「言ったであろう。一人ではどうにもならんと。彼らには命よりも大事なものがあるということだ」
グレンは長老の話を聞いていると、村の人々に段々と苛立ちを覚えてきた。
外の人間との接触を極端に避け続けてきた人々。
それゆえに、外の人間に心は開かないし、頼ろうとはしない。
もはや、外の人間と他種族ということなのだ。
しかし、グレンは知っている。
自分とは全く異なる人間に助けを求める大切さも、それを認める重要性も。
だからこそ、グレンは今ここにいると言ってもいいのだから。
もちろん、頼らずにいることもできる。
一人で、単独で脅威に対して足搔き続けるという行為は、他人に迷惑を変えない範疇では肯定されてもいいと思っている。
ただ、何事にも限度があり、他人に迷惑をかけないと言っても、どこまでも自分勝手に足搔き続けるのはみっともないと言われてもおかしくない。
そう言う時に他人に頼るのも、肯定されるべき行為なのだ。
「ったく、人に頼るのは悪じゃねぇってのに」
「そこまで意固地になっているのじゃ。これはそう簡単にはどうしようもない」
「本当に面倒な奴らだな。まぁ、元はと言えば悪いのは、あいつらにひどい仕打ちをした奴らなんだが」
「その通りだな。……しかし、一つ驚いたのはお主が人に頼ることの大切さを説いたことじゃな」
「はぁ?別にそこまでじゃねぇだろ。意固地になってる村の連中にムカついただけだ。当然のことを言っただけだぜ」
「それはあのリベルとか言う少年のおかげかな?」
「そこでなぜあいつが出てくる?どっちかって言うと、あいつの両親に感謝している部分が大きいんだが?」
「ほう。そういうことにしておこう」
「そういうことってどいうことだよ。俺は別に嘘は言ってねぇぞ」
「そうであろうな。今はそう考えておいていいじゃろう」
「何か気に食わねぇ……」
なんでも見透かすような言い方が妙にリベルと似ているところがあり、何となく良い気分がしないグレンだった。




