第25話 深い森
グレンが必死になって結界を解析し、リベルが謎の声を聞いていたその時、森の中では複数の影が動いていた。
それらの影は外をうろつく二人の人間に警戒の眼差しを向ける。
特に、結界を探っている男には警戒心が強かった。
それに比べてもう一人の方は珍しい髪色ではあるが、それ以外に目立つようなところはなく、気弱そうな雰囲気がある。
銀髪の方はさしたる脅威にならないと判断した影たちは、お互いで相談を始めた。
「おい、どうする?このまま結界が破られたら……」
「いや、ここの結界は長老様方が代々守ってきたんだぞ。これが破られたことは、結界が張られてからは一度もない」
「だがよ、今までここが感知されたことがあったか?この結界は村の者にしか感知できないはずだろ?それがどうして?」
「そんなこと知るかよ。当てずっぽうかなんかじゃねぇの?」
「そんなことで特定されてたまるか。ありえねぇよ。この草原にあるとわかったとしても、こんなに広いんだぜ。たとえこの近くを通っても、どれだけ感受性がすごい奴でも意識しなきゃ無理なんだぞ」
「だったら、どうしてだって言うんだよ?」
「そんなのわかったら苦労しねぇよ」
「とにかく、ひとまず村へ報告に戻ろう。何人かはここに残って、あいつらの見張りをしていろ。破られるようなことはないはずだが、もしものことがあったらすぐに知らせろ」
「わかった。そうする」
「それと、わかっていると思うが、『蛇』には気を付けろ」
「あぁ。お前たちもな」
そこで会話が終わると、数人を残して残りの影が森の奥へと消えていった。
♢♢♢
グレンがすぐにそれに気付いた。
背を向けていたといても、グレンには気配の変化がわかった。
「おい、リベル?」
結界の解析を行ったままリベルへと質問を投げかけるが、答えが返ってこない。
「おい、聞いてるのか?」
グレンが振り返ろうとした時、リベルはグレンの横を通り過ぎていった。
その時に見たリベルの目は、ナルゼの店を出た時に空へと向けていた目と同じものだった。
瞬間的にグレンはわかった。
リベルは全く別のものへ意識を集中させている、と。
「おい」
グレンがその肩を掴もうとするが、すんでの所でそれをやめる。
確かに意識はぼうっとしているようだが、危ない感じは今のところしない。その時になったら手を出そうと、グレンはリベルの行く先を目で追う。
そして、あるところで立ち止まると、リベルは不意に声を出した。
「そうか、ここなんだね」
それは誰かに話しかけているような口ぶりだったが、もちろんグレンには見えもしないし聞こえもしない。気配すら感じない。
(一体どういうことだ?)
グレンが訝しげに思うと、リベルはグレンの方に向き直った。
「何かここら辺からやれば行けるみたいだよ」
「みたいって、誰からか聞いたのか?」
「う~ん、声?」
「は?」
「まぁ、そんなことはいいじゃん。ここからならグレンもできるんじゃないかな?」
「そうか?」
疑問に思うグレンだが、この結界を見つけたのもリベルなので、そのリベルが言うなら何かしらあるのかもしれないと思った。グレンは解析作業を中断し、リベルの所へ行く。
そして、そこで先ほどと同じように解析を始めると、グレンは驚きに目を見開いた。
「どうかした?」
リベルが問いかけると、グレンは驚きをあらわにした声で答える。
「ここなら何とか開けるかもしれねぇ」
「本当?」
「あぁ、ここはこの結界の、何つうか、玄関みたいなもんでさ、他よりも開けやすくなってる」
「なるほどね。手がかりが何もないところから開けるより、何かしらの要素がある方が開けやすいってことか」
「そうだな。これなら全部を解析せずに、ここの鍵を読み取れば…………よし、できた」
グレンが作業の終了を伝えると、二人の目の前の空間が歪んだ。
そして、何もなかったところに一つの扉ができたように、そこに四角い穴が開いた。大きさとしては、大人一人が十分に通れるほどだろうか。
「ここを通るのかな?」
リベルがその穴に躊躇なく足を踏み入れようとすると、グレンがその腕を掴んで止める。
「待て。先に俺が入る」
「?何で?」
「もしものことがあったら、お前じゃ対応できないだろ?俺が先に入って、安全を確認してからお前が入れ」
「う~ん、まぁ、グレンがそう言うなら別にいいけど」
そう言ってリベルが一歩下がると、グレンがその穴に足を踏み入れた。
「……マジか……」
入って第一声がそれだった。
穴に入るまではただの草原が広がっていたはずなのだが、グレンが入ったそこは明らかに森だった。
しかも、相当に深い森で、昼間の今でも少し薄暗く感じた。
「ねぇ、まだ?」
いきなりの風景の変化に戸惑っていたグレンは、リベルの声で我に返り、周囲に敵がいないかを確認した。
気配と魔法、その両方で。
そして、その確認を終えると、穴の向こうで待つリベルに声をかけた。
「もういいぞ」
「わかった」
ようやくか、という感じで入ってきたリベルも、目の前に広がる森に感嘆の声を漏らした。
「へぇ、こんなのがあったんだ」
「そうみたいだな」
リベルに返事をしながら、グレンは自分で開けた穴を塞いだ。
鍵を解析して開けることができた以上、閉めることも当然可能だ。
四角く広がっていた穴はみるみると小さくなっていき、穴が塞がるとそこはただ何もない空間となった。
穴の向こうの草原が見えていたところは、今では深い森が広がっていて、先が暗くて見えなかった。
「さてと、そんじゃ、行くか」
グレンが言って歩き出すと、リベルもそれに続いた。
「どこに行けばいいのかわかってるの?」
「まぁな。さっき魔法でこの辺り一帯を調べておいたから、どっちに行けば村があるのかはわかってる」
「村?村に向かってるの?」
「そうだが、言ってなかったか?」
「言ってないよ。初めて聞いたよ。そこは、何て名前の村なの?」
「言ってもわかんないと思うがな」
「わかるかわかんないかの問題じゃなくて、情報が欲しいってことなの」
「そういうもんか。まぁ、教えてもいいぞ。名前はオーリン村。村人の数は五十人もいないらしい。種族は人間族なんだが、他の人間族とはちょっと違っていてな。その違いが理由で、昔はいろんな奴に利用されたり、迫害されたりと、様々なことがあったらしい。だからこうやって、森全体を結界で覆って、隠れて暮らしているんだ。その結界は破るか、どこかに穴を開けない限りは中に入ることはできず、そのまま素通りしてしまうらしい。例えて言うなら、この森だけが別の空間にあるみたいなもんかな?」
「別の空間……。こんな大きそうな森全体にそんな結界をかけるなんて、それをやった人は相当すごいんだね」
「まぁ、お前の言う通りすごいんだが、俺としてはこの結界を嗅ぎつけたり、扉の場所がわかったお前もすごいと思うぞ」
グレンが褒めるつもりでリベルにそう言うと、リベルはそれに複雑な表情をした。
「嗅ぎつけるって、何か動物みたいな表現だね」
「物の例えだ。つまりは見つけ出したってことだからな」
「うん、わかるんだけど。それに、扉の方だって僕が見つけたんじゃなくて、教えてもらったんだよ」
グレンはリベルが言っていたことを思い出す。
「確か、声、だったか?」
「そう」
力強く頷いたリベルに、グレンは尋ねた。
「その声ってのは一体何なんだ?」
「わかってたら、声だなんてわかりづらい言い方してないよ。事実そのまんま、声としか言いようがないからそう言ったの」
「心当たりがないってことか?」
「その通り。そんなことは僕だって知りたいし」
何やらむしゃくしゃしているような表情のリベル。
それも当然だろう。
急に訳のわからない声なるものが聞こえてきたら、誰だって戸惑うだろうし、気味が悪いだろう。
それを理解したグレンは、それ以上は聞かないことにした。
リベルがわからないのなら、いくら聞いても今はどうしようもないからである。
(これが何かの罠だったとしても、俺なら、まぁ、何とかなるだろうからな。そこまで心配しなくてもいいか)
そう思い直して、再び村を目指すことに意識を切り替えた。
グレンの言う通りに村に向かって歩いていた二人。
まだ村の姿も見えず、気配も感じず、リベルはこの森の大きさに頭が痛くなった。
「そういえば聞いてなかったんだけど、その村まではどのくらいかかるの?魔法で調べたんでしょ?」
「あぁ。だいたい、一、二時間ってところだな」
「アバウトだね。それに門から家までが一時間なんて遠すぎるでしょ」
「身を隠すなら、それ位がいいんだろうな」
「こっちは苦労するってことか。ていうか、転移魔法を使えばいいんじゃない?」
まさにグッドアイデア、という風に思い至ったリベルだが、グレンはその考えを一蹴した。
「無理だ。転移魔法はそんな簡単に使える魔法じゃないんだよ」
「そうなの?」
「あぁ、特に今はー」
そこで言葉を切ったグレンは、足を止めて鋭い眼差しへと変わった。
グレンと同じように止まったリベルは、グレンの変わりように戸惑った。
「グレン、どうしー」
リベルがすべて言い終わる前に、その答えは現れた。
二人の周囲の木々から、数人が飛び降りてきて、二人を取り囲んだ。
『声』って誰なんでしょう?
これはリベルに直接かかわってくるかも?




