第24話 声
目の前に広がる広い草原を、リベルとグレンは揃って歩いていた。
ナルゼを出て、グレンが行くところがあると言うので付いて来ているリベルだったが、青々とした風景が続くばかりで、爽やかさを通り越して飽き飽きとしていたところだ。
とはいえ、旅を始めたばかりでこのような気分になっていると、リベルは自分で自分が不安になってきていた。
それにしても、グレンは一体どこへ向かっているのだろうと、リベルは気になりグレンへと尋ねる。
「いい加減どこに向かってるのか教えてほしいんだけど?さっきからはぐらかされるし、訳がわからないんだけど?」
「そう言われてもなぁ。俺だって正確な場所は知れねぇんだよ。お前の両親から話を聞いたことがあるくらいで、俺だって実際には行ったことがないんだよ」
「そんなところに行こうとしてるの?地図もなしに?」
「地図があっても意味はねぇ。なにせ、地図には載っていない場所だからな」
「そんなわけわかんない場所に何の用があるの?」
颯爽と旅に出たはいいが、初っ端から躓いているような気がして、リベルは少し不機嫌になる。
「用と言えるかどうかはわからんが、お前の両親からはそこに行った方がいいと言われたことがあるからな。ちょうど、ナルゼからそう離れていないらしいし、最初の目的地にしようかと思ったんだよ」
説明しながら、グレンはただずっと続く草原を何か探すようにキョロキョロしながら歩く。
「君がそう言うなら別にいいけど、さっきからキョロキョロしてるのはどうしてなの?」
「さっき言っただろ?そこは地図には載っていない場所だって。魔力で隠蔽されているんだ」
「魔力で隠蔽……。僕にはよくわからないけど、それじゃあ、見つからないってことなの?」
魔法に詳しくないリベルには、グレンのその説明だけではよくわからなかった。
魔法に関することは完全にお手上げだった。
そんな知識の少ないリベルに、グレンは説明を加える。
「見つからないわけじゃねぇよ。魔力で隠蔽されてると言っても、隠蔽しているのが魔法である以上少しは魔力の気配がするはずだ。その気配を感知できれば、その場所も見つかるはずだ」
「それでさっきから、キョロキョロ。グレンはその感知、は得意なの?」
「まぁ、伊達に長く生きてねぇからな。感受性は世界の中でもトップクラスだと思うぞ」
「比べたことあるの?」
「いや、ねぇけど」
グレンの言葉に、リベルは肩を落とした。
「それでトップクラスって自信満々に言えるんだね。本当にすごいよ」
「だが、俺の魔力探知でも気配が感じられねぇ。魔法も使って探ってはいるが、それにも引っ掛からねぇ。この辺りだってのは確かなんだが、さすがに一筋縄じゃいかねぇか」
グレンの苛立たしげな表情を見ていると、自分も何かしなければと思うリベルだったが、完全に素人である自分が出しゃばってもどうにかなるものなのかと思ってしまう。
それでも何もしないよりはましで、グレンと同じように周囲を見渡す。
「ねぇ、グレン、魔力の気配ってどういうものなの?」
「そういえば、お前は何にも知らねぇんだよな。魔力の気配ってのは、何か空気の中に流れる違和感というか、普通とは違う空気っつうか……感覚的なことだから説明しにくいな」
「それじゃあ、僕にはどうしようもないじゃん」
「まぁ、なんか変だなぁと思ったら、そんな感じかな」
「大雑把~」
「しょうがないだろ、説明してどうにかなるもんでもないし」
そう言いながらずっと周囲を探っていたグレンだったが、ついに集中力が切れたのか、その場に倒れこんで大の字になった。
「だぁー、だめだ!なんつう隠蔽力だよ、この!」
「あのさぁ、案外場所が間違ってました、なんてことにならない?」
「……………………俺はそんなことはないと思うぞ」
「間が長かった。今、もしかしたらそうかも、とか思ったでしょ?」
リベルは仰向けに草原に寝転がるグレンの横に腰を下ろした。
グレンが無理と言うなら、自分にも無理だろうと判断し、そのまま上空の青を見上げる。
「はぁ、こんないい天気の日に、どこにあるかわからなくって、さらにどんなところなのかわからない場所を探すことになるなんて」
「そうだなぁ。俺も何度かついでで探したことはあったが、本格的に探しても見つからないとは思ってなかった。」
「つまり、誤算?」
「言うな、心に刺さる」
「はははっ、自信でもなくした?大丈夫大丈夫、見つからないようにしているんだから、ここは君の力不足というより、相手の力量がすごいってことにしようよ」
「それで割り切れるもんでもないけどな。まぁ、いい。無くした自信は取り戻せばいい。さぁ、続けるぞ」
グレンは跳ね起きて気合を入れると、再び周囲へと意識を向け始めた。
そんなグレンに、リベルは思い出したように言う。
「そういえば、グレン」
「何だ?今集中している最中だが?」
「さっきから向こうの方から、変な感じがするんだけど」
その言葉で、リベルはその場でずっこけた。
「大丈夫?」
「お前なぁ……」
むくり、と起き上がったグレンは、キッと鋭い視線をリベルへと向けると、だだっ広い草原で叫んだ
「そういうのは早く言えよ!」
「ご、ごめん」
あまりの剣幕に、リベルはグレンが相当探すのに苦労していたことを理解した。
♢♢♢
リベルが感じた違和感のある場所へと、リベルが案内すると、リベル自身が首を傾げた。
「ここだと思うんだけど、本当に何もないな」
「いや、ここで正解だ。微かにだが、俺も魔力の気配を感じる」
「そう。それは良かった。それで、この後はどうするの?」
「何とかして中に入らないとな。だが、わざわざ張ってある結界を壊すわけにもいかないから、少しだけ隙間を作って、そこを通らないといけないな」
「そうなんだ。まぁ、僕にはどうにもできないから、頑張ってね」
そう言ったリベルは少しだけ下がったところに腰を下ろした。
「おい、俺がこれから頑張るところなのにお前は休むのかよ」
「言ったでしょ。僕には何もできないって。何もかも、君頼りなんだから。そもそもここに行くと決めたのも君なら、そこまでの道を開くのも君でしょ」
「理屈はわからなくもないが、何か負けた気分」
「それはたぶん気のせいだから、頑張ってね」
「他人事みたいに言ってくれるなぁ」
グレンは仕方ないと思いながらため息をつくと、目の前の何もない空間から感じる魔力を手繰って、結界の全体を把握しようとする。
この魔力を辿れば、グレンくらいになると魔法陣の構造を理解できるようになるのだ。
そうすれば、この結界を解読することも難しくない。
だが。
(ムズッ!)
魔力を手繰って感じた感想がそれだった。
必要となる集中力が先ほどよりもはるかに高く、さらには辿れる魔力はごく微量。
グレンも微かに感じ取れるだけで、そこから辿ろうとするのは予想以上の難易度だった。
例えるなら、霧で何も見えない道を少しずつ目的地まで進んでいくような感じ。
まるっきり先が見えない。
(ていうか、こんなのを離れた場所から感知するって、リベルの感知能力って全盛期の俺も超えてるんじゃねぇの?)
魔法なら絶対に負けないというアイデンティティが一部だけ揺らいでいるグレンだった。
そんなグレンの様子に気付くこともなく、リベルはグレンが結界を解読している様を黙って見守る。
何もできることがないと言ったリベルだったが、全てをグレンへの丸投げというのも悪い気がしたので、心の中では応援をしていた。声に出すと、集中力を切らしてしまうかもしれないというのがあったためである。
『……-っちー』
「?」
不意に、リベルの耳に何かが聞こえてきた気がして、リベルは周囲を見渡す。
しかし、この草原にはリベルとグレン以外は見当たらない。
「?」
今のは幻聴だったのか、と自分に言い聞かせたところで、再び声が聞こえた。
『こっーよ……』
やはり聞こえた声を疑問に思ったリベルは、その場で立ち上がってもう一度辺りを見回す。
それでも、リベルの目に映るのは緑の草原と青い空だけ。
声を出すような人の姿は見えなかった。
不思議の思ったリベルは首を傾げた。
そして、もう一度。
『こっちよ』
今度こそはっきりと聞こえ、リベルはその方向へと振り向いた。




